日本銀行は、1月16日の金融政策決定会合で決定されたABCP(資産担保コマーシャルペーパー)および住宅ローン債権や不動産を裏付けとするABS(資産担保証券)の担保適格基準に基づき、2月4日から適格性判定依頼の受付けを開始した。同日には、オペ対象先となる金融機関の担当者に対する説明会が行われたもようだ。この日銀による担保適格性の判定が、短期金融市場の関係者の間でひそかに波紋を呼んでいる。
各金融機関の担当者が担保として予定している代表的なABCPをサンプルとして持ち寄ったところ、大手都市銀行が信用補完をしているABCPが、適格担保として判定されなかったと言うのだ。
たとえば、東京三菱銀行が部分信用補完と100%の流動性補完を行うエイペックス・ファンディング・コーポレーションのABCP(発行枠1兆円)は、ムーディーズからP1、スタンダード&プアーズ(S&P)からはA2の短期債格付けを得ているが、適格と判定されなかったらしい。市場関係者によると、このABCPの組成にあたった商品開発担当者は非常に憤慨しているとのことだ。
この情報を入手した別の大手都銀担当者は、予定していた適格性判定申請を見合わせたと言う。適格判定を申請している他の邦銀担当者も、「現在50件程度のスキームを持ち込んでいるが、(適格判定は)望み薄だ」と語った。
適格判定を受けたと見られるものとしては、トヨタグループのトヨタに対する売掛債権を証券化したTOPコーポレーション(発行枠1,000億円)や、日立グループを中心とした売掛債権等を裏付けとして日立キャピタルが流動性補完を行うエイチジーエム・アセット・ファイナンス・ケイマン(発行枠2,000億円)などがあげられる。ともに格付投資情報センター(R&I)がa-1+の格付けを付与している。ちなみに、TOPコーポレーションのABCPはトヨタの資金決済対応力の高さなどを根拠に、バックアップラインは設定されていないにもかかわらずR&Iは高い評価を与えている。
ある邦銀のCP取引担当者は、「事業法人よりも金融機関に対する信用判断が厳しい。ある程度は覚悟していたが、自分の銀行に対する判定基準だと考えると、納得できないものを感じる」、と不満を述べた。
この点について、クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券のクレジット調査部長、島義夫氏は、「格付け相当の判断を日銀がしたということだ」と言う。格付け機関から最上位格付けを取得できない案件は、適格性が認められなくても当然との見方だ。最上位格付けを取得しているABCPプログラムが限定的なことに関しては、「今後、各金融機関が努力して、十分な信用補完を行い、最上位格付けを取得すれば、認められるということだ。そのためには、必然的にコストがかかることになるが、どうしても流動性を確保したいのならば、当然の努力だろう」と語った。
日銀による適格性の判定基準については「適格担保取扱基本要領」(2002年1月16日改正)が公表されているだけで、「実際に日銀に持ち込んでみないことには解らない」というのが現状だ。CPに関しては、昨年の大成火災海上保険の破たん以来、保険会社は適格対象から外れているもようだ。CP発行枠を設定していない銀行はもとより、証券会社も対象外とされている。しかし、消費者金融やリース、ファイナンス系のノンバンク銘柄は、a-1格以上であれば、かなりのものが適格として受け入れられている。
倒産隔離性(バンクラプシーリモート)を有し、信用補完および支払の流動性補完がなされていることから、通常、高い格付けを取得しているABCPだが、日本の金融機関による信用補完の担保適格性を日本の中央銀行が認めないという事態は、金融市場関係者にとって「口が裂けても言いたくない」ことだ。
日銀はあくまで適格判定基準に沿った判定にすぎず、銀行の信用力を認めないというような判断ではないと否定し、憶測が生じることを避けているようだ。「日銀は、複名性の観点から関係企業が保証するABCPを適格担保として認めていない。いかに信用力の高い企業によってオリジネートされたものであっても、関係企業や銀行によって保証されたものは、日銀の担保としては適当ではない」と日銀に近い関係者は説明した。
確かに「適格担保取扱基本要領」には、「実質的な支配力または影響力に照らして、取引先と密接な関係を有すると本行が認める企業の債務および当該企業が保証する債務(その保証がなくても適格と認められるものを除く。)については、当該取引先からの担保としての差入れを認めない扱いとする」と規定されている。つまり、東京三菱銀行が信用補完するABCPを東京三菱銀行が担保として日銀に差し入れることは適当ではない、ということのようだ。
さらに、「バックアップラインの設定により高格付けが保たれていて、バックアップが外れた場合には格付けが下がる可能性のあるような案件は、適格と認められないだろう。審査のスキームは公表されないが、あくまでABCPのスキーム次第ということもできるだろう」とこの日銀に近い関係者は語った。仕組みの内容での判断となると、私募形式の多いABCPで、どのようなスキームが適格判定を得られるか推測することは困難だ。
ABCPを日銀のオペおよび担保の対象に加える議論に関しては、12月18日と19日の金融政策決定会合議事要旨にその展開を読むことが出来る。
当時の議事要旨によると、「多くの委員は、(1)融資先・投資先の選別姿勢の厳格化等の動きを、金融政策によって完全に止めることはできないし、またで適当でもないが、(2)そうした動きが(中略)日本経済に悪影響を及ぼすリスクを減少させるための対応を採ることが適当である、との見解を共有」している。そのための「具体的な方策」として検討され、執行部の報告に基づいて決定されたという流れだ。
今回の適格性判定については、日本銀行が市場参加者の一員として(1)の観点は守ったが、政策委員が意図する(2)については執行部が譲歩しなかったということなのだろうか。この議事要旨のなかで、ある政策委員は、資産担保証券市場の発達により、「銀行が、証券化することを前提に、貸出に取り組むことができる」というメリットを挙げ、ABSやABCPをオペ・担保へ加えることを、量的緩和の強化に加わる「質的緩和」として位置づけている。
しかし、銀行の証券化案件が日銀の担保としての適格性を有さないと判定されるのであれば、この「メリット」は実現しない。一方で、資産担保証券が担保証券の範囲に加わったことで、将来的なCP・社債の購入への「地ならし」となり、「不健全な金融政策」に日銀は一歩踏み出した、との批判もある。そのような批判を意識して「日銀資産の健全性維持」を言い訳とした判定だったとするならば、「質的緩和」そのものの議論は否定されるべきだったのではないだろうか。
現在、ABCPの市場残高規模はおよそ2兆円とされており、そのうち日銀が適格と判定するものは「当初からおよそ1割程度と日銀関係者が語っており、今回の判定基準を推測すると、つじつまは合う」とある短資会社の担当者は語った。すなわち、適格判定を受けて実際にオペ担保として利用できる金額は、当面2,000億円程度にとどまる可能性が高いということだ。現在、資金供給オペは連日「札割れ」状態が続き、CP買現先についても同様だが、1回あたりのオファー金額は4,000億円あり、適格担保の範囲が拡大されても、場合によっては「瞬間蒸発」してしまう程度にとどまることになる。
昨年12月の金融政策決定会合で「金融市場調節手段の拡充」を決定した一環として活用が図られたABCPだが、現状ではアナウンスメント効果を狙った「品揃えの拡充」にすぎないようだ。
(マーケットアナリスト 三輪弘)