数段下にアップしている『【経済学者のトンデモ理論】 デフレーション・インフレーションそして通貨 《その1》』の続きです。
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● 金融家の登場
現在の経済社会=末期資本制経済システムで主要なプレイヤーを担っている経済主体のなかで、これまでほとんど触れてこなかったのは金融家=銀行である。
(もちろん、現代において最大の数と最小の力を“誇る”雇われ人=勤労者も登場していない)
現在の世界が「金融資本主義」とも言われるように、金融業全盛の時代であるが、金融家が経済社会に登場してくるのはそれほど遠い昔ではなかったと考えている。
「お金で直接お金を稼ごうとする人」が金融家である。
この手法は、お金儲けのやり方として、農業や工業そして商業に較べて、ある条件さえ維持されていれば、ずっと楽で効率のいいものである。
金融家は、その経済目的を実現するために、お金を貸し付け、利子を加えて貸し付け金を返済してもらう。
このような商売が成立したのは、商人が蓄積通貨を増大させ商品を仕入れそれを販売するという通常の商売だけでは思うようにお金が稼ぐことができなくなったことと、支配者が戦争などでお金が必要なのだがそれに見合うお金を保有していないという状況がマッチングしたことが発端ではないかと推測する。
近代のような大規模工場制で商品が生産されていない社会では、工業生産者が多額のお金を必要とすることもない。昔の工業は、小規模な生業としてか、裕福者が奴隷を使った事業であり、お金を借りてまで事業を拡張するという性格のものではなかった。
それは、多くの国家=共同体が農業を経済基盤としており、国家=共同体にとって、工業や商業は、武器生産などある種重要な役割を担うものであったとしても、全体から見れば副次的な役割を担うものでしかなかったからである。
ローマ帝国を顧みてもわかるように、多数の自営農民の存在が最大の安定要素と考えられ、それを維持するために領土拡張を図ったようなものである。(もちろん、奴隷や富の収奪という目的もあった)
ローマ帝国は、勘違いしている歴史学者もいるようだが、資本制経済の萌芽的経済システムを基盤とした国家ではなく、壮大な“自営農民国家”だったのである。
(没落の原因をきちんと考えることなく、没落して小作農や奴隷になる市民のために戦争を継続するという統治者の奇妙な二律背反である。自分たちの欲(貴族階級は大土地所有を追求した)は満たしたいが、帝国の基盤である自営農民も維持しなければならない、それならば“自営農民を主体とした軍隊”で戦争を仕掛け新しい土地を確保しようという論理である。貴族階級は、新しく獲得した領域でも、奴隷ともども良質な土地を大規模に所有した。しかし、欲深い貴族階級も、工業や商業を軽蔑し、それで欲を満たそうとはしなかった。ローマ帝国で商人が公務員や高級官僚に就けなかった時代は長いのである)
金融家にしてみても、そのような相手に大事なお金を貸し付けても、ちゃんと利子を付けて返済してくれるか不安になる。武器など国家にとって重要な商品を製造しているところなら、工場と奴隷を担保にしてもらって、その範囲の額で貸し付けしてもいいとは考えるだろう。
農業生産者も工業生産者と同じようなもので、金融家にしてみれば、年に一回ほどの収穫しかできず自然災害にも見舞われる可能性がある農業に貸し付けを行うのは、工業生産者向けよりも危険なことだと考える。農地を担保にしてくれるのなら、その価値範囲で貸し付けをしてもいいと考えるだろう。
金融家は、統治者なら、戦争に備えていつも巨額の資金を必要としているし、金貨を発行しているくらいだから、回収不能(不良債権)になる恐れも少ないのではないかと考える。
しかし、一方では、強力な武装勢力を抱えている統治者が、居直って返済しない可能性もあるのではと不安を感じる。また、貸し付けた統治者が、他の国家と戦争して負けて、殺されたり、支払い不能になることもある。
黎明期の金融家もどきの商人は、このようなことから、貸し付けに関してはひどく慎重になったはずだ。
ある人は、自分のお金を貸し付けに使うのではなく、お金の取り扱いに慣れているという特技を活かして、統治者の金庫を預かることから出発したかもしれない。
(これは、中世から近代にかけてヨーロッパの諸王室に金融家が財政責任者や徴税責任者として入り込んだことをイメージしていただければいいだろう)
金融家が有望な商売相手である統治者に貸し付けを行うかどうかの判断基準は、返済をきちんと行う誠実性と戦争に勝利する能力が中心となっただろう。
武装力を持つ統治者にきちんと返済させることはそれほど難しくはない。
商人が、統治者から“略奪”されないように、危険な統治者の領土から離れて、誠実な統治者の領土に向かうのと同じ方法である。
