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世界第2位の経済大国が表舞台から引退する?めざすはそこそこ豊かな「アジアのスイス」なのか?
ジョージ・ウェアフリッツ(東京支局長)
高山秀子(東京)
児童書とまちがえそうな『ライオンは眠れない』という本が、日本のエリートの間で話題になっている。
著者はイギリス生まれのサミュエル・ライダーとなっているが、実は日本人だという。日本の経済危機について寓話の形で書いたもので、国会でも取り上げられた。トヨタ自動車の奥田碩(ひろし)会長も、周囲に一読を勧めているそうだ。
主人公は、「鼠(ネ)」の国を治めることになったライオン王で、「X計画」という荒療治で経済の破綻を回避する。もちろんライオン王は小泉純一郎首相、そしてネズミたちは不況にあえぐ日本人だ。
日本ではこのところ、多数の評論家、それに政府高官までもが将来予測を語っているが、ほとんどがライダー同様に厳しい見方をしている。彼らによれば、経済大国としての日本がたどる道は二つに一つ、「死か引退か」だ。
小泉を、滅びゆく帝国の支配者になぞらえる見方さえ出ている。「最後の将軍」徳川慶喜、ソ連最後の共産主義指導者ミハイル・ゴルバチョフ、イギリス帝国主義時代の最後の首相アンソニー・イーデンなどだ。
そこまで悲観的でない人々も、日本は世界の表舞台から退く運命にあり、スイスやオーストリアのような存在になると考えている。豊かだが内向きで、独自のやり方を誇るあまり変化を嫌い、大国の地位から退いていく姿だ。
生活大国でなぜ悪い?
日本のトップダウン型資本主義が岐路に立たされていることは、何年も前から論じられてきた。欧米流の改革を行うか、共産主義のように崩壊するかだと。
だが今の日本の雰囲気は、この見方とはおよそかけ離れている。東京に今、89年のモスクワのような暗さや悲壮感はない。
日本は重要な地位からゆっくりと後退しつつも、居心地のよさのなかにある。スイス同様、伝統に縛られた内向きな平等社会なのだ。
「日本もいずれはアングロサクソン型資本主義に同化するという見方は、まちがいだ」と、パシフィックフォーラムCSISのブラッド・グロッサーマンは最近、「日本『スイス化』の道」と題した論文で述べている。「日本は大きな経済的損失をこうむっても、独自の資本主義を維持していくだろう。実際、すでにそうしている」
経済大国の地位から離れる道もあるという考えは、首相周辺でも現実味を帯びている。
「聖域なき構造改革」を掲げて首相に就任した小泉だが、側近たちはもう少し穏やかな方法で妥協することを考えはじめている。不良債権問題と補助金体質に正面から切り込むという改革は、抵抗勢力の壁に突き当たってしまった。
首相のアドバイザーの一人は、「改革もこれまでのところ、言葉数のわりには遅々として進んでいない」と本誌に語った。「日本人全体が本当に苦い薬を飲んで耐える覚悟があるのか。経済回復のためには収入が減ってもいいのか」
そうした覚悟はないのでは、と彼はみる。「だとしたら将来、オーストリアのような国になってもいいのではないか。ダイナミックさには欠けても、生活水準はそこそこに高い。それでなぜ悪いのだろうか」
答えは明白だ。日本はオーストリアの15倍の人口をかかえ、少し前まで世界で最も有望な経済大国とみなされていた。その日本が、グロッサーマンの言う「ライフスタイル大国」に退くのは屈辱的なことであるはずだ。
だが、小泉に選択肢はほとんど残っていない。今年に入って影響力は急速にしぼみ、支持率は50%を割ってさらに低下している。
米ランド研究所の予測では、日本の経済成長率は2015年まで0〜1%で推移する。日本銀行は4月30日、景気は今年後半に下げ止まるとの見通しを発表したが、銀行の貸し渋りで回復の歩みはかなり遅いとしている。
日本の「引退」は、アジアの盟主の座をめぐる争いを呼ぶだろう。日本のトップ企業でさえ中国や韓国との競争に苦戦を強いられているという現状認識から、石原慎太郎・東京都知事のようなナショナリストが台頭する可能性もある。
