英米で相次いで「水増し」報道日本でも同じ可能性はないのか
新型コロナウイルスの感染者数が大幅に水増しされているとの記事が、先ごろ米英の主要メディアに相次いで掲載された。
「PCR検査で陽性と判定された人のうち、最大90%の人は感染していないと推定される」(ニューヨークタイムズ=NYT、8月29日)
「PCR検査は非常に敏感なので、死んだウイルスでも陽性になる。パンデミック(世界的流行)の規模は過大に評価されている可能性がある」(英国放送協会=BBC、9月5日)
2つの記事はともに、一部の研究者が早くから指摘していた「PCR検査で新型コロナの感染者を判定することの問題点」を指摘している。
米国や英国と同じことが日本でも起きている可能性がある。
PCR検査には限界があるウイルスの量や増殖ぶりは判定できず
この問題を理解するには、PCR検査とはどんなものか知る必要がある。
PCR(ポリメラーゼ・チェーン・リアクション=ポリメラーゼ連鎖反応)は、ウイルスの遺伝子(DNA=デオキシリボ核酸)を増幅する技術だ(ポリメラーゼはDNAを合成する酵素、連鎖反応は連続した反応の意味)。
PCR検査は、ウイルス感染症の検査やDNA型の鑑定(遺伝子鑑定)などに幅広く使われており、発明した米国の研究者キャリー・マリスは、1993年のノーベル化学賞を受賞している。
この技術を使うと、DNAを無限に増やすことができ、ほんのわずかのサンプル(検体、試料)でもそこから遺伝情報を読み取れるようになる。
具体的なやり方は、「ウイルスの遺伝子を含んだ可能性のあるサンプル」と「遺伝子を合成する酵素」と「2本のプライマー(人工的に合成した遺伝子の断片)」の混合液を、100度近くまで温め、60度くらいまで冷まし、また70度くらいまで温めるというシンプルなものだ。
この作業は1回がほんの数分で済むが、この1サイクルで、1本の遺伝子が2本になる。
自動的に温度を上下させる機械を使ってこの作業を繰り返せば、2サイクルで4本、3サイクルで8本という具合に遺伝子が増え、30サイクルでは約10億本、40サイクルでは約1兆本になる。
新型コロナの場合は、「リアルタイムRT・PCR」という方法が使われる。
ウイルスには、DNA遺伝子を持つウイルスとRNA(リボ核酸)遺伝子を持つウイルスの2種類があり、新型コロナはRNA遺伝子を持っているので、その情報をDNAに写し取る。そのうえで、新型コロナの遺伝子配列(中国の研究チームが今年2月3日の『ネイチャー』で発表したもの)に基づいて設計されているプライマーと参照し、陽性判定が行われる。
PCR検査では、わかることと、わからないことがある。
わかるのは、サンプル(咽喉で採取した体液や唾液)の中にウイルスの遺伝子(RNA)の断片が存在しているかどうか、だ。存在していれば陽性、存在が認められなければ陰性になる。
だが「そのウイルスが生きているか、死んでいるか」「ウイルスの量はごく少ないか、それとも大量か」「そのウイルスは咽頭に付着しているだけか、それとも細胞膜を突き破って細胞内に入り、増殖している(感染している)か」などは判定結果ではわからない。
検査の「サイクル数」を増やすと少量のウイルスでも陽性
PCR検査を新型コロナの感染の判定に使うことの問題点を日本で早くから指摘していたのが大橋眞・徳島大学名誉教授だ。
PCR検査ではサイクル数を増やすごとに、より少ないウイルスでも陽性になる。
理論的には、10サイクルだと、ウイルスが1000万個以上ないと陽性にならないが、20サイクルにすれば10万個以上で陽性になる。30サイクルでは1000個以上で陽性になり、40サイクルになると、わずか10個以上でも陽性になるのだ。
新型コロナの場合、感染して発熱などの症状が出るには少なくとも10万個程度のウイルスが必要だから、感染しているかどうかの判定は20〜25サイクルで検査するのが適切だと大橋氏は言う。
ところが、日本の国立感染症研究所のマニュアルが示す「リアルタイムPCR」は45サイクルであり、国内メーカーの3つの検査キットでは40〜45サイクルとなっている。
これらを使ったPCR検査では、ウイルスが10個程度存在すれば陽性となるわけだ。
問題はそれだけではない。
PCR検査では遺伝子配列の類似性で判定するので、ここまでサイクル数を増やすと、新型コロナの遺伝子配列に部分的に類似した、病原性のない常在ウイルスが存在していても陽性になる可能性がある。
常在ウイルスは多くの人の体内に存在しているウイルスで、こうした共生ウイルスがいくつもの臓器に多数、存在していることが近年の研究で明らかになっている。