最初は少々の損を覚悟しながら少額の貸し付けを行う。もしも、それを返済しなければ、二度と貸し付けをしないどころか、その統治者に対抗する別の統治者に貸し付けを行う。この結果、“不誠実な”統治者が戦争に負けるという現実が何度か続けば、多くの統治者が、借りた金をきちんと返済するほうが得策だと考えるようになる。
このような現実はまた、統治者に、金融家から金を借りてでも軍備を強化したほうが国力が増大するという考えをもたらす。
金融家から見放された統治者は、よほどのこと(潤沢に金がある・大帝国で敵がほぼいないなど)がない限り、没落していく運命に立たされることになる。
そして、この論理は、現代なお引き継がれている「戦争の論理」でもある。
金融家は、少々の焦げ付きは発生するとしても、金融業が実に儲かる商売だとわかると、貸し付けの原資であるお金を新たに入手する方法を考えるようになる。
その一つが、商人など余裕資金を持っている人たちのお金を預かることである。
今の日本は低金利だとはいえ、銀行に預けると利子をもらうことができる。しかし、預金という言葉に現れているように、元々は銀行=金融家が預かってあげるという性格のものなのである。
厖大なお金を持つ金融家は、私兵を雇うなど資産を保護する術を構じているし、統治者とも濃密な関係にあり保護も受けている。商人や統治者階級は、自分自身で盗人などからお金を守るよりも、金融家に預けるほうが安全だと考え、無利子なら大喜び、少々の手数料を払っても、金融家に余裕資金を預けたのである。
(お金が不足しているのに、融資を求める優良顧客=強力な統治者がいる場合は、預金にわずかばかりの利子を付けたかもしれない)
統治者階級のお金まで預かるようになれば、より安全が高まるのは言うまでもないだろう。
金融家は、預かったお金がそのままじっと保管されたままであることを見て、全部でなければこれを貸し付けに使っても問題がないことに気づく。預けた金を取りに来る客はまれで、たいていは追加のお金を預けにくるくらいだからである。
美術品などと違ってお金に区別はないのだから、受け取るに来たときに渡せるお金だけ残して、あとはまるで自分のお金のように貸し付けに使った。
(このようなことをして失敗した金融家は、自分のお金を何とか確保しつつ夜逃げ同然でどっかに行こうとしただろう。運が悪ければ、身ぐるみ剥がされて処刑されたかもしれない)
さらに、別の金融家で融資先がなく資金を遊ばせている者がいたら、融資先を紹介したり、そのお金を自分に融通してもらえないかと打診したりしただろう。
この場合は、紹介料や融通手数料を支払っただろう。
このようなことをしていたら、融資先が遠くにある場合、お金を運んでいくよりも、その近くにある金融家にお金を融通してもらうほうが便利なことがわかった。
遠くまでお金を運ぶのは、強力な盗賊に遭遇したりして実に危険である。
(金融家は、没落していく金融家が出てくれば、チャンスとばかりに有望な地に出先をつくる。身内で融通し合ったり為替業務を行うほうがより安全だからである)
これが、今なお続いている為替の始まりである。
金融家だけではなく、商人や統治者などが遠くにお金を運ばなければならないときも、金融家に頼めば、安全でローコストにそれを実現できるメリットは大きい。
金融家同士は、1年に数回、貸し借りの決済を行って帳尻を合わせる。
これは、まさに「金融家=銀行ネットワーク」の形成である。
金融家は、お互い競争しつつも、ある一線からは協力して共通利益を守るほうが有利であることを悟る。
商人もそうだが、金融家は、事業に失敗しないためにも、事業を拡大させるためにも、情報の収集とネットワークが重要である。
どこに安い物があるのか、どこに買い手(融資先)がいるのか、どことどこが険悪な関係にあるのか、どこがこれから強くなりそうなのか、天候の先行きはどうなのかなどをしっかり把握しなければ、ドツボにはまってしまう。
そして、世界各地の有望な地(経済活動が活発で資金需要が大きい都市)にどれだけネットワークを持っているかが競争を制する。
金融業界は、古代から「情報化」と「ネットワーク化」にいそしんできたのである。
遊牧の民から遊牧兼商業の民へさらに専業商人へと変化し、成功を収めた商人が金融家になっていったと考えている。
専業商人のある部分が都市に定住するようになり、それが金融家になっていったのだろう。
(イスラムを興したムハンマドは、遊牧民の共同体価値観を残した商人だったのではないかと考えている。メッカに定住し商人として成功した人々の生活態度や価値観をそばで眺めているなかで、“神の啓示”を受けたのではないだろうか。メッカにもユダヤ教徒はいたし、第二の聖地と言われるメディナには有力なユダヤ教徒の一族もいた。イスラムが色濃くユダヤ教の影響を受けているのは間違いなく、ムハンマドは、ユダヤ教の教えを学びつつ現実に適応する宗教としてイスラムを興したと考えている)