小泉政権は6月にも解散・総選挙に追い込まれる可能性があるが、石原は首相の座を視野に入れての出馬をほのめかしている。
「三国人発言」などで物議をかもしてきた石原が、それでも78%の高支持率を得ている背景には、アジアで日本の影が薄くなりつつあることへの人々の不安がある。
世界とズレた自己認識
「今の日本は世界で最も混乱している国だと思う」と、グロッサーマンは言う。「国家、社会、文化のアイデンティティー――すべてが揺らいでいる」
「失われた10年」の後、日本が主役の座を降りるのは当然のことなのかもしれない。
米ブルッキングズ研究所のエドワード・リンカーン上級研究員は、著書『老化する日本――遅々として進まない経済改革』で、欧米は日本について、いつも同じ悲観的数字をあげると指摘している。
この10年間、日本経済はほぼゼロ成長であること、公的債務の対GDP(国内総生産)比が高まり続けていること(現在130%)、国債の格付けがボツワナと同じレベルまで下がったことなどだ。
だが、日本人の自己認識はかなり異なっている。所得水準はまだ高く失業率も低い現状で、欧米に比べて穏やかな独自の資本主義を捨てる理由などないというのだ。
現行のシステムの中で快適に暮らす日本人はあまりに多い。リンカーンは、農業労働者からサラリーマンまで、旧来の秩序の下で守られ利益を享受している人々をあげている(表参照)。
この「利益集団」の延べ人数は、総労働人口の半数以上に及ぶ。「この集団には、大改革やリストラが必要なほど現行制度が機能不全に陥っていると信じる者はいない」と、リンカーンは主張する。
貧しい国がいつまでも貧困から抜け出せないのと同様、日本経済は停滞した豊かさにはまり込んでいると、ランド研究所のチャールズ・ウルフは言う。
日本経済はゼロ成長に等しいにもかかわらず、莫大な貯蓄のおかげで「世界トップクラスの消費水準を維持している」。グッチやエルメスが飛ぶように売れ、貿易黒字と外貨準備高も増えている。
だが、これだと経済は「大きな痛みを感じないマヒ状態に陥る」と、ウルフは言う。痛みのない景気低迷はあと10年、ことによるとそれ以上続くとウルフはみている。
引退は死期を早める?
そうなると、日本はどうなるのか。早めに「引退」すれば死期も早まるとの見方が、少数派ながら増えている。
「日本人の現状を、やかんの中のカエルに例えることもできる」と、文教大学の渡辺孝教授は言う。「あまりに長い間、ぬるま湯につかっていると、下のほうから熱くなって煮立ってきても気がつかない。環境の変化に対する危機感を失っている」
引退にはこの危険が伴う。「失われた10年」の間、多くの専門家が、優良企業の合理化が進んで日本の生産性が上がると考えた。
だが、実際には逆のことが起きた。供給過剰によるデフレと超低金利のせいで、優良企業が弱い企業に足を引っ張られてしまったのだ。そのために企業利益は圧迫され、体力が弱ってしまった。
コンサルティング会社クロール・インターナショナル東京支社のマイケル・オキーフは、2年前まで日本の一流企業の前途は明るいとみていた。だが、今では「トップ企業でさえ赤字を出している。これ以上は人を雇えなくなるだろう」と言う。「じきに日本全体が赤字に陥る」
「日本株式会社」全体が、ゆっくりとだが着実に傾いている。ここ2年で、主要企業の株価はかつてないほど下落した。NTTドコモの株式時価総額は約40兆円から約16兆円に、トヨタ自動車は約20兆円から約13兆円に、ソニーは約13兆円から約6兆円に落ちた。
多くの企業が、技術革新や輸出では国内の業績不振をカバーできない事態に直面している。ライバルの韓国や中国企業には、とてもかなわない。4月に、サムスンの株式時価総額が初めてソニーを抜いたのは象徴的だった。
日本はもうあと10年、今のような状態を続けられる可能性がある。だが悲観論者は、外圧による急激な変化をたびたび強いられてきた日本の過去を指摘する。
読売新聞は、小泉を徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜に例えた。開国で国内の改革を推進しようとしたのだが、黒船到来で社会は混乱し、幕府は倒れてしまった。
