アメリカのレーガン元大統領が朝目覚めると、最初に手にとった新聞はワシントンタイムズだった。
紙面の基本スタンスは保守的で、反共色は強い。それだけに共産圏情報には独自の強みをもっていた。そのワシントンタイムズに最近、注目すべき記事が載った。
昨年秋、中国政府が米国のボーイング社から特別購入した最高指導者の専用航空機の内部からかなりの数の盗聴器が発見され、それに関連して人民解放軍の中堅幹部が逮捕されるという事件があったが、同紙によると、「江沢民国家主席はこの犯人は99%ライバルの李鵬全国人民代表代会委員長だと確信している」という。李鵬がこういうリスキーな行為に出たのは「彼の妻と子供たちの関わる汚職の摘発を江沢民がどこまで進めるのか、それを知りたかったからだ」。
中国共産党NO1とNO2の権力闘争の背景にあるのは、この秋の共産党16回大会で引退が確実視されている両者が、その後の影響力の温存を目的に、はげしく対立しているからで、武器にされたのは汚職摘発カードだった。反対派を牽制し、完全引退に追い込むことがその目的である。田中角栄がロッキード事件で政治的に殺された事実を思い出してほしい。今現在、中国最高指導部内部では、こうもあからさまな政治的暗闘劇が上演されているのである。
江沢民に追い詰められた李鵬の反撃が最新鋭の航空機内部に仕掛けられた盗聴器だった。
だが、このパワーゲームを面白がってみてだけはいられない。
政治劇に巻き込まれた日本の大企業があるからだ。大手総合商社の三井物産や伊藤忠である。
三井物産は昨年夏中国政府高官に商談がらみでワイロを贈ったとして、同社の社員が逮捕され、彼と物産が被告になって、現在北京市の裁判所で裁かれている。
中国要人には判決が下りたが、日本側にはいまだ結論は出ていない。
伊藤忠も中国でのワイロ工作の一端が明らかにされた。こちらは大阪国税局の税務調査が発覚の契機になった。
新聞も雑誌も報じてはいないが、物産の逮捕と起訴も、伊藤忠の「情報提供料」(この名目で計上されていた)もこの李鵬の関わるプロジェクトに関するものだった。
だが、物産は司直の手にかかり、一方伊藤忠は中国国内で問題にはされなかった。それはなぜなのか。
こういう話をさきごろ1冊の本にまとめた。「中国に再び喰われる日本企業」(小学館)といい、幸い売れ行きは悪くない。
ユニクロに限らず、中国で成功したと宣伝している日本企業が本当に儲かっているのかどうか、実は誰も知らない。企業から積極的な情報開示はほとんどなされていないからだ。
ユニクロにしても「中国国内で委託している工場とその住所は外部には明らかにしていません」(同社広報部)というのが現実の対応だ。
中国のWTO加盟で、またまた中国フィーバーが始まった。日本人が周期的におこす「発熱」である。
昨年夏、復権をめざして、「ヤオハン」の和田一夫元会長も中国の上海を訪問した。
だが、前回のバブル当時の同社の中国での経営実態はいまだに、和田氏の口から明らかにはされていない。ヤオハンが執拗に上海税関からワイロを要求されていた事実も、そしていまも現在も「上海第一ヤオハン」は儲かってはいない事実にも彼は触れていない。
まだある。大手デベロッパーの森ビルが国際協力銀行から公的資金援助50億円を得て、建設に踏み切った世界一のノッポビルは難工事で建設費用が膨れ上がり、昨年には完成の予定が、いまも手付かずのまま、現場は更地にされたままだ。そればかりか、ここは昨年一年で6センチも地盤が沈下した場所であった事実も発覚している。
また、98年に破綻した広東国際信託投資公司(GITIC)と邦銀の手打ちが香港でひそかに交わされていた事実、全日空の北京ホテルの社長が失踪した理由なども紹介しておいた。
現地と日本で関係者にはしっかり取材して書き上げたものだ。
日本企業はなんら積極的な情報収集も、分析もしていない。また大やけどをするのは必至だろう。
信頼する友人の山岡氏がメールマガジンを立ちあげた。
「本の宣伝をしてもいいよ」という言葉に甘えて、登場させてもらった。
今後も国際問題を中心に、できる限り協力したいと思っている。
【青木直人プロフィール】
1953年生まれ。中国・台湾・朝鮮半島の取材と動向分析に従事。
(1)中曽根康弘元首相との癒着を理由に中国胡耀邦総書記失脚の可能性を指摘(ミスター・ダンディー)
(2)大韓航空機爆破テロの実行者金賢姫の潜んでいたマカオアジトを現地取材・彼女の住んでいたマンションを直撃し、事件直前に宿泊したホテルの同室に泊まった(デイズ・ジャパン・この記事は韓国の朝鮮日報に全文掲載される)
(3)旧ソ連のゴルバチョフ書記長の中国訪問を世界に先駆けて「89年前半」と予想、的中(第三文明)
(4)広東国際信託投資公司の解体処分が近づいていると警告(財界展望)
趣味は朝の人民日報購読。購読歴25年。
著書に
「日本の中国援助・ODA」(祥伝社)
「中国に再び喰われる日本企業」(小学館)
「日本人はテロに直面しているアメリカをどこか他人事のように見つめている。だが、北朝鮮有事、中国市場経済の迷走と、遠からず、日本の危機が始まるだろう。必要なのは情報、インテリジェンスである」