これが真の自己資本比率〜あの大銀行はもうダメだ!(週刊現代2002.3.2号)
日本経済が破綻の危機に瀕している。その危機の元凶は、金融システムの不安、つまり銀行の経営状態の著しい悪化だ。だが、それがいかに危ない状態か、危機の本質をきちんと認識している人がどれほどいるだろうか。そもそも、危機対応策の全権を担う、小泉首相すらよく分かっていないのではないか。
総理に債務超過の報告書が
国会ではいま、デフレスパイラルに陥った日本経済を救うため、小泉政権がいったいどんな手を打つのか、連日論戦が繰り広げられている。焦点のひとつとなっているのが、株価の大暴落で含み損が約5兆円にも達し、体力が著しく低下している銀行の問題だ。このままでは金融危機が発生するという懸念が強まるなか、「公的資金を注入せよ」という声が、日増しに大きくなっている。
2月7日の夕刻、首相官邸で小泉純一郎首相は、一通の恐るべきレポートを眼前に突きつけられていた。そのレポートは、自民党国家戦略本部が作成し、保岡興治事務総長、渡辺喜美氏、塩崎恭久氏らが官邸に持ち込んだもの。そこには、大手銀行の経営状況について、戦慄すべきデータが記載されていた。
本誌が入手したそのレポートには、「大手銀行の健全性について」と題し、4大メガバンクを含む大手8行の「推定自己資本比率2002年3月末予想値」というデータがある。これが、実に驚愕すべき内容だ。
銀行の自己資本比率は、BIS(国際決済銀行)の規制を受け、8%を割ると「過少資本」で健全性に問題ありということになり、その銀行は国際的な業務ができなくなってしまう。ところが、小泉首相が目の当たりにして絶句したという日本の大手銀行の実質的な自己資本比率の平均は、なんと0・53%。つまり、日本の銀行は過少資本どころか、資本がほとんど枯渇している状況だというのだ。さらに恐るべきことに、UFJ、大和、あさひ、中央三井信託の各行に至っては、「自己資本比率マイナス」、つまり「債務超過」に陥っているというのである。
このレポートでは他にも、「金融危機回避のポイント」として「政府主導の最終的な銀行の整理・再生が急務」とし、大手銀行を次のように分類して、容赦のない対策が提案されている。
松(三菱東京、三井住友)……民間増資勧告+α
竹(みずほ、UFl)……「一部国有化」(減資+普通株資本注入)
梅(あさひ、大和、中央三井)……「一時国有化」または「一部/全部国有化」
実は、大手銀行の危機的状況を示すレポートは、これだけではない。野村総研経済研究部が1月15日に出していたレポートでは、「大手銀行の実体的な財務状況を点検するため、『実質的な』自己資本を計算」するとして、独自の試算が行われている。レポートには、個別の銀行の数値は記載されていないが、代わりにTOPIX(東証株価指数)の変化に、自己資本比率がどう連動するか分析されている。
それによれば、現在の水準にもっとも近いTOPIX1000ポイントのレベルでは、大手銀行の平均自己資本比率は1・1%に過ぎないという。
「最近の銀行株価の下落状況を見て、私もかねてより、大手銀行のなかにも実質的な債務超過か、それに近い銀行があると考えていました。本当に債務超過行があるとしたら、それはすなわち破綻状態ということで、もう銀行として存続できません」(国際金融アナリスト・水野隆徳氏)
実は、大手銀行のなかから間もなく「突然死」に至る銀行が出ることを見越し、すでに動きを始めた地方自治体首長がいるという。東京都の石原慎太郎知事だ。
「2月8日に、石原知事が東京都主体の銀行経営に乗り出す意向を固めていることが報じられました。“慎太郎銀行”設立の目的は、表向き既存銀行の貸し渋りから中小企業を守るため、となっています。ですが実際は、大手銀行のなかから破綻銀行が出た場合、それを都が引き継ぐ形で銀行経営に乗り出すための準備をはじめたと言われているのです」(全国紙経済部記者)
★自己資本ははとんどゼロだ
今回本誌は、このように刻々と進行しつつある大手銀行の経営悪化を、読者により正確に認識してもらうため、前述の2種類のレポート以上に詳細で、さらに実態に近いと思われる「修正自己資本比率」の独自計算を試みた。計算式は、銀行・生保の経営実態の研究の第一人者、深尾光洋・慶応大学商学部教授と、深尾教授が主任研究員を務める日本経済研究センターが共同で考案したものにのっとっている。
計算式そのものについては、次ページの表欄外に記載した。公表数値で用いられるBIS基準による計算式とは、主に以下のような点が異なる。
●劣後債務(返済順位の低い債務)を自己資本から除いた数値を計算に使っている。
●要償却不良債権額を高め(厳格)に設定。
●自己資本から、「繰延税金資産」を除く。繰延税金資産とは、税金の前払いのようなもの。これを資産として計上することは、実質的に赤字が続く銀行には意味がないと深尾教授は分析している。
●計算の分母を、「総資産」とした。BIS基準では計算の分母を総資産ではなく、企業向け融資などの残高に焦げつきのリスクを数値化したリスクウエートを掛けたものなど(リスクアセット)を使う(融資先の信用度が高い債権が多ければ分母が小さくなる効果があり、自己資本比率は大きくなる。各行はその内訳を公表していない)。
これらを踏まえ、本誌は複数のエコノミスト、銀行関係者の協力を得て、2001年9月期の大手各行の公表データを使い、“真の自己資本比率”の計算を行った(ただし、公表数字に基づいて計算しているため、不良債権を正確に厳しく査定している銀行はやや不利になる可能性がある)。
