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資金不足による深刻な経済不振が
イラク問題より大きな危機をもたらしつつある
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スティーブン・グレーン
(ワシントン世界開発センター客員ジャーナリスト)
中東の安定に対する脅威は、化学兵器やイスラム武装勢力だけではない。国際政治の舞台で語られることは少ないが、アラブ諸国はアメリカの対テロ戦争よりも深刻な問題をかかえている。イラクのフセイン政権を倒しても、絶対にそれは解決できない。
その問題とは、慢性的な資本の流動性不足だ。それが失業の増加と経済の停滞を引き起こしている。
単に資金の流入が不足しているのではない。活発な地下経済からカネを吸い上げて、脆弱な「表経済」へ供給する近代的な金融システムが存在しないのだ。
シリアからモロッコにいたる各国で、基本的な資本需要が満たされていない。アラブの金融機関があまりに原始的で、政府も機能不全の状態にあるからだ。銀行は融資に消極的で、株式市場でもほとんど取引が行われていない。
流動性不足と実力以上の為替レートのために輸出は不振。域内貿易に依存する中東は、発展途上地域では唯一、通貨供給量が減少している。外国投資家は中東の株式市場を見捨て、アラブ22カ国への外資の直接投資も対GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)比で世界平均の半分弱だ。
イラク情勢がどう転ぼうと、さらに深刻な危機が中東に迫っている。人口が増える一方で、経済は停滞。このままアラブ経済が、職もなく怒りをつのらせる若年層を吸収できなければ、穏健な中流層が域外に流出し、中東は武装勢力の支配する地となるだろう。
「アラブはアフリカと同じ道をたどっている」と、証券会社HSBC(ロンドン)の中東担当アナリスト、タヘル・ガルグルは言う。
イスラム教の開祖ムハンマドが死去した7世紀前半から、ファーティマ王朝が滅亡するまでの500年間、アラブ世界は栄華を極めた。帝国はジブラルタル海峡から中央アジアまで広がり、ユダヤ人、キリスト教徒、ペルシャ人を支配。陶磁器や繊維などの産業が隆盛し、アラブの貨幣はスカンディナビア半島から中国まで流通した。
オスマントルコ帝国が滅んだ20世紀初頭の時点でも、中東はモノとサービスが自由に行き交う人口4000万人の強大な経済力を誇っていた。第1次大戦直前には、エジプトの貿易額はGDPの半分近くに及んでいた。
イギリスとフランスの罪
アラブ経済に何が起きたのか。
今のアラブには、石油以外に世界に売れるものがない。繊維や食料は大半が国内向けで、アジアや中南米からの輸入品より質が劣る。競争力のある産業も資金不足で成長できない。
アラブ諸国では、資金が地下経済に潜るか国外に流出してしまっている。そのため銀行は融資に慎重で、借り手側もあきらめている。その結果が、石油依存の前近代的な現金経済だ。
アラブからの人とカネの流出は、ますます足を速めている。投資銀行EFGエルメス(カイロ)によると、91〜98年のエジプトでは、国内に流入した資金と同量の資金が国外へ流出した。
この深刻な状況には深い根がある。第1次大戦後、イギリスとフランスはアラブを小さな首長国に分割。しかも各国が独自の法律や税制、財政運営を導入して新たな経済を築いたために域内が分断され、それが今なお続いている。たとえばシリアの農産物は、農業保護政策を取る隣国レバノンからたびたび締め出しを受けている。
そして冷戦が、アラブをさらに孤立させた。58年に多くのアラブ諸国がアメリカの要求を無視して共産主義陣営につき、旧ソ連型の中央統制経済を導入したのだ。
問題は死に体の資本市場
52年にガマル・アブデル・ナセル中佐の軍事クーデターで主要産業を国有化したエジプトは、60年に5カ年計画を打ち出した。だが経済は疲弊し、70年代後半には国防費をまかなえなくなった。やがて債務超過に陥り、IMF(International Monetary Fund:国際通貨基金)と世界銀行の支援プログラム受け入れを余儀なくされた。
アラブ諸国は経済のコントロールを失いはじめていたが、70年代の原油価格高騰で政府の無能ぶりは覆い隠された。今では、原油を売っては債務を支払うという状態だ。非産油国も巨大な地下経済に依存して生き延びている。
80年代の原油価格急落とアラブ諸国の対応も、流動性不足を招いた原因の一つだ。各国政府は金利引き下げで需要を喚起するのではなく、物価上昇と社会不安を防ぐために金融を引き締め、為替レートの維持へと走った。そのため各国は巨額の外貨準備を取り崩し、輸出競争力も失った。
