市場の圧力や米ブッシュ大統領の要請などに押される格好で、小泉純一郎首相が経済閣僚らにまとめさせた総合デフレ対策。「デフレ阻止のため政府と日本銀行が一体となってあらゆる措置を講じる」と、金融危機回避に向けた政府・日銀の協調精神を強く謳った。だが、銀行への公的資金再注入問題では、とりまとめの過程で、柳沢伯夫金融相と速水優日銀総裁の意見の食い違いが浮き彫りになった。今後の政府内調整に曲折が予想される。
総裁「予防的注入を」−金融相は反発
「中央銀行の長たる日銀総裁が、そのような個人的見解をおっしゃるのはいかがなものか」――。27日夕、対策を決定するために官邸で開かれた経済財政諮問会議では「予防的な公的資金注入が必要」と訴える速水総裁に対し、柳沢金融相が気色ばんで応酬する一幕があった、という。出席した閣僚が明らかにした。
最近の総裁は、公的資金の再注入に積極発言を繰り返し表明している。不良債権問題を解決するため、政府が日銀に金融面での協力を要求するのであれば「資本注入とセットでなければ応じられない」との立場を基本としているためだ。
総裁としては「本来ならば、不良債権の抜本処理が先決」との意識が強く、 19日には小泉首相に直談判して再注入を進言した。
デフレ対策がとりまとめられた翌日の金融政策決定会合後の記者会見でも、総裁は「年度内に注入できればいい」と発言。これを聞いた金融相は困惑した表情で、「そういう“考え方”を年度内に発表しておいたほうがいいということではないか」。総裁の発言の趣旨をこう軌道修正した。しかし、一連の総裁の言動に、金融相も苛立ちを募らせているのは事実だ。
他方で、この問題では、塩川正十郎財務相の発言が迷走。「現時点では(注入の)必要はない」と金融相のスタンスに歩調をしっかり合わせたかと思えば、一転して、「場合によっては強制注入もありうる」、「不良債権処理を進めた結果として銀行が過少資本になれば、当然、注入は必要」などと横やりを入れたりし、関係者を慌てさせた。
「日銀特融」の発動要件でも対立
もうひとつ、金融相と日銀総裁が折り合っていないのが、日銀が破たん金融機関などに無担保・無制限に特別融資する制度(特融)の発動をめぐる要件だ。現在、特融は、破たん金融機関への流動性供給に発動が事実上、制限されているが、デフレ対策では、ペイオフ解禁後に風評などで取り付け騒ぎが起き、資金繰りに窮した金融機関への発動方針も盛り込まれた。しかし、日銀はこれを必ずしも全面的に受け入れる姿勢を見せていない。
日銀特融は、1)システミックリスクの恐れがある、2)どうしても必要な“不可欠性”が認められる、3)金融機関のモラル・ハザードを防止できる、4)日銀の財務の健全性が損なわれない――という「4原則」に照らして実施するかどうか、を判断することになっている。
ただ、この4原則は日銀法に規定されているわけではないため、金融庁はペイオフ解禁後に流動性危機が発生した時などには、柔軟に発動できるはず、とみている。
しかし、総裁はこの発動要件を「見直す必要はない」と突っぱねた。また、ペイオフ解禁後は、特融といえども国の全額保護を受けられなくなるため、日銀は4月以降の発動に政府保証を要求している。これに対し、金融相は「そういう話はない」と否定的で、議論はかみ合っていない。
金融システム安定化策をめぐっては、金融相と総裁の間に深い溝が残ったまま。ペイオフ解禁前夜の3月末に向けた市場の動向次第では機動的な政策の意思決定が不可欠だ。
小泉首相はデフレ対策の追加措置を検討すると表明しており、今後の抜本策が注目される。そのような時期だけに、政府内の見解不一致には不安要素がつきまとう。