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(回答先: 新しい帝国---「反グローバリズム」の貧国 投稿者 小耳 日時 2002 年 10 月 23 日 17:04:31)
小耳さん、こんばんわ。
面白い論考の転載ありがとうございます。
池田信夫氏がどのような方かは存じませんが、なかなかいいポイントをつきながら、肝心なところで外しているので、簡単にコメントします。
>帝国=「グローバルな支配者」という概念
>------------------------------------
> ここで帝国というのは、現実の国家ではなく「グローバルな支配権」という概念で
>ある。近代国家の基礎となってきたのは「何者にも従属しない」という意味での主権
>だが、グローバルな経済システムや情報ネットワークの中では、各国の政府にそのよ
>うな絶対性はない。
9・11を契機にして見え始めた米国(経済支配層)の世界戦略は、書かれている内容に沿ったものだと考えている。
しかし、「グローバルな支配権」という概念を持ち出し、「何者にも従属しない」という意味での主権という近代国家論を前提にしながら、「グローバルな経済システム」や「情報ネットワーク」と各国政府を対置させて、「各国の政府にそのような絶対性はない」という説明はトンチンカンである。
「近代経済システム」は、外部経済社会との関係なくしては確立できず、利益が外部経済社会に依存していることから本来的にグローバルであり、その意味から言えば、ことさら現在状況として言うまでもなく、近代国家は端から「何者にも従属しない」わけではない。
「情報ネットワーク」も、政府から離れたかたちで、手段・速度・密度の違いはありながらも古来から存在するものである。
問題は、「グローバルな支配権」が現実の国家ではないとしたら、誰がその支配権を握るかということである。
>グローバリゼイションの意義
>--------------------------
> 先進国が途上国を搾取していると主張してWTO(世界貿易機関)の総会に投石する
>デモ隊は、敵を取り違えている。貿易が縮小したら、困るのは食糧輸出に依存してい
>る途上国であり、彼らを苦しめているのは自由貿易ではなく、欧米の先進国が農産物
>に輸出補助金を出す保護貿易なのだ。米国は向こう6年間で500億ドルも農業補助金を
>増やす一方、WTOで関税の一律引き下げなどによる「農業保護の削減」を提案して反
>発を買い、交渉は暗礁に乗り上げたままである。
“反グローバリスト”が効果的な対応をしているとは思えないが、まともに食糧が手に入らない人々がいる途上国が、「食糧輸出に依存している」現実こそが問題なのである。
経済社会が貨幣=商品経済化され、成員にまともに食えない人々がいるのに食糧を輸出したり、食糧生産が充足していないのに土地を換金作物の生産に使っていることを問題視しなければならない。(アフリカが顕著だが、近くではバナナなどの換金作物が大土地所有によって生産されているフィリピンの実情を考えればよい)
> グローバリゼーションによって先進国と途上国の貧富の格差が広がっている、とい
>うのも嘘である。最近の実証研究によれば、所得が1日2ドル以下の極貧層は、1970年
>には世界の人口の44%を占めていたが、1998年には18%へと劇的に減った。その最大
>の原因は、中国が「世界の工場」として急成長し、豊かになったためだ。反グローバ
>ル派の主張とは逆に、貿易と資本の自由化は世界から貧困を追放しているのである。
70年の2ドルと98年の2ドルを物価変動で調整した値がどうか明示がないので、極貧層が減ったかどうかはコメントできないが、中国の話を持ち出すのは筋違いである。
“反グローバリスト”がとりわけ問題視しているのは、アフリカでありラテンアメリカである。
飢餓状況にある極貧層が23億人と言われている世界で、「反グローバル派の主張とは逆に、貿易と資本の自由化は世界から貧困を追放している」という結論は笑止千万である。
>新しい帝国の行方
>---------------
> 近代国家の主権を支えてきたのは一定の境界を持つ領土であり、戦争は領土の争奪
>戦だった。それは農耕にとってもっとも重要な生産要素が土地であり、工業にとって
>重要なのが石炭や鉄などの天然資源だった時代に対応していたが、現代では工業製品
>の価値のうち原材料の産出国に帰属する部分はごくわずかである。石油でさえ価値の
>大部分は、産油国ではなく精製・販売する国際石油資本のものになり、コンピュータ
>やソフトウェアでは天然資源の価値はほぼゼロである。
“知価”論者なのかはわからないが、資源や財という実物の価値を軽く見過ぎている。
「石油でさえ価値の大部分は、産油国ではなく精製・販売する国際石油資本のもの」というのをその根拠して持ち出すようでは思考錯乱と言わざるを得ない。
