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米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は20日までに、日本国債の格付けに関連して「小泉改革――1歩前進、2歩後退?」と題するリポートをまとめた。
この中で、日本政府がペイオフ(破たん金融機関からの預金払い戻し保証額を元本1000万円とその利息に限る措置)の全面的な凍結解除を見送ったことなどを批判。そのうえで、「さらなる構造改革の遅れは、日本に対する格付けに悪影響を及ぼす可能性がある」と指摘し、日本の長期国債格付けの引き下げの可能性を示唆した。
リポートは、ペイオフ全面凍結解除の見送りについて、「不良債権問題に対処しようという銀行の意欲をそぎ、健全な経営で収益を上げている銀行が、体力が弱く経営基盤の不安定な銀行に取って代わる機会を妨げる」と指摘した。
(8月20日21:59)
【S&Pのレポート↓】
2002年8月19日
小泉改革――1歩前進、2歩後退?
アナリスト: 小川隆平、シンガポール 電話 (65) 6239-6342
日本政府は先頃、構造改革の中心とも言える重要な政策について決定を下した。1)郵政改革関連法の可決、2)2003年度予算での公共事業歳出3%削減、3)ペイオフ全面解禁の先送り――が主な決定事項であるが、その内容は小泉純一郎首相が発表した構造改革案から後退しているようにみえる。
こうした政策後退の動きが、小泉首相の掲げる改革が単にうわべだけのものであることを示しているのか、それとも小泉政権の戦術の一環であり今後、発展的な改革が行われるのかを見定めるのは困難である。いずれにせよ、改革課題がこれ以上、中身の薄いものになれば、経済回復への見通しが弱まり、将来の財政の柔軟性が縮小し、すでに巨額に達している公的部門債務のさらなる拡大を招くことになろう。もともと、スタンダード&プアーズは日本に対する現在のソブリン格付けに、政府が大胆かつ断固たる改革を迅速に実行するということを前提条件としていないが、さらなる構造改革の遅れは、スタンダード&プアーズの日本に対する格付けに対し悪影響を及ぼす可能性がある。
郵政事業の規制緩和は、小泉改革の柱として掲げられてきた。しかし、7月に可決された4法案では、郵便事業での参入を目指す民間企業のための実際に収益事業として参入可能な可能な枠組みを作れなかった。さらに、郵便貯金と簡易保険に対する今後の具体的な方向性も不透明である。郵政省の経営の効率性と透明性を改善できなければ、日本の郵便制度の競争力を弱め、海外からの競争に対する脆弱性が高まる。例えばドイツのドイツポストが、最近、傘下のDHLインターナショナルを通じて、国際郵便の配送で日本市場に参入する計画を発表している点は注意を要する。
財政面では、過剰な財政引き締めは、短期的な経済回復の芽を摘むとの懸念が財政再建のペースを鈍らせている。2003年度予算の公共事業費削減幅がわずか3%にとどまることが予想されるなど、財政赤字削減に向けた努力は中途半端なものとなっている。現在のデフレ環境下で極端な政府歳出削減が行われれば、デフレが加速し、短期的な景気回復の見通しが弱まることになろう。しかし、政府が慢性的な財政赤字の克服に向けた決意を示す、中期財政戦略を打ち出す予定のないことのほうが、より深刻な問題として捉えられる。財務省は先頃、今後3年間にわたる法人税の減税と、その財源としての4年または5年間の増税案を打ち出した。しかし、民間部門はこのような短期間の減税効果は将来の増税によって打ち消されると考えると予想され、抜本的な税制改革を実施しない限り、こうした減・増税案が中期的な経済成長に大きく寄与することはないだろう。
改革プロセスの後退の中で最も重要かつ象徴的なのは、金融庁が2003年4月に予定していたペイオフ全面解禁の延期を提案したことである。金融庁は企業体や地方自治体が保有する無利息の決済性預金に対して全額保護を続ける方針を打ち出しており、銀行には全額保護の対象となるリテール顧客向けの新型預金の創設を検討するよう求めている。