一方、アラブ諸国の金融システムは、戦争と中央統制経済のせいで大きな打撃を受け、債券市場はナセル流の統制主義によって息の根を止められた。
90年代に入って中東和平プロセスが動きだすと、中東は次の新興市場として注目を集めた。だが、アラブ諸国の政府は一部の大型民営化を断行した後、改革から逃げ腰になり、外国投資家の目は東欧や東アジアに移ってしまった。
現在の中東諸国の課題は、金融システムをよみがえらせ、眠っている膨大な資本を流動化させることだ。エコノミストのエルナンド・デ・ソトは言う。「最貧層が住むカイロ郊外の一角は『死者の街』と呼ばれているが、実はカイロ全体が死んだ資本の街と言っていい。ここには資本を生かすためのシステムがない」
アブデル・ラオフ・エサが経営するドミアト・エジプト社は、エジプトの港湾都市ダミエッタの代表的な家具メーカー。ヨーロッパの宮廷風家具を手がける同社は、10年前から輸出を始め、昨年は欧米・日本向けの輸出で300万ドルを稼いだ。国際市場で勝負できる数少ないメーカーの一つだ。
だが多くの同業者と同様、ドミアト社も輸入品に対する高関税や無能な金融当局といった計画経済の負の遺産に苦しんでいる。
エジプトには木材輸入に対する厳しい規制があり、エサは原材料を保管するためだけに特別な代理人を雇わなければならない。「この国の政府は無益どころか有害だ。役所は私たちを助けてくれない」と、エサは言う。
加えて民間の金融市場は存在しないも同然。生産設備や原材料の購入には自己資金を使うしかない。「わが社は輸出ビジネスの経験があるから、まだ恵まれている。国内市場だけに頼っているところは、ほとんど売り上げがない状態だ」と、エサは嘆く。
かつて世界第3位の規模を誇ったアレクサンドリアの先物取引市場は、ナセル時代に閉鎖されたまま。株式市場も売買がほとんどなく、事実上の休眠状態だ。ここ2年間で株価指数は半分に下落し、1日の出来高は2億5000万ドルから約2000万ドルに激減した。
金融の近代化が先決だ
かつては中東の金融センターだったレバノンも、深刻な資本の流動性不足に陥っている。
ナゼム・ガンドゥールは内戦終結後の92年、父親の経営する製糖工場を再建するため留学先のロンドンから帰国した。
同社は3年以内に国内シェアの50%を握ったが、政府が中小の製糖会社の保護に乗り出すと、売り上げは減少。取引銀行は融資を引き揚げた。「わが社はきちんとリスク対策を立てていたのに、銀行に見捨てられた。中東では大半の事業が、同じ理由で失敗に終わる」と、ガンドゥールは言う。
ガンドゥールは、閉鎖された製糖工場の跡地でマッシュルームを栽培。国内トップの生産者となった。だが種菌を買う資金は、友人や家族から借りるしかなかった。
レバノンの隣国シリアには、完全な民営の銀行がまだない。そのため信用取引が育たず、商店主は毎日の売り上げをビニール袋に入れて家に持ち帰る。宝くじの当選者も、分厚い札束をかばんに詰めてカートで運ぶ。
シリア政府も改革を口にするだけで、なかなか実行に移さない。本物の変化が起きて制御不能の事態に陥るのを恐れているからだ。
ここ数年のシリアの経済成長率は公称2%だが、欧米の外交筋によると、実際には2〜4%のマイナス成長が続いている。
第2次大戦後に中東でイスラム過激派が台頭した時期は、経済の衰退期と一致する。その活動が激化したのは80年代半ば、原油価格が暴落した時期だ。
イスラム帝国の黄金時代には、宗教過激派が大きな問題になることはなかった。ハワーリジュ派や暗殺者教団が暴れた時期もあったが、商売熱心な大半のアラブ人は過激派に目を向けなかった。
対イラク戦争の可能性が高まっている今、フセイン体制を打倒すれば、かつてアラブ世界の工業センターだったイラクの潜在力を解き放てるという声もある。だが抜本的な改革がなければ、その効果は一時的なものにとどまるだろう。
問題解決のカギは、資金の効率的な再配分にある。アメリカがアラブ世界の問題を本気で解決しようと思うなら、イスラエルやエジプト、ヨルダンに毎年ばらまいている巨額の援助金の使途を、金融システムの近代化に限定すればいい。それは膨大な資本を流動化させるための呼び水になるだろう。
無能で抑圧的な政権への援助を中止するのも一つの手だ。
こうした措置によって、増え続ける失業中の若者も将来に希望がもてるようになるだろう。中流層の人々も祖国にとどまり、再建に努力する気になるかもしれない。
(筆者はワシントンの世界開発センターの客員ジャーナリスト)
この国の政府は
無益どころか有害だ
国内市場だけに
頼っているところは
売り上げがほとんどない
アブデル・ラオフ・エサ(エジプト)
わが社はきちんと
リスク対策を立てたのに
銀行に見捨てられた
中東では大半の事業が
同じ理由で失敗に終わる
ナゼム・ガンドゥール(レバノン)