こうした実態を踏まえて大橋氏は、国内でPCR陽性者とされた人のほとんどは、咽頭に10〜1000個程度の何らかの遺伝子が付着している状態であり、新型コロナ感染とは断定できないとしている。
20サイクルで検査すれば、陽性者は現在の100分の1程度になるという。
このように説明されると、陽性者の多くが無症状である理由がわかる。
大橋氏によれば、毎日、厚生労働省や自治体で発表されている感染者数は実数をかなり上回った数字であり、本当に必要な対策をとるには正確な感染者数の把握が欠かせないという。
NYT「米国の感染者数のうち最大90%は非感染者」
この問題を取り上げたのが、冒頭に紹介した2つの記事だ。
「検査で陽性でも、本当は違うかもしれない」という見出しのNYTの記事は、次のような内容だ(注1)。
(注1)https://www.nytimes.com/2020/08/29/health/coronavirus-testing.html
感染者だけを正しく陽性と判定するには、PCR検査で30サイクル以下にする必要があると研究者は言っているが、米国では37〜40サイクルになっている。この結果、感染者数が実態の何倍にもなっている。
たとえばニューヨーク州のある検査施設で行われたPCR検査では、今年7月、794人が陽性になったが、これは40サイクルで検査した結果だった。同じ対象者を35サイクルで判定すれば陽性者は約半数に減り、30サイクルにすると約30%になると、内部の専門家が明らかにした。
マサチューセッツ州の検査施設の専門家によれば、40サイクルで陽性になった人の85〜90%は、30サイクルでは陰性と判定される。
この記者は何人もの専門家から取材した結果、米国で陽性とされた人たちのうち最大で90%は非感染者だろうと結論づけている。
8月27日の米国の新規感染者は4万5604人と発表されたが、実際に感染しており、隔離されなければならなかったのは恐らく4500人程度だと書いている。
米疾病予防管理センター(CDC)は、サイクル数は検査キットのメーカーや各地の検査施設に任せているとしつつ、サイクル数について基準を作ることを検討中と述べている。
BBC「PCR検査は死んだウイルスも感知」
一方、「新型コロナ:検査は死んだウイルスも検知」という見出しのBBCの記事は、次のような内容だ(注2)。
新型コロナの診断に使われているPCR検査は非常に敏感なので、死んだウイルスの破片でも陽性判定が出ることがわかった。これは英オックスフォード大学EBM(根拠に基づく医療)センターがこの問題についての25の研究のエビデンスを調べた結果、明らかになった。
このことはパンデミックの規模が過大に評価されている可能性を示していると、科学者たちは語っている。
研究に参加したカール・ヘネガン教授は、ごく少量のウイルスでは陽性判定が出ないような「サイクル数の基準(カットオフ・ポイント)」を設けるべきだと指摘した。
これに対し英国公衆衛生庁は、現在はさまざまな検査キットが使われており、読み取り方法などが異なっているため、基準の設定は簡単ではないが、基準の設定も視野に入れて検討していると述べている。
(注2)https://www.bbc.com/japanese/54045348
症状のある人の診断を確定するために使うのが正しい使い方
2つの記事が示すように、現在の新型コロナのPCR検査にはサイクル数が多すぎるために、大量の「偽陽性(間違い陽性)」(感染していないのに陽性と判定すること)を出すという重大な欠陥がある可能性がある。
多くの人が実は感染していないのに、入院・隔離・自宅待機を強いられ、なかには誹謗・中傷を受けている人もいる可能性が大きいのだ。
検査は病気の診断や治療をするための一つの手段で、特に診断(病名)の確定に使われる。たとえば、発熱しせきが出るという症状の患者について、普通の風邪かインフルエンザかはっきりしないとき、抗原検査でインフルエンザウイルスが見つかれば、インフルエンザという診断を確定するわけだ(抗原検査は、咽頭の体液や唾液の中に「ウイルスに特徴的なたんぱく質(抗原)」があるかどうかを調べる検査手法)。
ところが新型コロナでは、症状と関係なく、PCR検査で陽性なら感染者とされる。この診断法そのものに疑問を持つ医師や研究者は少なくない。
厚生労働省も東京都や大阪府などの自治体も、「PCR検査の陽性者=感染者」として毎日、感染者数を発表し、それを基に感染拡大防止対策を決めているが、その「PCR陽性者=感染者」という前提に重大な疑問が出ている。
厚労省と自治体はこの疑問にきちんと答える必要がある。
(ジャーナリスト 岡田幹治)