●急展開し始めた公的資金再注入論
「2月、3月危機は断じて起こさない」―小泉総理大臣はこう繰り返してきた。しかし、銀行株の下落を止めることはできなかった。ここに来て多少、下げ止まったように見えるのは「早ければ今期中に公的資金の再注入がある」といった“噂が元だ”とマーケット関係者はつぶやく。このマーケットの求めに応じるように、永田町界隈では急速に公的資金の一斉注入が叫ばれるようになった。今週初めには自民党の金融関係議員と森長官らとの意見交換を済ませている。公的資金の再注入に向けた足場固めというべきだろう。それでも森長官は、柳沢金融担当相を守るためか、頑なまでの忠誠心を見せて公的資金不要論を崩さなかったという。
●アジアの金融危機救済ヒーロー・・・はもういない
今週、柳沢金融担当相は休日にも関わらず一部の大手金融グループのトップを極秘に呼びつけた。「不良債権処理のスピードを一段と上げろ」と語気を強める同担当相の顔には悲壮感さえ漂っていたという。それもそのはず、G7では出席した各国の財政と金融のトップから、“復調を見せる世界経済のお荷物”とやり玉に挙げられたのが日本経済で、しかもその最大の懸案が不良債権問題だと指摘されたからだ。
かつて、日本の金融危機を救いアジアのヒーローとして名をはせた柳沢金融担当相としては、焦らずにはいられない。しかし、一部の銀行トップに指示された内容は、ブッシュ米国大統領が来日する前に何とか不良債権処理が少しでも進んでいると印象付けるために何か形にして欲しいという事だけだった。
その際、ダイエー<8263>の金融支援の額を上積みする事も求められたという。もし公的資金を再注入する事になれば、自ら指揮してきた行政がまったく不十分であった事を認めてしまう。銀行経営の失敗のツケを払わされてきた国民にとっては、到底許すことは出来ない。まさに崖っ縁だ。新たな一歩を踏み出したはずの日本の金融行政が、最初の敗北を喫することになる。そうなれば、先の公的資金の注入を決断した当の柳沢金融担当相だけでなく、かつて金融再生委員会の事務局長も務めた金融庁の森長官も、自らの進退をかける局面といえるであろう。
●尻拭いは何度まで?〜金融機関の経営失敗に批判
小泉内閣は今、国民からの支持率の低下に歯止めをかけようにも手立てがない。この中で、現実に公的資金の再注入は可能なのか。柳沢金融担当相は、言うまでもなく小泉内閣の“顔”の一人だ。一内閣一閣僚を掲げた小泉総理。田中前外相の更迭劇で国民からの支持を失う苦い経験をし、武部農相の辞任も近いと噂される中で、仮に柳沢金融担当相まで失う事になるとしても、公的資金の再注入に踏み切る勇気が本当にあるのか。未来のために痛みに耐えろと国民に訴え続けても、公的資金という名の税金を使って、金融機関の経営失敗の尻拭いを2度、3度としてやらなければならないのかという批判に耐える事ができるのか。小泉総理大臣は、どこにその大義名分を見出すのだろうか。
●返せない公的資金〜苦しい大手銀行の台所
以前の公的資金は、不良債権処理で目減りした自己資本比率を国際基準の8%以上に厚くするために注入されたものだった。しかし、今回、仮に公的資金の再注入を受けるにしても、以前と同様の公的資金など要らないというのが、大手金融グループの首脳の本音だ。再注入を受けた場合、資本は確かに厚くなるだろう。しかし、今回、以前とは違い、不良債権処理に追われた結果、すでに剰余金は枯渇し、虎の子の株の含み益もでもが底をついている。その上、自己資本が厚くなった分、株主への配当原資は増えて経営を圧迫するばかりだ。
それに何より、公的資金は本業の儲けの中から将来返済しなければならないのだ。しかし、だからと言って、直接、不良債権処理の資金として公的資金を使う訳にはならないのに、これでは何十年かかっても返す見込みさえ立たなくなり、経営が行き詰まってしまう。税金をドブに捨てる事になるからだ。
●株主にも一定の責任?減資から生まれる利益を処理に充てる案も
では、どうすれば不良債権処理の原資を生み出す事ができるのか。大手金融グループの中で囁かれているのは、経営陣のクビだけでなく株主にも一定の責任を求めて減資を行い、そこから生まれる利益を処理に充てるという案だ。これだと、国民の一定の理解を得られる可能性がある。その一方では、先に注入された兆単位の公的資金を国が捨てる形で、それを不良債権処理の原資に振り向ける案が出ている。これでは、モラルハザードの極みと言わざるを得ない。これには、いろいろオプションも取り沙汰されていて、時価会計の導入先送りなどが本当に行われたら、国際的な信任を得られない事態にも発展しかねないのだ。
●結局デフレスパイラルに突入するのか
しかし、公的資金が再注入されて、不良債権処理のスピードが加速すれば、企業の倒産は増え、失業率が一気に悪化する事が想定されるなど、日本経済はついにデフレスパイラルに突入する可能性が高まると見られている。国民は、税金までつぎ込まされたにもかかわらず、生活を一段と圧迫される結果になるであろう。その時、小泉内閣の支持率が急峻な下降曲線を描く事は想像に難くない。
不良債権処理の加速とデフレスパイラルの阻止。相容れそうで相容れない2つの大きな問題。政府の経済財政諮問会議でまとめるというデフレの総合対策がどのような内容になるのか、竹中経済財政担当相お得意の机上の空論にならないよう国民は冷静に見極める必要がある。
(東山 恵)