日本経済、金融の危機が言われて久しい。が、本当の「3月危機」が幕を開ける。焦点は、不良債権処理と銀行への3度目の公的資金注入だ。2月21日、長谷工コーポレーションが債務の株式化による金融支援を受けることを発表。3月末をにらんで、処理と注入の連立方程式が動き出した。その動きを追った。
濱條 元保(編集部)
「複数の公的資金注入のシナリオが用意されている」
ある代議士はこう語る。
公的資金注入を巡っては、経済閣僚間で「不要」(柳沢伯夫金融担当大臣)、「必要」(竹中平蔵経済財政政策担当大臣)と足並みが乱れていた。それがブッシュ米大統領の来日を機に、日本問題がデフレ問題に傾斜し、「(公的資金は)現時点では不要」の空気が広がったように見えた。しかし、それは表向きのことのようだ。2月19日には、日銀の速水優総裁が官邸に乗り込み、小泉純一郎首相に改めてその必要性を強調する異例の行動をとった。
シナリオライターは誰か
事実関係を整理してみよう。
1月、オニール米財務長官が来日した。これを起点に「ミクロ政策からマクロ政策重視への転換を米国が日本に促した」と、多くの市場関係者は見る。デフレが深刻化する日本でこれ以上不良債権処理を急がせれば、本当に日本経済がおかしくなってしまうという判断である。「底を打ったとの見方が強まる米経済だが、エンロン破綻で露呈した米国バブルの損失の飛ばしは、深刻で、日本経済が破綻すれば、立ち直りかけた米国も無傷ではいられない」(関係筋)との懸念もあった。
この不良債権問題「先送り」の流れを目の当たりにしたヘッジファンドが邦銀株を襲う。邦銀株を売り浴びせることで、不良債権抜本処理→公的資金注入を催促した。この市場の攻勢で2月上旬、TOPIX銀行株指数が一時170ポイント割れを起こすまでに売られた。
さらに2月中旬以降、過去2回にわたって注入された公的資金と税効果会計を除いた大手銀行の自己資本で計算し直された実質自己資本比率が、政府や永田町関係者の間で話題となり、一部マスコミに取り上げられた。資産内容が優良とされるメガバンクですら国内業務に必要とされる4%をはるかに下回る衝撃的な数字に驚愕した関係者は少なくなかった。
これを受け、小泉首相が金融庁による「特別検査」の厳格化を改めて指示。その結果も公表することを明言。裏を返せば、銀行の体力にかかわらず、不良債権処理を優先させ、大幅に自己資本を毀損する銀行には公的資金を注入することを示唆した、と市場は捉えた。速水総裁による進言などが加わり、「不要」とする経済閣僚に対して市場からの公的資金注入要請は日に日に強まっている。
「手段ではなく、公的資金を注入すること自体が目的となっている」
過熱する銀行に対する公的資金注入論議に、メガバンクの首脳は困惑の表情を隠さない。
米国事情に詳しい有力エコノミストが指摘する。「すべてのシナリオは、1月のオニール財務長官来日時にほぼ決まっていた」。彼の話を総合すると、こうだ。
公的資金を注入はするが、とりあえずという程度で、日本の不良債権処理を1年間ほど先送りさせることが米国の真の狙いという。その間に、最悪でも欧米の投資家の資金を日本から避難させる。つまり、時間稼ぎだ。同時に、その間、米国経済が立ち直り、安定成長軌道に乗れば御の字。世界経済の危機も避けられるというわけだ。
2月13日の米格付け会社大手、ムーディーズ・インベスターズ・サービスが日本国債の格付け(Aa3)を引き下げる方向で見直す検討に入ったとの発表は、欧米投資家に対して「日本から避難せよ」というメッセージが込められているという見方まである。
注入の奥の手
どういうふうに注入するのか。
公的資金注入には、(1)小泉首相による金融危機対応会議を開き、その必要性を認定、(2)公的資金の申し込み期限設定、(3)銀行による健全化計画の策定、提出、(4)同計画の審査、決定、(5)銀行が増資を決定、新株発行の公示(2週間)を経て、(6)払い込みという手順が必要になる。
手続き的には3月末までの注入も可能だが、「実務レベルでは絶対に無理」(メガバンク企画担当幹部)。しかも、金融庁をはじめとする金融当局には、従来のような優先株による注入を回避したいという思惑がある。