ユダヤ教徒が金融業に強いのは、古代より金融業を営んできたことで厖大なノウハウを蓄積しているからである。ノウハウには、目に見えない伝承の智恵もあれば、書かれた文書もあれば、歴史のなかで築いてきた金融・情報ネットワークもある。
(だからこそ、たかだか100年ほどしか金融業を営んできていない日本の金融家が、グルーバリズムのなかで勝ち抜くことは難しいのである。智恵は可能だとしても、物理的な「金融・情報ネットワーク」には対抗することができない。日本の江戸期は、検校などに特別に利子取得が許されていただけで、商人は基本的に無利子で融通していた)
しかし、面白いことに、商人や金融家を数多く生み出したユダヤ教・キリスト教・イスラムのすべてが、“利子の取得”を何らかのかたちで禁止している。
ユダヤ教は、ユダヤ教徒から利子を取ることを禁止している。ローマカソリックとイスラムは、利子の取得を全面的に禁止している。ローマカソリックは、信者に対しては利子の取得を禁じていながら、聖堂騎士団などの利子取得を黙認するダブルスタンダートである。現在のバチカンは、利子を得ている。
大金持ちのムスリムはいかにして利子と指弾されないでお金を増やすかに呻吟し、イスラム学者は、「金融資本主義」のなかでイスラム法に抵触しない金融業のあり方を模索している。(『イスラム銀行論』という書籍は難渋だけどなかなか面白いですよ)
3つの宗教のなかで最も興味深いのはユダヤ教である。
ユダヤ教徒は、キリスト教徒やムスリムそして仏教徒や無神論者から利子を得てもいいのに、同じユダヤ教徒から利子を得ることを禁止している。
(金融家が銀行という法人を所有することで、間接的ながら、ユダヤ教徒がユダヤ教徒から利子を得るという実態が許容されているのではないだろうか。ユダヤ教の律法はまったくわからないので、このような取引をどう律しているかわからないが)
これは、お金を貸して利子を取ることが相手をどれだけ疲弊させるかを知っているからである。
金貸しは、失敗しなければもっとも効率のいい商売である。ということは、逆に、金を借りる人にとっては、非効率であり苛酷なものであると言うことである。
これは、同じ業種の無借金経営の会社と借金漬けの経営の会社を比較すればすぐにわかることである。
同じ経営能力で同じ1億円の資本金で事業を始め、対資本最終利益率が8%とする。
事業を拡大するために1億円を増資で得た会社は、マイクロソフトのように、利益の1,600万円を配当として流出させることなく、次の事業拡大のために使うこともできる。
事業を拡大するために1億円を借金で集めた会社は、利子が5%とすれば、1,600万円の内500万円を利子として支払うだけではなく、契約内容に基づきある金額の元本部分も返済しなければならない。
これが数年も続けば、その差はとてつもなく大きくなるだろう。
いやそうは言っても、事業拡大のチャンスがあれば、融資を受けてでも事業につぎ込んだ方がいいじゃないかと思われるかもしれない。
それは、戦後復興から高度成長期の日本のように、資金不足(国際取引で通用するハードカレンシー=ドルが)で、どこもが融資を受けなければ事業を拡大できない状況に置かれ、しかも、市場が閉鎖的に守られているとともに為替レートが有利な条件で輸出ができるときだけの話である。
このようなときは、借金して事業を拡大しても、利子の負担を超えて会社を大きくしていくことができる。なかには無能な経営で破綻した上場企業もあったが、それは今とは違って極めてまれな出来事だったのである。
高度成長期までの日本企業は、どれだけ借金することができるかが“経営能力”だとも言えたのである。
戦後の日本は対外債務を抱えた状況が長く続き、その壁にぶち当たるたびに景気を減速しなければならなかった。そのような時期でも、次に備えて借金できるかどうかが、飛躍の鍵を握っていたのである。
(輸出を中心に経済を拡大できる余地はあるのに対外債務を返済しなければならないという状況にあった戦後の日本は、ある時期まで、景気変動を国際収支に規定されていたのである)
このような理解をしないまま“株式&土地のバブル”に突入した日本の経営者は、借金してでも株式や土地を買ったほうが有利だと考えて行動した。そして、経済学者や経済評論家そして主要メディアも、財テクに励まない企業や個人はまるでバカであるかのような論調を繰り返し煽ったのである。
有能な経営者であれば借金の非効率性に気づき、増資や転換社債など元本や利子を支払わなくてもいい資金調達に動いたはずだ。
それが大きくなった動きが、「間接金融から直接金融へ」の流れである。
しかし、そこまで学んだのに、“バブル崩壊”の後遺症から抜け出す術はまともに提起できていないように思われる。