外為市場では、塩川財務相の発言をきっかけに、公的資金注入に対する期待感がはく落、1円以上円安に振れる展開になっている。政府の危機意識の低さに警鐘を鳴らすような格好で、市場は再び“トリプル安”の様相も呈してきているが、さらなる“危機感”の高まりで一段円安に振れる可能性もある、との声が多い。また、公的資金の強制注入で危機を乗り切るという“ハードランディングシナリオ”に代わり、追加的金融緩和などによる“リフレ政策”で危機を乗り切ろうとする“ソフトランディングシナリオ”に政府の舵取りが変わってきたとする指摘もあるなか、そうしたシナリオが一段の円安に結びつくとする見方が広がってきている。
19日午前の外為市場では、塩川財務相が“現時点で公的資金の必要はない”と発言したことを受けて、133円後半まで1円以上円安に弾みがつく展開になった。
市場では、「日米首脳会談を終え、米国側から具体的な要求が何ら突き付けられなかったこともあり、徐々に失望感が広がる展開になっていた。また、3月期末に向けてリパトリ(資金の本国送還)もヤマを越えたこともあり、塩川財務相発言をきっかけに、円売り圧力が強まる展開になった」(上位都銀)という。
また、これまで、不良債権の抜本的な処理を進めるために、早期の公的資金注入を支持していたと見られていた竹中経済財政担当相が、“法律改正による資本強制注入、現時点で必要との認識ない”と発言。市場で失望感がいっそう広がることになった、という。
1円以上円安に振れたものの、ドル/円は、依然として132円〜135円程度のレンジ推移の域を出ていない、とする見方が圧倒的に多い。しかし、公的資金注入問題をめぐり、市場の失望感や危機感が高まりつつあるなか、政府の危機感の低さを危惧する声も強まっており、外為市場で円売り圧力がさらに強まる可能性もある、と指摘されている。
この危機感の高まり及び公的資金注入問題について、クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券・クレジット調査部長の島義夫氏は、「再び公的資金を注入するとなれば、99年の公的資金注入を失敗と認めざるを得ず、柳沢金融担当相の責任問題にも発展する。また、公的資金注入は財政負担につながり、そもそも小泉内閣の構造改革路線が揺らぐことにもなりかねない。銀行側としても、経営責任を追及されることは避けたいという思惑がそれぞれ交錯。政府としては、公的資金の注入を当面見送るという姿勢を強めている」としたうえで、「市場は、すでにそうした政府の方針に失望感を抱きはじめ反応しているが、3月末までの金融危機はとりあえず避けられると判断、“トリプル安”も深刻なものとなっていない。しかし、先送りのツケという格好で、来年度入りしてから、もっと深刻な危機が訪れる可能性がある」と警鐘を鳴らす。
危機に対する警鐘から、市場では、再び円安・株安・債券安となっているが、「米系ファンド勢が円売りに動いているが、今のところショートカバー的な動きに過ぎないようだ。ただ、3月末に向けて、市場の危機感がさらに強まれば、一段の円安を伴い、“トリプル安”状態となる可能性もある」(香港上海銀行・外国為替部長の荻野金男氏)との見方が示されている。
オランダ銀行・外国為替部長の柾木利彦氏も、「1円以上円安に動いたからといって、すぐに“トリプル安”の再来、と見切るのも早いだろうが、3月末までの公的資金注入の可能性が低くなっていることは、センチメントとして市場にネガティブな影響を及ぼすといえる」と述べている。
公的資金の強制注入という“ハードランディングシナリオ”が後退しつつあるなか、変わって、“リフレ政策”で危機を乗り切るという“ソフトランディングシナリオ”が浮上している。市場では、政府の方針転換を読み取る声が聞かれているが、このシナリオの元で、為替市場では円安に振れやすい、という。
ロイヤルバンク・オブ・スコットランド・営業部長の花生浩介氏からは、「米国側から細かい注文がつけられなかったことなどから考えれば、日米首脳会談で合意がなされたような節もあるが、公的資金の注入を当面見送る代わりに、追加金融緩和や株式市場でのPKO策で乗り切るという、“リフレ策”によるソフトランディングシナリオに、政府の方針が変わりつつあるのではないか。こうした政府の対応に失望感が強まるなか、株式市場では日経平均が1万円を大幅に割るような展開になっており、株安も円安要因だが、追加金融緩和となれば、為替市場で円安要因になるシナリオだろう」との声が聞かれる。
この点について、UBSウォーバーグ証券・チーフエコノミストの白川浩道氏も、「不良債権処理による産業構造改革を先送りしつつ、まずは、リフレ策から入ることになろう。金融政策がどこまでなりふり構わぬところまで行くかが今後の最大の焦点である」との見方を示す。同氏は、「“不良債権処理の前に、まずは日銀によるリフレ策で株価をつり上げる”というのが、現在の政府の政策スタンス」としたうえで、とりあえずは、国債買い切りオペ増額と円安の進展を見込んでいる。
実際、市場では、28日の日銀金融政策決定会合で、何らかの追加的な金融緩和措置がとられるのではないか、との思惑も強まってきているが、「これまでのところ、速水日銀総裁は、打つべき金融緩和策はすでに打ったという認識を示しているが、“中長期国債買い入れを月1兆円程度の水準まで上げてくれていい”と塩川財務相の言う通り、国債買い切り額を増加させる手に出てくれば、結局、外圧頼みといった印象を市場参加者に与えることになる。何をやっても後手後手といった印象が強いなか、為替市場でさらに円安を招くことになるのではないか」(外銀)とする声が聞かれている。
また、これに関して、CSFB証券の島氏からは、「小出しに金融政策を打ち出すという方針になれば、日銀に対する信頼性という意味でも問題があるだろう」との指摘がなされている。
このように、再び“トリプル安”の様相で、催促相場の様相になってきた市場では、政府が“リフレ政策”を明確に打ち出してくるか注目が高いが、特に、外為市場では、レンジの上限とみられている135円を視野に、大幅下落となった日経平均の動向や、要人発言に神経質な動きが続くとみられている。