日銀が金融機関の手持ちの資金量(日銀当座預金残高)を金融緩和の目安とする「量的緩和政策」を始め19日で1年になる。この間、当座預金残高は5兆円から約3倍の15兆円に増えたが、資金は企業への貸し出しには向かわず、金融機関や金融市場に滞留したままだ。日銀は「金融不安の防止に効果があった」というが、デフレに歯止めはかからない。今後、物価水準を政策目標にするインフレ目標策の導入など「未踏の領域」への決断を迫られる可能性もある。 【川口雅浩】
■民間に回らず
量的緩和策の開始までは、金融機関の手持ち資金は4兆円台だった。その後、日銀の資金供給量は増え続け、昨年9月には「米テロ事件後の資金需要増大に対応する」として8兆円以上に拡大。昨年末には、前例のない15兆円に増やし、「古今東西の中央銀行の歴史にないことをやってきた」(速水優総裁)と日銀は自負する。
銀行が、金利ゼロの当座預金に資金を置いたままでは、まったくもうからない。このため、じゃぶじゃぶに増えた資金を企業への貸し出しや市場での運用に回し、それが設備投資や個人消費に結びつく――。これが量的緩和の狙いだったが、現実は好転していない。
昨年3月から今年2月の間、日銀が金融機関を含めて世の中に供給している資金の総額「マネタリーベース」(現金と日銀当座預金残高の合計)は前年同期比25・7%増に急増。一方、金融機関を通じて世の中に出回る通貨供給量(マネーサプライ)は同3・2%増にとどまり、銀行の貸出残高は4・7%減少した。
■金融不安には効果
銀行は不良債権処理に追われ、民間企業への貸し出しに慎重だ。優良企業は借入金の返済を急ぎ、融資を必要とするのは業績の厳しい企業が多い。そのリスクをとる体力は銀行に残っていない。
銀行間で資金を貸し借りするインターバンク市場も「わずかな金利を稼ぐため資金を出すのは割に合わない」(関係者)ため、機能不全に陥っている。銀行は、国債や外債などを購入するほかは、当座預金に資金を置いたまま。ペイオフ(金融機関が破たんした場合、定期預金などの払戻保証額を1000万円とその利息とする措置)凍結解除を4月に控え、万一の資金不足に備え手持ち資金を確保しようとする金融機関にとって「安心感が広がった」のが唯一の効果ともいえる。
■圧力受け続け
現段階で、株価急落など「3月危機」の可能性は低い。デフレが改善する兆しはなく、日銀に対する政府・与党の圧力は続きそう。
日銀は2月末の金融政策決定会合で、国債の買い入れ額を月2000億円増やし1兆円とすることを決め、政府との協調姿勢を示した。しかし、日銀が求める銀行への公的資金再投入や財政出動には政府の腰は重く、逆に「一段の金融緩和」を求める。政府・自民党からは今後も、国債の買い入れの増額やインフレ目標策の導入などの圧力が高まるのは必至だ。
【量的緩和】
市中銀行など金融機関は預金残高に応じて、一定額を日銀の当座預金口座に預けることが義務付けられている。金融機関同士の日々の決済や日銀の金融調節は、この当座預金を通じて行われている。全国の金融機関が日銀に預けなければならない義務的な資金量は約4兆円。日銀は、かつてのゼロ金利政策では金利を下げる余地がなくなったため、金融機関が保有する国債などを日銀が買い入れて当座預金残高を増やすことを金融緩和の目標とした。