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東京都知事選を翌日に控えた7月4日の昼下がり。私は、ある学生団体が主催するオンライン討論イベントに招かれた。テーマは民主主義。日本政府のコロナ対応をどう思う? 都知事選、どんな視点で投票する? 若者たちと意見を交わすうち、都内の大学に通う4年生の男子学生(23)の発言に、メモを取る手がとまった。
「ぼくは選挙に行くとき、候補者の主張を調べはします。でも、距離を感じてしまうので、多数派から支持を得ている人に投票するようにしています」――。
え、どういうこと?
子育て、年金、働き方……各候補の主張は「自分ごと」に感じられない。でも、選挙に行かなきゃ大人じゃない。あやふやな自分の1票が影響を与えないよう、大多数の支持する「安パイ」に入れよう。そう考えたという。
うーん。私は考え込んでしまった。民主主義に対する若者の考えをいろいろ聞いてきたけど、新しいタイプだ。
後日あらためて話を聞くと、その気持ちを学級委員や生徒会の選挙に例えて、彼は言った。「クラスの人気者はお調子者やスポーツマンが多いけど、本当に当選したら学校が荒れるかもしれない。人気はそこそこでも、堅実な人に入れておこう、そんな気持ちに似ています」
9月の自民党総裁選も、「隣のクラスの学級委員決め」という感覚だった。
私がこれまで取材した若者はみな、政治を公に語るのを嫌った。個をさらすことに、私の世代より敏感なのだ。彼も取材には快く応じてくれたが、匿名が条件だった。
そもそも、政治に期待した記憶があまりない。彼はそう言った。「子供の頃にあった東日本大震災での政府の対応や、社会の無力感を見たからかもしれません」
そして、こう告白した。「政治は時代によって変わって当然、もし来月から独裁的な政権になるって言われたとしても、今はそういう時代なんだと受け入れてしまう、そんな自分がいるんです」
最近の若いのは……。そうぼやきたくなる人もいるだろう。だが、あえて弁護すれば、彼は大学院進学を志す真面目な学生であり、勇気を出して「本音」を明かしてくれたと思う。そして、彼のように民主主義を独自の視点でとらえる若者は今、驚くほど増えている。学生たちと接する政治学者たちが、異口同音にそう訴えているのだ。
■「システム」への崇拝?
駒沢大学教授の山崎望(46)は、2017年後期のゼミで森友・加計学園の問題を議論した。安倍政権を肯定する意見がゼミ生25人の7割を占めた。
「何政権でも、民主主義国家としてよくないのでは? 私が水を向けると、彼らは言うんです。『そもそも、総理大臣に反対意見を言うのは、どうなのか』って」
政権に批判的な残りの学生にも、肯定派は冷たかった。「空気を読めていない、不愉快、とまで彼らは言うんです」。リポートを書いてもらうと、「政治の安定性を重視」という理由が多かった。不安定でも臨機応変に対応すればいいんじゃないの? 山崎がさらに問うと、肯定派はみな言葉に詰まってしまったという。
「理屈ではなく感覚です。安定に浸っていたい、多数派からはじかれて少数派になりたくない。そんな恐怖が少数派は罪という考えまで至るのではないでしょうか」
山崎は仮説を立てた。若者の多くは、日本古来の「システム」が政治の根幹にあって、それが自由民主主義だと思っている節がある。その下で選ばれた首相や与党への批判は、古来のシステムにごちゃごちゃ文句を付けているようなもの。逆に、政権を批判する野党やジャーナリスト、活動家には関わりたくない――。
こんなデータがある。コロナ禍第2波の最中、7月に行った朝日新聞の世論調査によれば、安倍政権の支持率は支持33%、不支持50%。コロナ対策が評価されず、経済的な打撃が深刻化したことが原因とみられるが、29歳以下の若年層は支持46%、不支持29%と、この世代だけ支持が不支持を上回った。
山崎は言う。「非常に奇妙な『神格化』が起きています。首相への熱烈な支持、信頼は薄くても、民主主義という政治システムに選ばれたこと自体が、『カリスマ』のよりどころなのです」
■コロナ禍が若者を変える?
新型コロナの緊急事態宣言が解除された5月下旬、中央学院大学教授の中川淳司(64)は、ゼミ生15人にリポート課題を出した。お題は「新型コロナと民主主義」。民主主義は感染症対策に有効ではない? 期間限定で強権発動できるよう法律を定める必要があると思うか? あえて、挑発的な問いかけをしてみた。
提出されたリポートに、政権批判はほとんどなかったが、中川にはうれしい驚きもあった。「日本は民主主義を侵害してまで強権政策を行わなくても、十分に抑えられると世界に証明した」「新型コロナの危機が高い中でこそ、(中国のような強権的な政策ではなく)民主主義を強化し、急がずゆっくり決めて、行動していくことが重要だ」――。いつも政治に関心が薄い学生たちまで、驚くほど意欲的に持論を展開していた。
「大学にも行けず、就職も分からない。政府や自治体の対策が頼りのコロナ禍は、良い意味でも悪い意味でも、民主主義や政治に『自分ごと』として関わる初めての体験だったのではないでしょうか。彼らの意識に変化をもたらすきっかけになるかもしれません」
◇
民主主義を育んできた米国で来月、世界が注目する大統領選がある。日本でも安倍長期政権が終わり、解散・総選挙が話題に上る。民主主義への「幻滅」が広がる今、その価値を考えた。
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