国際石油資本の価値の源泉は土地に埋蔵されている原油そのものであり、原油権益を産油国の支配者と結託して確保しているから厖大な利益が得られるだけの話であり、土地や天然資源の価値を云々する論拠として持ち出すことはできない。
コンピュータやソフトウェアについては、「ソフトウェアはコンピュータが動かなければ単なるCDーROMやコード列であり、コンピュータは電力がなければ動かない。さらには、コンピュータが経済利益や娯楽に貢献しないものであれば使われない」と言っておく。
「コンピュータやソフトウェアでは天然資源の価値はほぼゼロ」ではないのである。
> 商品の価値の大部分は、もはや新古典派経済学のいう「資源の稀少性」ではなく、
>知的な労働サービスの価値だから、富の源泉は領土の支配権ではなく、情報や人を支
>配する力である。
ここまで到達した経済社会だから、このような世迷いごとを言う人が出てきてもおかしくはないが、富の源泉は土地と結びついた人々の活動力であり、情報(知識)は、そのような活動力の質や効率を向上させることで意義あるものになる。
人の活動力を支えるものが土地であり、その土地が領土というかたちで囲われているのだから、「領土の支配権」は、直接か間接かはたまたカネの力かは別として、今なお重要な問題である。
>したがってグローバリゼーションは、先進国が途上国を植民地化するという帝国主義
>的な形ではなく、物理的な領土と「垂直統合」されていた支配権が「脱領土化」して
>世界的規模で集約されるという重層的な形で起こる。
前半部分は了解できるが、後半部分は、それまでの論述から言わんとしたいことは推察できるが、支配権の主体を明示しなければ言葉の遊びである。
> 多国籍企業は生産拠点を海外に移転してマーケティングや研究開発に特化するか
>ら、支配権は生産と分離し、仮想的な性格を強める。
多国籍企業のそのような動きは、別段、「仮想的な性格」ではない。
技術開発資源やマーケティングは蓄積を基礎としながらその能力がある国で、生産はそれが可能な活動力を安く手に入れられるところでというまさに「現実的な性格」である。
>たとえばインターネットの標準化機関IETF(Internet Engineerng Task Force)の力
>は、今では各国政府の代表が集まるITU(国際電気通信連合)よりはるかに強いし、
>マイクロソフトはウィンドウズによって全世界のユーザーを直接コントロールでき
>る。新しい仮想的な帝国を実質的に支配する皇帝がいるとすれば、ジョージ・W・
>ブッシュではなくビル・ゲイツかもしれない。
インターネットやコンピュータユーザーを支配したら“帝国”を支配できると考えるのは、現代人の“精神的病”の現れである。
インターネットやコンピュータは、商売にしろ、生活にしろ、手段でしかないものである。
インターネットやコンピュータで、腹は膨れないし、寒さをしのげないし、性愛的快楽もそこそこしか得ることができない。
> 新しい帝国は、グローバルに一体化した「世界政府」のようなものではなく、むし
>ろハート=ネグリもいうように、主権国家で抑圧されていた民族・宗教などの「多数
>性」が顕在化し、紛争が続発するだろう。しかも9・11の事件が示したように、こう
>した紛争において領土は意味を持たず、敵は世界中に遍在する。
その内で「紛争が続発する」ような“帝国”は、帝国の名に値しないものである。
「しかも9・11の事件が示したように、こうした紛争において領土は意味を持たず、敵は世界中に遍在する」って、9・11からどうしてこのような論が導き出されると言うのか???
「世界中に遍在」って、世界で領土化されていない土地がどれほどあるっていうのか???
>マイクロソフトが仮想的な帝国の中心だとすれば、自律分散型のインターネットやオー
>プンソースは多数性の代表だろう。多数性を富の創造に向けたとき帝国は栄え、それ
>を排撃しようとして失敗したとき、中心と周辺が逆転して帝国は没落する。この帝国
>は、どちらに向かうのだろうか。
“知価”論が行き着くところまでいっているのでコメントに窮するが、LINUXのようなオープンソースが富の創造に向かうと、仮想的な帝国の中心であるマイクロソフトは没落することになるのではないだろうか。
「それを排撃しようとして失敗したとき、中心と周辺が逆転して帝国は没落する」というのは、排撃しようとして失敗して、オープンソースが富の創造で成功したときではないのだろうか???
どちらにしても、マクロソフトが没落するというご託宣なのだろうか。
しかし、マクロソフトが没落しても、それが世界や“帝国”に大きな影響を与えるとは到底思えないのだが...。
全体の評価:言葉遊びとしての論理構成力はなかなかのものだと思うが、内容が無さ過ぎる。