(1)アメリカの“外圧”利用の政治手法
日米首脳会談の前後から、首相官邸内部で驚くべき構想が浮上している。
≪消費税7%≫への引き上げ論だ。
首脳会談の下交渉に関わった財務省幹部がいう。
「会談では話題にのぼらなかったものの、それに先立つ事務レベル協議では、日本の経済・財政政策について突っ込んだ話し合いがなされた。ホワイトハウスは、日本の不良債権処理は構造改革の第1段階にすぎず、その次の税制改革を重視している。とくに日本の高い法人税や所得税を下げ、消費税率のアップを求める声が非常に強い」
≪ホワイトハウスの意向≫はただちに官邸に報告された。小泉首相に耳打ちしたのは財務省幹部だった。
小泉首相は一蹴した。
「それは無理だろう。景気は後退するし、第一、政権がもたない。オレを橋本(龍太郎元首相)の二の舞いにする気なのか」
財政再建を掲げた橋本元首相は消費税率を3%から5%へと引き上げ、景気悪化を招いて参院選に惨敗、退陣に追い込まれた。
いくら経済オンチといわれる小泉首相でも、橋本内閣当時より一層景気が冷え込んでいる現在、消費税を上げることが自殺行為に等しいことはさすがにわかったらしい。
だが、財務省側はあきらめない。幹部たちが交互にこう説いた。
「橋本内閣の失敗は消費税率を上げたことではありません。所得税減税を先行させ、その後に消費税を引き上げたために、国民は減税のことを忘れて猛反発したのです。最高税率の引き下げなど所得税減税と同時に消費税を引き上げ、歳入全体でみれば増減税なしにすれば、税制改革の目玉になるし、支持率が下がることはない。ホワイトハウスも消費税率アップが必要だといってきています」
なぜ支持率が下がらないと言い切れるのか。景気にマイナスではないかなど、かなり怪しい論理ではあるのだが、財務省最高幹部の一人は小泉首相がかなり前向きになってきたという感触を得ている。
アメリカの外圧を利用して自民党を動かし、省利省益に沿った政策を実現するというのは旧大蔵省以来の財務省の常套手段といえる。「アメリカ政府の意向」とさえいっておけば日本の政治家は正面切って逆らえない。実は財務省のやりたい政策を米財務省なりに伝え、それを≪対日要求≫という形で示してもらうというのが日米交渉の一つのパターンだ。
≪消費税7%≫論も、実のところ財務省の自作自演である疑いが強い。
(2)日本がアルゼンチンになる
ブッシュ政権の経済ブレーンを務める経済学者は≪消費税7%≫構想を言下に否定し、日本経済の回復にはむしろ税率引き下げが必要だと指摘する。
「アメリカ政府が日本に消費税率アップを要求することなどあり得ない。『引き下げ要求』の間違いではないか。国務省も財務省も、日本に残された経済政策は『大規模な財政拡大と消費税率の引き下げ』しかないといっている。今、個人消費の足を引っ張る政策など愚の骨頂だ。一時的に国家財政が悪化してでも、将来の経済再建の見通しさえあれば問題ない。今こそ大規模な景気対策と大減税を同時に打ち出す勇気が必要だ」
日本の財政学者にも経済の現状からは、むしろ消費税は減税すべきという意見は多い。藤岡明房・敬愛大学教授もその一人だ。こう語る。
「現在の税制では年収約300万円までは所得税がかからない。税の公平制という観点から、税制改革でこの課税最低限を引き下げようという議論がなされています。これは増税なので景気にはマイナスに働く。そのうえに消費税率が上げられるとなると、低所得者層にとっては二重の負担増になる。
消費が回復しないためにデフレが進行している。政府の財政状況からみると実現性は難しいかもしれないものの、消費拡大に一番効果が期待できるのは、贈与税や投資税などの部分的な減税ではなく、皆が恩恵を受けられる消費税減税のようなドラスティックなものでなくては景気回復にはつながりません」
官邸や財務省でひそかに検討されている≪消費税7%≫構想は明らかに政策の方向性を間違っている。
日本の危機の根底にあるのは、思い切った減税が必要な時に消費税率引き上げを画策したり、前章で述べたような銀行への税金投入や不良債権処理をめぐる政府のその場しのぎの対応など、当事者能力の欠如が招いた国際的不信感ではないのか。
かつては“アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひく”といわれたが、風邪どころじゃすまない。それこそ日本はアルゼンチンの二の舞いになりかねない。
≪外圧≫を利用して消費税率引き上げを狙う省利省益の発想しかない財務省のいいなりの小泉首相は、またも、そうした現実にまるで気づこうともしていない。
通貨暴落、不況下の物価上昇、預金封鎖――アルゼンチンで今起きている経済クラッシュは、≪3年後の日本の現実≫という見方さえある。