銀行業界の脆弱な財務状況を考えると、市場の風説が引き金となって、体力の弱い小規模な銀行だけでなく、場合によっては大手行に対しても、取り付け騒ぎが起こるのではないかという懸念は理解できる。日本の銀行業界が、資本の注入や経営陣の交代、リスク管理の強化など、包括的かつ透明性のある体質改善を必要としていることは広く知られており、こうした状況のまま、他のリストラ策を伴わずにペイオフを全面的に解禁することにはリスクが伴う。
しかし、ペイオフ全面解禁の延期は、不良債権問題に対処しようという銀行の意欲をそぎ、健全な経営で収益を上げている銀行が、体力が弱く経営基盤の不安定な銀行に取って代わる機会を妨げる。生産性の高い部門への効率的な資源配分を妨げ、長期的な成長見通しを弱める行為であり、銀行業界の問題に対処するためのコストが実質的に増加する。すなわち、銀行業界に注入された公的資金という直接的なコストと、不良債権問題が未解決のまま長引くことによって生じる経済成長の低下という機会費用の両方が増加することで、政府財政に直接・間接的な影響を及ぼし、ひいてはソブリン格付けにもマイナスの影響が及ぶことになる。
金融システムに負担を強いている不良債権問題の解決は、政策上の重要な目標の1つであったにもかかわらず、小泉政権はいまだこの問題に対する断固たる戦略を示していない。昨年6月に就任した際に、小泉首相は3年以内に不良債権問題に決着を付けると宣言した。しかし実際には、不良債権は現政権下で大幅に拡大し、金融庁発表金融再生法開示債権の国内預金取扱金融機関ベースでは、2001年3月末時点の43兆円(国内総生産比8.6%)から2002年3月末には52兆4,000億円(同比10%)に達している。
誰もが認めるように、政策の実行に妥協は付き物である。構造改革を推進するに当たって、小泉首相はいわゆる「抵抗勢力」と対峙している。自民党内や官僚などに存在する抵抗勢力は、現状維持に向けて改革の勢いを削ぐことに注力しているように見える。特殊法人改革の柱ともいえる高速道路建設計画の見直しをめぐっては、県知事の団体が強く反対するなど、これまで中央政府からの援助に頼ってきた地方自治体も、抵抗勢力の1つになっている。
地方自治体は長年にわたって、高速道路の建設や大規模な建設事業が、地方経済の発展にとって欠かせないものと考えてきた。そうした事業は多額の投資を伴い、しかもそのコストは日本道路公団などの第三者か、間接的に中央政府からの補助金によって賄われるため、地方自治体にとっては極めて魅力的であった。小泉政権は地方分権の推進を訴えていたにもかかわらず、そのための対策は遅く、まだ実を結んでいない。もっとも、地方自治体の税収に対する発言権を高めようという動きは、何らかの変化をもたらす可能性がある。政府は地方に対する税の分配を通じて、全国的にバランスの取れた開発の達成をめざしてきたわけだが、その考え方は現在では疑問視され、地域間で自然に生じる「富の格差」がより重視されつつある。中央政府から地方自治体への地方交付税および地方特別交付金の額は現在、17兆円(GDPの約3.5%)と、地方自治体全体の歳入の3分の1を超えており、投資家はこうしたシステムの存続性に疑いを持ちはじめている。将来的にみて、地方自治体がこれまでどおり国の政策にただ乗りすることは、最早続けられないタイミングに来たと考えるほうが安全であろう。
小泉首相は、日本が長期的かつ持続可能な成長を取り戻すには、痛みを伴う早急な改革が必要であると謳って政権の座に就いた。いくつかの分野で限定的ながら前進を遂げたものの、公共部門改革、財政方針、銀行制度などに関する痛みを強いる決定の多くが延期されている。実際、官僚や与党自民党内部にも既得権に固執する向きがあることから、ある程度の遅れは予想されていた。しかし、構造改革がこれ以上遅れれば、経済回復の見通しを危うくし、将来の財政の柔軟性を低下させ、ひいては、既に巨額に達している公的債務を一層膨らませる結果となるだろう。