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(回答先: あっしらさんに伺いたい 投稿者 もこ 日時 2002 年 10 月 02 日 09:40:13)
もこさん、初めまして。
たいへん難しい設問をいただきましたが、難しいテーマだから思うがままでご勘弁をというスタンスで書きます。
1)日本がアジア史に残した業績と罪は何か
[業績]
欧米のアジア進出で植民地化や政治的経済的圧迫を受けて疲弊するとともに衝撃を受けたアジア諸国に、近代化が西欧人ではなくアジア人でも可能であることを現実に示したことに尽きると思っています。
近代化を実現する能力が、人種や価値観に基づくものではなく、国家の政策に依存することを戦前・戦中・戦後を通じてアジア諸国に示した役割は大きいと考えています。
(日本があのような隆盛を見せなければ、欧米諸国の力は人種に由来するもので、アジア人は太刀打ちできないという諦観を広めた可能性もあります)
“罪”とも関わりがありますが、近代化は、国家(共同体)の政策を180度転換させ、対外的に凶暴なものに変容させることを教えた。
近代的発展は、王道ではなく、覇道によってのみ実現されることをアジア諸国に身をもって諭しました。(どこまでそれが理解されているかは別として...)
価値観ではなく論理としては、台湾・朝鮮半島・満州に近代的な産業基盤・インフラ・統治システムを築いたことを上げることができます。
[“罪”]
戦前・戦中は、アジアを日本存続のための生命線と考え、その確保のために軍事力の行使をいとわなかったのに、戦後は、対米従属構造のなかで経済発展を追求した。
戦前・戦中は、欧米諸国と対抗して日本が国力を充実させていくためには、朝鮮半島及び中国における経済権益(販売市場&資源)の確保が不可欠と考え、外交力と軍事力を駆使しました。(販売市場は米国とアジアが中心でした)
日本は、対米開戦以降、大義名分として「大東亜共栄圏」を掲げました。しかし、それは、国内体制強化や諸外国の“現実派”育成には貢献しましたが、それまでの歴史過程を知っている諸外国の多数派は、ご都合主義の旗印として受け付けませんでした。
そこまではいいとしても、自らが墓穴を掘った戦争に負けると、自国の存続のみを考慮し、国力を充実させる方策として対米従属構造にはまりこんでいき、明治維新後の対アジアコミットメントがなかったかのように振る舞ったことが大きな“罪”だと考えています。
(戦前・戦中も自国の利益中心だったのに、敗戦後も同じように自国中心の道を歩みました)
端的に言えば、欧米諸国に対してはそれなりに反省し“罪”も認めていながら、アジアに対してはきちんと反省しないまま歴史を歩み続けたことが“罪”だと考えています。
2)日本人はなぜ中国人や朝鮮半島の人々に差別意識があるのか.
現在のシステム(歴史段階)である近代史のなかで日本が優越的な地位を保ち続けたことが第一の要因ではないかと思っています。
日清戦争に勝利し、中国での経済権益拡大政策を追求し、1931年からは本格的な軍事行動にうって出ました。
朝鮮半島に対しても、経済権益を確保し大陸政策の橋頭堡を築くために支配的併合を行いました。
国民を動員して国家が対外活動を行うためには、それなりの“大義名分”(理屈付け)が必要です。
外国の政治に介入するのですから、その国が劣っているとか邪悪な政策を採っているから導いたり“矯正”しなければならないといった言い訳が必要になります。
逆に言えば、中国人や朝鮮人が優れているとか同等であると認めれば、政治的支配や政治介入の正当性はなくなり、たんなる強盗になってしまいます。
このような歴史意識が世代間的に継承され、戦後的事象としては、共産中国やキム王朝北朝鮮という“異様な”国家を造った中国人や朝鮮人は変だという判断も加わったり、歴史問題を楯に反日的な言動を繰り返す中国人・韓国人・朝鮮人に対する嫌悪感が特殊な出方をすることで差別意識が継続されているのではないかと推察しています。
戦後については、対米劣等意識や対米従属認識が、そのはけ口として、中国人・韓国人・北朝鮮人への差別意識や敵対意識につながったことも否めないと思っています。
(在日韓国人・朝鮮人に対しては、戦後混乱期の“立場逆転”(敗戦国民と第三国民)で生じた意識もあります。中国人に対しては、オーバーステイや密入国の急増と彼らの一部が起こす犯罪への怒りも差別意識を助長していると考えています)
3)和解の道はあるのか
“和解の道”はあると思っていますが、嫌悪感や差別意識が一気に解消できる特効薬はありません。
“和解の道”を用意するためには、対米従属構造を精神的にでもまず乗り越えなければならないと考えています。
“和解の道”は、日本の「敗戦責任」の明確化を通じた近代史の総括で用意されるはずです。(当然のように欧米諸国の対外政策にも抵触する内容になりますから、対米従属からの脱却が必要になります)
「対外敗戦責任」としては、まず、旧来の領土支配権を維持するために、領土であった朝鮮半島・台湾を見捨て、強いコミットメントをしていた満州帝国を見捨てたことから始めるべきだと考えています。
「国内敗戦責任」は、戦略(目的)がはっきりしないままずるずると中国で戦線を拡大し、その解決も見ないまま、勝算も落としどころもなく対米戦争を開始し、200万人を超える戦死者を出したあげく敗北し、“誇り高き”国家を6年近くも連合軍の占領状態に置いたことです。
(その他のアジア全域及び太平洋地域については、恐縮ですが、この二つを踏まえて論議することにします。戦後の政策もこの流れのなかで俎上に上ることになります)
中国人も朝鮮半島の人々も、歴史的に様々な戦争や支配−被支配構造の変動もを経験しています。
“ごめんなさい”レベルの謝罪ではなく、きちんと論理的に反省した謝罪であれば、日本に対する見方は変わると信じています。
どこまでを対象にするかはともかく、きちんとした「戦争責任」を打ち出して謝罪しなければ“和解の道”は見えないと思っています。
4)中国や朝鮮半島の人々は、もちろん反日感情はあるものの
一種の憧れを抱く人々もいると聞きます.この日本に対する憧れをどう解釈されますか.
中国や朝鮮半島の人々も、近代化を志向し頑張っています。
欧米諸国に遅れて近代化を進めた日本よりも更に遅れて近代化を進めたわけですから、戦後世代のある時期まで日本人の多くが米国流のライフスタイルや文化に強い憧れを抱いていたように、日本に憧れを抱くことはある意味で自然なことではないかと思います。
外見や歴史的に形成された美意識(価値観)は日本と近いものがありますから、より先を行っている日本のファッションや文化に心引かれるということも理解できます。
(国家としては明言していませんが、戦争を体験した人々や歴史を考える人々は、米国が行った2発の原爆投下や都市空襲の非道を容認しているわけではありません。そのような意味での反米意識は底流としてずっとあります)
(日本は、アジアのなかで近代化の道を先行しているが故に、欧米にしか目がいかないという側面があります)