小泉をゴルバチョフに例える見方は、どちらも一党支配と官僚機構の上に築かれたシステムを改革しようとした、というものだ。
経済企画庁長官を務め、多くの著書がある堺屋太一は、「現在の日本は、旧ソ連のゴルバチョフの時代と似ている」と言う。「体制の中で改革をめざす人は、常に体制の破壊者になるものだ。もし小泉さんが現状を改革することに成功するとすれば、やはりまず官僚システムの破壊が必要だと思う」
英ガーディアン紙のコラムニスト、ラリー・エリオットは、小泉改革が成功する見込みは薄いとみる。彼が小泉に重ね合わせるのは、イギリス帝国主義が崩壊したときの首相、イーデンだ。
死のスパイラルとも言うべきこうしたシナリオに陥る可能性は低いかもしれない。だが、多くの日本人が最も恐れているシナリオだ。
平穏な引退は夢物語か
小泉改革への反発が起きているのは、そのせいだ。
自民党の陰の実力者、野中広務は中央公論4月号に寄稿し、「弱者切り捨ては政治ではない」と小泉改革を批判している。
「現実に進んでいるのは弱肉強食の政治である。弱肉強食というのはケダモノ社会の調整作用である。人間の社会は平等でなければならない。構造改革の名のもとに、少し手を差し伸べれば十分生き延び、立ち直れる企業さえ野垂れ死ぬにまかせているのである」と、野中は書いている。小泉首相は「独裁者になってはいけない」。
日本の将来をめぐる政争が、静かに引退するという日本の願望を打ち砕く可能性もある。また、引退するとアメリカとの関係がぎくしゃくするかもしれない。経済的余裕のないアメリカは、アジアの安全保障で日本の積極的な役割を期待している。
引退計画の最大の障害は、日本の蓄えが縮小してしまっていることだ。バブル崩壊後、地価や株価の下落で日本の一般家庭は約5兆ドルの資産を失った。景気低迷で、ベンチャー企業という「ヒナがすべて殺されている」と、オキーフは言う。「一方で親鳥はどんどん年を取っている」
快適な引退生活を送るには、日本はもっと収入を増やさなくてはならない。ゼロ成長のまま就労人口の高齢化と減少が進めば、巨額の借金をしないと現在の生活水準を維持できない。
『ライオンは眠れない』の結末は、運命的であり、あいまいであり、とても日本的だ。2匹のネズミが、経済危機を振り返って言う。「どうだか、先のことはわからんて。まあ、われわれ庶民は気楽にやっていくのが一番だ」「明日は明日の米がくるって言うしな」
二つの影法師は小さくなり、建物の陰に吸い込まれていった。
日本人が自己満足する理由
日本はこのままずっと、「豊かな停滞期」にとどまり続ける気配を見せはじめている。理由の一つは、世界の常識的な見方とは違って、日本人の大部分が旧来の秩序に居心地のよさを感じていることにある。
世界の目には疲弊した経済に映るが…失業などでホームレスになる人も増えている
0.89 % 過去10年間のGDP成長率
130 % 公的債務の対GDP比率
2760億ドル 金融機関がかかえる不良債権の時価総額
…日本人は豊かさを感じている
12.1 % 貯蓄率(世界屈指の高さを誇る)
5.2 % 失業率(世界的にみればまだまだ低水準)
3万3840ドル 個人の平均所得
ずっと今のままがいい!
いかに改革が叫ばれようとも、現行システムの下で恩恵を受けている労働者は多い(数字は労働人口に占める割合) 終身雇用されている労働者 20.0% 法律がリストラに歯止めをかけている
建設業界の労働者 10.3 ムダな公共事業の受注は数知れず
卸売・小売業界の中小企業の労働者 9.8 政治的な金融支援で不振企業が生き永らえている
農業、林業、漁業労働者 5.5 手厚い補助金がある
製造業界の中小企業の労働者 5.0 政府が工場閉鎖をとにかく避けようとする
公務員 3.3 日本型システムのど真ん中で大切に守られている
資料:"ARTHRITIC JAPAN" BY EDWARD J. LINCOLN, 世界銀行、OECD、 日本銀行