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ステルス型危機へのプレリュードか、再生への扉が開くのか? 投稿者   日時 2002 年 10 月 17 日 18:16:15:

☆毎月5兆円を超える買い切りオペなら10年で700兆円。今300兆近く既に買ってるから、ほとんどを日銀で引き受けるってことか。平ちゃんならやるカモ?


「ステルス型危機へのプレリュードか、再生への扉が開くのか?」

               上武大学ビジネス情報学部助教授 田中秀臣

●危機にこそ求められる経済学の見識

 この原稿を書いている10月10日現在、日本経済は危機的な状況を迎えている。
現象的には不良債権処理のいっそうの進展やアメリカ経済の悪化を予期しての
株価の急激な下落を背景にしている。政府が不良債権処理へのハードランディ
ング的な施策をアナウンスメントするだけで市場は過敏に反応してしまい、あ
たかもスパイラル上に下落していくようである。これはかってP・クルーグマ
ンが警告した「ステルス型危機」(=新種の衝撃的な危機の意味)の前兆であ
ろうか?

 本論説では、しかしこの危機的な様相を示し、また混沌としてきた政策状況
をあえて遠くにみすえる形で、何が適切な政策であるか、また究極的には何が
いまの日本経済の直面する問題であるかをあらためて指摘することにする。危
機的な状況に右往左往するのではなく、客観的な問題の所在の指摘と処方箋の
提示こそが必要であり、本メールマガジンの表題にもふさわしいように思う。
そのため株式市場の動向やまた政府の具体的な政治的・経済的な動向を予測す
ることはあえてしないし、また今日のように不確実性が増加しているなかでは
適切な「読み」は事実上なしえないであろう。経済学を学んだ者としては基本
に立ち返り率直な提言をするのみである。

 まず今般の日本経済の悪化は端的にいえばデフレに原因が求められなくては
いけない。これがアルファにしてオメガである。不良債権の累積はデフレの結
果であり、日本経済の低迷の主因ではない。もしかりに不良債権処理がいっそ
うの進展をみるならば、それは現在よりも断固たる金融緩和政策をともなわな
ければいけない。政府が公的資金を導入して不良債権処理をすすめてもデフレ
の根治なくしてはやがて振り出し(不良債権の膨大な発生、さらに加えて貸し
渋りも発生するだろう)に戻るだけである。その意味では一部報道にあるよう
に、政府のなかでは不良債権処理を積極的にすすめるいっぽうで、インフレター
ゲット政策を日本銀行に促す動きもあり、はっきりとはしないながらも一縷の
光明である。

●リフレ政策なしのハードランディング型不良債権処理の危険

 先に事実認識のレベルで、デフレが経済停滞の原因であり、不良債権問題は
その結果であることを指摘した。確かに財務状況が悪い企業や銀行が多く存在
している。それらの企業や銀行がいずれ「最終処理」されなければ、株価や土
地の価格も上がらないとする見方もある。これらの不健全な企業・銀行がなく
なれば、やがて資産価格の下落は底をうち上昇トレンドにのるという考え方で
ある。確かに、不良債権を抱える銀行や不良債務を抱える企業に対して市場が
そのような評価をすることは合理的である。しかし他方で、健全とおもえた企
業・金融機関であってさえもデフレの進行で経営状況が悪化することは充分あ
りえるし事実もそのことを裏付けている(原田泰「事実と数字に基づく経済政
策論争が必要」『エコノミックス』7号参照)。

 たとえば、いわゆるバブル崩壊後に大規模に発生した不良債権よりも、現在
ではリスク管理債権残高の約42兆円は、90年代の「デフレ不況」をうけて発生
したものである。そして不良債権の温床として話題にあがる建設や不動産、そ
して流通だけではなく、製造業・卸売り販売、運輪・通信などの広汎な分野で
過剰債務を抱え、その大半が中小企業であることも特徴である(杉浦哲郎『病
名:[日本病]』廣済堂出版、藪下史郎+武士俣友生編著『中小企業金融入門』
東洋経済新報社参照)。特定の「低成長企業」の問題ではなく、産業全体にデ
フレ圧力がかかり、資金調達を間接金融に依存する業種や中小企業に重い負担
をおわせている。

 ところでハードランディング型不良債権処理とはどのようなものだろうか?
少なくとも現在の株安はアメリカ経済への不透明感と同時にこの処理方法がデ
フレ圧力を増すのではないかという懸念がともなったためと観測されている。

