ロンドンの貴金属会社、N・M・ロスチャイルドの「黄金の間」で1日2回行われる値決めは、儀式めいた伝統的な金の価格決定の場である。参加するのは、5つの有力会社。そのメンバーだった投資銀行、クレディ・スイス・ファースト・ボストンが昨年秋、貴金属の国際取引から撤退した。以来、1社欠員という変則体制が続いている。
銀行のリストラの一環ではあるが、長期に及ぶ金市況の低迷が決断させた撤退劇とみられる。大手銀行の合併などもあって、金市場のビッグネームが近年相次いで姿を消してきた。
国際的な金のディーリングであるロコ・ロンドン(ロンドン渡し)取引メンバーで構成しているロンドン金市場協会(LBMA)。このなかで売り・買いの価格を常に提示、リスクを取るマーケットメーク会員は数年前には十数社もあったが、9社に減ってしまった。
市場のビッグプレーヤーの減少は取引量の縮小、市場用語でいう流動性の低下を意味する。LBMAでの取引量は5年前には1日平均1300トン近くあった。この1,2年は800トン前後。大きな売り・買いをこなす市場の厚みという点で以前とははっきり差がある。
「金市場の流動性が低下しているため、ちょっと大きな買いが入ると予想外に跳ね上がる可能性がある」。海外のアナリストは昨年9月の米同時テロの後でこんな分析をしていた。厚い壁とみられていた1トロイオンス300ドルにあっという間に到達した今回の価格上昇は、まさに予想通りのことが起こったように見える。
日本での金地金購入のブームが、上昇の引き金のひとつになったのは間違いないが、この程度の規模のブームなら過去にもあった。それがいままでにない価格押し上げ効果を生んだのは、それなりのからくりがあったはずである。
流動性の低下がもたらすことは、正確には価格の変動幅の拡大である。上昇ばかりではなく、下落の場合も加速する可能性がある。ただ今回の日本の金ブームの背景にある金融危機への懸念にしろ、海外で強材料視されたエンロンの経営破たんに伴う米会計制度に対する不信にしろ、従来の信頼が揺らいでいることを示している。つまりは不確実性が高まる。これはマクロ経済面からみた金にとっての格好の強材料である。
金価格は20年間下降局面にあった。低迷する市場からの退出者が増えた結果、価格反騰へのきっかけが生まれたとするなら、ビジネスの循環という点からも、市場の大きな移り変わりへの転機を迎えているように思える。(編集委員 林邦正)=おわり