「このリポートの主張は、100%正論と言って良い。ただ実現の可能性は、年度内に限ってはゼロに近い」―。金融当局の中堅幹部が、こうため息を漏らす。リポートとは、今月7日に自民党の中堅議員数人が小泉純一郎首相に手渡したもの。金融システムの危機的な現状を分析、政府のとるべき手法を提言した「大手銀行の健全性について」だ。
株式や債券など金融・資本市場関係者が現在抱いている「やりきれなさ」を体現したものでもあるが、先の当局者が言うようにこの主張が実現する可能性は低い。正論がため息をもって受け入れられるのは、「この国の金融システムが異常な状態に置かれている」(先の中堅幹部)ことを示している。
●列記された正論
このリポートは、金融問題に詳しい某私大教授、米系証券の銀行アナリスト、自民党の中堅議員の合作とされている。一部主要紙のコラムや有力週刊誌上で紹介されたことから、記憶に新しい投資家も多いはずだ。
このペーパーの序文的な補足資料には、「大手銀行の健全性について」の見出しとともに、銀行アナリストが試算したとみられる大手行の実質的な自己資本比率が添えられている。それによれば、4大金融グループを含む8行のうち、4行の自己資本比率が実質マイナスになっている惨たんたる状況が記されている。
次のページには、首相に手渡される前日6日の日付とともに、「金融システムの危機〜起こってしまえば政権直撃〜」と、田中マ真紀子前外相の更迭劇以降、支持率の急低下に頭を悩ます首相官邸には刺激的な見出しが躍る。
リポートは、現状認識として「日本の金融システムは既にシステミックリスクに晒されていると国際金融市場は判断している」と総括した上で、金融庁の信頼が失墜、公的資金の再注入を決める「金融危機対応会議」の速やかな開催を求めている。また、実質債務超過銀行を直ちに破たん認定すべき、とまで断じている。同会議開催のタイムリミットを「銀行が年度決算を固める前でペイオフ解禁直前の2月中」と指摘している。
問題先送りに手詰まり感を強める市場では、「正論が列記されている。違和感はない」(市場筋)とリポートに同調する見方がもっぱらだ。
●首相の手には渡ったが
政界関係者によれば、問題のリポートは確かに首相の手に渡ったとされる。ただ「本当に理解していたかは疑問が残る」と言う。ブッシュ米大統領の来日を前に、首相が特別検査の厳格化を金融庁に指示。同庁も3月中の結果公表を本格検討するなど、表向きは不良債権問題が一歩前進したかにも見えた。
ただ、同リポートが迫るように、不良債権問題を根本的な解決に導くには、2月中の政治決断がぎりぎりのタイムリミットとなる。しかし実態は「事務方の準備は整っていないし、上からの指示も出ていない」(先の中堅幹部)というのだ。
18日の日米首脳会談では、デフレ対策の実行を通じた早期の不良債権処理が改めて国際公約と化した。市場や国際社会が公約の実効性を問う第1関門は、リポートが指摘する2月末、もしくは3月初旬に到来する。金融界、政界、官界を見渡す限り、今のところ「金融危機対応会議」の召集の気配もない。問題はまたもや次年度に先送りされることになるのか―。
(相場 英雄)