こうして出た結果が、33ページの表である。公表数字では、安田信託を除く大手行の大部分がBIS基準の8%をクリアしている。だが、修正自己資本比率を見てみると、実際は各行とも、極めて悲惨な財務状況にあることが分かるはずだ。
今回の計算で出た14行の平均比率は、約0・53%。計算方法や各行ごとの数値はまったく異なるのに、奇しくも自民党国家戦略本部のレポートと、同じ平均値となった。
深尾教授は銀行のこの危機的現状について、こう語る。
「金融危機が起きた98年の3月期の時点で、大手銀行の修正自己資本比率は0,93%まで落ち込んでいました。それが、公的資金の注入と株価の上昇により、00年3月期にはいったん3・48%まで回復していたのです。ところが、やがて株価が下落し、デフレの進行で不良債権が再び増大したことにより、自己資本比率は、金融危機の最中にあった98年当時よりも、さらに低くなっています。
しかも、これは昨年9月期のもの。その後株価がさらに下落して1万円割れが続いたことや、いっそう不良債権が拡大しているであろうことを考慮すれば、今度の02年3月期には、全体としてみれば自己資本がほとんどゼロになっているという深刻な事態に陥っているのです」
各行は、この結果をどう受け止めるか。数値を計算した主要14行全部に数字をぶつけると、ほとんどの銀行は、「そういう考え方もあるが、BIS比率とは次元の違う話しなのでコメントのしようがない」といった反応だった。
ただし、一部の銀行からは、ほぼ同じような反論が返ってきた。これを集約すると、次のようなものになる。
「BIS比率は会計上のルールに従って計算している。繰延税金資産を控除するのは、会計規則に反する。国際基準を採用して試算している数字について、おかしいといいうのは、会計規則が間違っていると言うに等しい。分母を総資産としている点も納得できない。国際統一基準では、信用リスクの度合いを示す一定の掛け目を乗じた、リスクアセットを用いるのが、グローバルスタンダードだ」
「銀行では融資をするときに」は担保をとっている。深尾式では、担保価値がまったく反映されていない」
あくまで、国際的ルールにのっとって計算しているというわけだが、日本総合研究所主席研究員・新美一正氏が、こう厳しく滴摘する。
「銀行のBIS比率は、債権をどのように分類するか、担保価値をどの程度と考えるかで、数字が大きく変わってきます。いずれも具体的な内容は公表されず、査定は各銀行が独自に行っています。ですから、実際には不良債権なのに優良債権としてカウントしていても、その銀行が破綻しなければ、一般にはわからないのです」
また、担保についても、新美氏はこう語る。
「銀行の言うそれは大半が土地です。実は、土地に担保価値があると考えているのは日本人だけで、それも戦後に限ったことなのです。しかも、国際的には土地というのは有効活用されて収益をあげてこそ価値が認められるもの。バブル崩壊後、土地神話が崩壊した日本で、どれほどの土地にその担保価値があるのか、大いに疑問です」
★スケープゴートにされる銀行
どのように取り繕っても、銀行が瀕死の状態に追い込まれていることは、もはや疑いようがない。慶応大学経済学部の金子勝教授はこう語る。
「やはり、どう考えても公的資金の再注入は避けられないでしょう。ただ、その結果が吉と出るか凶と出るかは、小泉首相も金融庁もわからないと思います。市場が信任すれば危機を回避できるが、中途半端なことをすれば、逆に市場にソツポを向かれ、破綻の引き金にもなりかねません。前回の注入は、結果的には税金をドブに捨てたのと同然になったわけです。同じことの繰り返しは許されません」
現在、小泉政権は危機的事態の発生に備え、10兆円から15兆円の投入資金を用意している。「イザとなったらいくらでも公的資金を出す」というのが小泉首相のスタンスだが、本当に大丈夫なのか。
「いま目前にある危機を回避するためには、実際は20兆円を超える公的資金が必要になるのではないか。問題は、それほどの公的資金を投入する場合は、国民の合意が必要だということ。前回の注入失敗を考えれば、よほどのことが起きない限り、国民は納得しないでしょう。金融庁は、そのきっかけ作りをするため特定の銀行を“スケープゴート”とする可能性があります」(経済評論家の松本明男氏)
しかし、もしもそうした“狙い撃ち”的な操作を行った場合、破綻がそれで止まるのだろうか。ここまで見てきたように、銀行は軒並み危機的な状況にある。連鎖的に破綻が広がっていき、公的資金を入れてもコントロールできなくなったら、本当に日本は「終わり」である。
そこで、前出・深尾教授は“最終手段”として、次のような対応策を提示する。
「そもそもデフレ経済のもとでは、銀行は利ざやを上回る貸し倒れ損失を出しているので、公的資金を入れてもすぐになくなってしまい、根本的な解決にはなりません。私は、現状では大部分の大手銀行を国の管理下に置くしかない、と考えています。一時的に、銀行を国がコントロールできる状態、“国有化”に近い状態にするのです」
“国有銀行”ならば、預金は全額保護されるということなので、預金者がパニックに陥るようなことはなくなる。
「銀行は国の管理下で、大規模なリストラと不良債権処理を推進し、足りない部分を公的資金で補う。やがて自力で経営できる状態に戻ったら、再び民間銀行に戻ればいい。一方、政府はそのあいだに、デフレから脱却するための施策を実行するのです」