 この処理手法はたとえば榊原英資氏の主張に代表されるようなものである
(「政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」『中央公論』7月号)。榊原氏は
東証上場企業を5つのグループに分類し、過剰債務をかかえる170社ほどの
企業を原則として債務放棄ではなく破綻を原則として処理することを提言して
いる。そもそも不良債権処理を政府主導で行うことにも大いに疑問符がつくこ
とだが、その点はいまここでは触れないでおく(野口旭・田中秀臣『構造改革
論の誤解』第4章を参照されたい)。この破綻処理に際して、数十兆円規模の
国費投入やまたは銀行国有化が課題になるだろうとも榊原氏は指摘している。
またこのときの公的資金を税金などで充当するのではなく、財務省による政府
紙幣の発行(シニョレッジ)でまかなうべきだとも提言している。

 大規模な不良債権処理を強行に実行すれば経済への打撃はより深刻なものに
なるであろう。このようなハードランディングを主張する榊原氏ではあるが、
他方で同じく政府紙幣発行を裏づけとした法人税の大幅削減や公的住宅ローン
の削減といった一種の「リフレ政策」をあわせて主張している。ハードランディ
ング型の不良債権処理に規模の大きいリフレ政策を組み合わせることには反対
である。先にも書いたが原因の断定に誤った政策に、正しい政策を組み合わせ
ることになるからである。また倒産などによる失業の発生について、それを抑
制する効果を即時には期待することはできないだろう。それでもリフレ政策な
しのハードランディング型不良債権処理よりは数段まともな政策といえるかも
しれない。そして現実の政府の政策がどうなるかは現時点では不透明であり予
断を許さない。

●不良債権処理の本格的進展は金融行政のレジーム転換あってこそ

 私の主張はもし不良債権処理が本格化するならば、それと少なくとも同時に、
できれば先行して金融行政の抜本的なレジーム転換をはかるべきだとするもの
である。従来の日銀当座預金残高をターゲットにした量的緩和政策と金融シス
テムの安定化のための日銀の資金提供などは旧来型のレジームである。そうで
はなく、2−3%の物価水準を目標にしたターゲットに日本銀行は積極的にコ
ミットするべきである。この物価目標安定化政策が現実化するための具体的な
担保は、長期国債の買いきりオペにまずはするべきである。現在、日本は毎年
新たに30兆円もの長期国債を発行しているので、いま日本銀行の行っている買
いオペの量はあまりにも僅少である。私は毎月5兆円を超える規模を、当初は
行うべきだと考える。この額は銀行や民間の経済主体が資産選択のスタンスを
変更するインセンティブをもたらす最低限度の水準であると考える。もしこの
長期国債買いきりオペが効果をはっきり示さないのであれば、それこそ外債や
株、土地などのさまざまな資産を購入すればいいだろう。

 問題は日銀がこのような金融行政の大胆なレジーム転換をはかれるかどうか
である。日銀は政府に抜本的な不良債権処理を堂々と要求している。それに対
して、政府側はより大胆な金融緩和政策の実行を求めているようだ。この「大
胆な金融緩和政策」のなかに、本論説で提起したような物価目標安定化政策が
入っていることを祈らずにはいられない。

 そして、今般、ますます重視されてくるのが、つぎの日銀総裁は誰か? と
いう問題である。日本のマスコミは、日本銀行の金融政策のあり方について、
あまりにも注意を払わないでいる。日本銀行の政策発表を間にうけてしまい、
あたかも戦前の「大本営発表」をしているようなものである。「大本営発表」
に依存しない海外のエコノミストたちの眼は日銀に対して冷ややかだ。FRB
理事であるB・バーナンキは、日銀の政策運営は「稚拙」であると論評し、ま
た高橋洋一氏によれば政策委員が一名(中原伸之氏)を例外として「あとはジャ
ンクだ」と切って捨てたという。マスコミや世論はもっと日本銀行の政策に注
意と批判の目を注がなくてはいけないだろう。そして日本経済の真の病原がデ
フレであることを正確につかめる日銀総裁が誕生することを、経済学徒として、
なによりも日本国民の一員として心から切望する。

■著者略歴■
田中秀臣(たなかひでとみ) 上武大学ビジネス情報学部助教授。日本経済思
想史、経済学とメディア研究、日本経済論を専攻。著書に『日本型サラリーマ
ンは復活する』(NHKブックス、6月下旬刊行予定)、『構造改革論の誤解』
(野口旭氏との共著、東洋経済新報社、2001)、『沈黙と抵抗――ある知識人
の生涯、評伝・住谷悦治』(藤原書店、2001)、翻訳に『アダム・スミスの失
敗』(草思社、1996)などがある。
http://www.t3.rim.or.jp/~hidetomi/index.html

【注】
リフレーション(reflation) 景気循環の過程で、デフレーションからは脱し
たが、インフレーションにはなっていない状態。また、そうした状態になるよ
うに財政・金融を調節していくこと。リフレ。

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