優先株では、注入した銀行が配当できない場合、議決権が発生し事実上当局が株主として経営に関与する余地が生まれる。しかし、当局は、発生した議決権を行使して経営陣の刷新を要請するなど、銀行健全化に向けての具体的なプランや方針を用意しているわけではない。「できれば、お金だけ入れて後の責任は負いたくないというのが、当局のホンネだろう」(金融筋)と見られている。
実は、お金だけ注入して経営にはタッチしたくないという当局の要望にぴったり合致するスキルが4月1日に誕生する。議決権制限株式のことだ。
議決権制限株式とは、4月1日の商法改正により新しく発行が可能となる株式のこと。改正前でも議決権がない株式(無議決権株式)の発行は可能だが、利益配当については優先しなければならなかった。議決権制限株式ではこの規制がなく、決議事項の一部についてのみ議決権を与え、それ以外の決議事項に関しては権利を与えない。発行可能な株式数についても発行済み株式数の2分の1まで緩和され、優先配当が行われなかった場合でも、議決権は生じない。つまり、議決権行使に関心のない株主(公的資金にこれを使えば、国がそういうことになりそう)には都合のいい株式というわけだ。
すでに「自民党の一部議員の間では、議決権制限株式を使った公的資金注入のシナリオを描き、動いている」(関係者)。それが冒頭の証言でもある。その場合、実際に公的資金が注入されるのは、4月以降となるが、「年度末までに公的資金を注入すると政府がメッセージを発すれば、市場に対するアナウンス効果はある」と永田町関係者は見ている。
ただ、難しいのは、大手銀行に限って一斉注入するのか、地銀以下の地域金融機関も対象とするのか、だ。「仮に大手銀行に限定したものにすれば、ただでさえペイオフを控え地域金融機関から大手に流れている預金を加速させ、地銀や信金・信組の信用不安を高める結果となりかねない。注入のタイミングもさることながら、対象とする銀行をどう設定するかが、非常に難しい」(メガバンク幹部)のが実情だ。
原資である「危機対応勘定」は15兆円。仮に、大手行に限定した注入でも、これでは不十分といった指摘もある。「30兆〜40兆円規模の予算をとった金融再生法を復活させることも考えている」(民主党の五十嵐文彦衆議院議員)。
加速するゼネコン処理
4月には米格付け会社大手のスタンダード&プアーズ(S&P)の幹部が来日し、政府・金融当局を訪問するといった情報もある。目的は、ムーディーズと同じく日本の国債の格付け引き下げの”最後通告”と見られる。ムーディーズ、S&P揃って日本国債の格付け引き下げという悪夢が現実味を増している。仮にそうなれば、邦銀が発行する長期債務の格付け引き下げも不可避となる。邦銀の外貨調達がますます困難となり、海外現地法人の業務に支障を来すだろう。これも、銀行株の売り圧力となる。
2月21日、経営再建中だった長谷工コーポレーションが大和銀行をはじめとする主力銀行に対して1500億円の金融支援(債務の株式化等)を要請したことが明らかとなった。市場関係者はこれを「昨年12月に破綻した青木建設以降、小康状態にあった建設・不動産セクターが再び最終処理に向けて動き出した」と見ている。法的整理となった青木建設に対して、金融支援を受けたうえでの自力再建を目指す長谷工。その差は稼げる本業の有無にある。売上高の約9割を占めるマンション建設に注力すれば、長谷工は生き残り可能という判断だろう。支援要請を受けた大和銀行は「前向きに支援を検討する」(広報部)としている。
今後注目されるのは、本業自体が収益を上げないゼネコンを中心にした不振企業群だ。特別検査の厳格化に伴い、法的整理に追い込まれる企業もあり得る。その規模如何で、銀行の自己資本を大きく毀損することになり、描かれたシナリオ通り、公的資金注入ということが現実化しそうだ。
が、政府・金融当局に金融システム安定化のための明確な理念がない限り、公的資金はその場しのぎにしかなり得ない。税金を無駄遣いするだけの対症療法になりかねない。一度すべての銀行を国有化して、金融の真の再生を目指すこともひとつの手である。