【政局の焦点】
●総辞職や解散のタイミングも話題に
政局は、20日の衆院予算委集中審議での田中真紀子前外相と鈴木宗男前衆院議運委員長の参考人招致の余波で、小泉政権そのものが大きく揺さぶられている。特に田中氏が小泉純一郎首相を「あなたこそ抵抗勢力」と厳しく批判したことは、真偽はともかく、大きなインパクトとなって表れている。本格的な調査がまだのためはっきりしないが、内閣支持率は44.4%(24日・フジテレビ報道2000)とさらに下がる傾向を見せている。仮にこのまま40%を切るようだと、政局は一気に流動化し、内閣総辞職や衆院解散のタイミングが公然と話題に上る可能性がある。
●予定外だった?首相批判
田中氏の20日の発言について、野党側は当然ながら「小泉首相に完全に惜別のあいさつをした」(鳩山由紀夫民主党代表)と歓迎。「協力できることは一緒にやりたい」(土井たか子社民党党首)と、早くも田中氏の自民党離党や「田中新党」結成に大きな期待を寄せている。しかし田中氏と親しい自民党議員は「決別ということではない。また首相のところに戻ってくる」と、離党説を否定。参考人招致での発言についても「本当は、引き続き首相を支持することと、外相に起用してもらったことへの感謝だけに終わるはずだったが、最初の首相批判が予想外に受けたため、調子に乗ってエスカレートしてしまった」と、批判が“予定外”であったことを強調する。
しかし、首相が「オレもとうとう抵抗勢力になっちゃった」と、いくらおどけてみせても、「動こうとすると、スカートを踏んでいたのは(首相)本人」などの表現が国民、特に女性に広く受け入れられたのは事実。野党内には「女性の反小泉票はさらに増えるだろう」と、4月下旬に予定されている参院新潟補欠選挙では首相が現地入りできないのではないか、との極めて厳しい見方も出始めた。
●「田中新党」結成の見方は少数派
田中氏が実際に自民党を脱党し、新党結成に至るとの見方は、表向きはともかく、与野党とも少数派。菅直人民主党幹事長は「田中氏が離党する可能性は10%前後」としつつも、「ちょっときな臭くなってきたから、こういう時は政局流動化のパワーが勝ることもあり得る」との見解。自民党内も「脱党といってもついて行く者がいない。第一、何十億円もかかる新党結成費用をあのけちな田中真紀子前外相が出すわけがない」との声が大勢を占める。ただ同氏が中心になって組織した「幹部公務員の報告義務の立法化を目指す勉強会」の参加者は当初の20人から、参考人招致後60人に膨れ上がった。
このため、通常なら何らかの処分も検討されかねない首相批判も今回は不問に付されるなど、首相や自民党執行部が田中氏を無視すればしようとするほど、逆に同氏の存在感が増すという皮肉な結果となっている。
首相としては、参考人招致が何事もなく終われば、田中氏を首相特使として近く派遣することも検討していたが、首相だけでなく、福田康夫官房長官ら周辺も批判したため、同計画はとん挫した。首相が今後、田中氏とどういうスタンスをとっていくかが政局にも微妙に絡むのは確実で、首相は更迭によって切り捨てたはずの田中氏の影響力を引き続き受けそうだ。
●問題は田中氏の“答弁”ではなく首相の構造改革への不信感?
もっとも「よく言った」との世間の評価とは異なり、集中審議での田中氏の発言は事実誤認やウソ答弁が多く、与党内では「田中氏は偽証罪に問われることを恐れ、証人喚問を嫌がっている」(公明党幹部)との見方が一般的だ。例えば、「官房長官お得意の勘違いでは」と田中氏が揶揄してみせたブッシュ米大統領の歓迎レセプション招待問題は、既に田中事務所のだれが招待状を受け取り、「欠席」と答えたかまで特定されている。ちなみにこの秘書は集中審議直後、クビになっているという。
ただ問題は、元々虚言僻があるとされる田中氏の発言の真偽を、外相を辞めた今改めて検証してもほとんど意味がないことだ。そのことよりも同氏の首相批判がなぜ国民にこうまで受けるのかを考える方がより重要だろう。その背景には、国民にとっては外相更迭が“真紀子いじめ”と映っていることもさることながら、根本的には、首相の押し進める構造改革と経済・財政運営に対する根深い不信感があると見るのが妥当であろう。もしそうならば、首相の今後の施策の進め方は今一度検討される必要があることになる。
●鈴木氏は堂々と証人喚問を受けるべき
田中氏の直後に参考人として答弁した鈴木宗男氏の問題は、これはまた別の意味で小泉政権に大きな衝撃を与えた。それは同日の委員会で明らかにされた北方四島支援事業などをめぐる疑惑が同氏個人の問題というより、自民党議員一般にみられた“よくある話”だからである。もちろん野党側が追及したように、同支援事業などをめぐって政治資金規正法として処理されていない裏金が仮に同議員に渡ったとすれば、あっせん利得罪や場合によっては受託収賄罪が適用される可能性があり、当然、東京地検などが捜査に動き出すことになる。もし同議員が、全く事実に反するというのであれば、正々堂々と証人喚問に応ずるべきだし、それに以外に身の潔白を証明する手立てはないのではないか。
●あまりに「けじめ」に欠けた鈴木氏
ただ今回、共産党議員によって公表された外務省の内部文書の内容が鈴木議員に対し、あまりに悪意に満ちている事実から見て、同議員が同省職員から相当のうらみを買っていたことはほぼ間違いないだろう。この文書を検察も持っていたとの説もあり、もし検察が意図的に同文書をリークしていれば、検察が同議員の逮捕までを視野に入れているとのシナリオも成り立つ。しかし一般的に言って、検察から共産党に流れたと見るのは困難だろう。
今回問題とされた北方四島支援事業や対アフリカODA、佐藤優主任分析官、コンゴ人秘書のいずれをとっても、実際に法に触れるかどうかは別として、あまりにけじめのない公私混同が目立つことである。タンザニアでの私費を投じての学校施設建設などは本来“美談”であり、現に当時、日本の新聞はそのような取り上げ方をしている。にもかかわらず、資金の出所や送金方法に疑惑がもたれた。恐らく北方四島の住民にとって同議員は「何でも願いをかなえてくれるいい人」なのだろう。善悪双方の意味で同議員が「遅れてきた田中角栄」と呼ばれているのはよく分かる。だからと言って、法を犯していいことにはならないのは当然である。繰り返すが、もし違法性がないのならどこへでも出て、自ら潔白を証明すべきである。
●外務省にとっては再生の千載一隅のチャンス
一方、外務省にとっては、これまで鈴木氏に人事を含めろう断されていたのが事実なら、大改革を断行する千載一隅のチャンスだろう。幸い(?)事務方の報告を全く聞こうともしなかった田中前外相もいなくなり、川口順子外相、竹内行夫事務次官が思いきった大ナタを振るうにはこれ以上の好機はない。少々の血が出ようとも、この際、その痛みに耐えて、改革を実行する以外に同省が生き残る道はない。昨年初めから不祥事が相次ぎ、国民の信が地に落ちた外務省が再生するために、天がこの時を与えたもうたのであろう。この機会を逃せばもう次はない、全省員は等しくそう覚悟すべきだろう。
(政治アナリスト 北 光一)