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※2020年9月28日 日刊ゲンダイ1面 紙面クリック拡大
※2020年9月28日 日刊ゲンダイ2面
https://twitter.com/Trapelus/status/1310474205742264320
※文字起こし
「安倍政権の継承をアピール」「菅外交 手堅くスタート」――。大手紙にはそんな見出しが並んだ。菅首相の国際会議デビューとなった26日のビデオ映像による国連総会一般討論演説。「自由で開かれたインド太平洋」「積極的平和主義」など安倍前首相が使ったフレーズを踏襲する“安全運転”を、メディアはたれ流すだけだ。
菅は安倍路線の「継承」を掲げ、自民党総裁選を勝ち抜いた手前、内政も外交も「我こそがアベ様の後継者」と印象づけようとする。そんな「安倍もどき」に世論も6〜7割の支持を与えているが、ちょっと倒錯しすぎだろう。
安倍の退陣表明は、国民がノーを突きつけた結果ではなかったのか。本人の体調悪化はあくまで「一因」に過ぎない。最大の「要因」となったのは、菅が国連演説でも強調した新型コロナウイルス対策だ。あまりにズサンな対策の数々に国民は安倍を見放したのである。
だからこそ、菅政権やメディアに求められるのは本来、安倍政治の「継承」ではなく、「検証」だ。デタラメの限りを尽くした安倍政治の継承者をすんなりと認めるわけにはいかないのだ。
たとえば、4月に開かれたコロナ対策の基本方針を決める政府の諮問委員会。内閣官房が公開した議事録には、全国一斉休校を延長したい政府側が、専門家のお墨付きを強引に得ようと迫る姿が、記されていた。
政府側は「5月6日までの間、学校を一斉休校することが望ましいという専門家会議の見解を踏まえ」という文言を方針案に加えたいと提案。ところが、一斉休校について専門家会議でそんな見解をまとめたことはなかった。
当然、出席した諮問委メンバーの教授らから疑問や異論が続出。政府側は「専門家会議」を「専門家」に変える修正案を示したが、それでも押し返す。
担当の西村コロナ担当相に「休ませない方がいいのか」と迫られても、教授らはこう言って譲らない。
「感染拡大している状況であっても子どもが教育を受ける権利をしっかり保障すべき」
「諮問委員会として、一斉に(休校を)やるのは無理がある」
「専門家がここを認めたとなると、あなたたちは何をやっているのかということになる」
最後まで妥協せず、最終的に政府側の提案を退けたのだ。
叩き上げの虚像がつくり出した“庶民派宰相” |
報道機関の退室後、「密室」で繰り広げられた専門家の政治利用と姑息な修正。浮かび上がるのは、政府方針に従わせ、逆らうことは許さないという思いあがった態度と無謬性の愚かさだ。
安倍が専門家の知見も科学的な根拠もなく、唐突に打ち出した全国一斉休校ですら、このザマだ。当時は密室のやりとりなどツユとも知らず、安倍のデタラメに保護者たちは子どもの世話で苦心させられたのである。
二転三転した10万円の定額給付やアベノマスクの一斉配布、「トンネル」「中抜き」と疑惑まみれの持続化給付金事業、官房長官として菅が強行した「Go To」の前倒し。あまたとあるコロナ禍のデタラメ対策を検証すれば、とても安倍政治の継承など許されっこないはずだ。法大名誉教授の須藤春夫氏(メディア論)はこう言う。
「菅首相は安倍路線の継承を掲げながら、政治の私物化という『負の遺産』は終わったことにする。森友問題の公文書改ざんに関わった職員が自ら命を絶ち、遺族が再検証を求めても、財務省の調査と検察の捜査をタテに『結果は出ている』と冷たく言い放つ。巨額詐欺事件で逮捕されたジャパンライフの元会長を桜を見る会に招待。その招待状が宣伝材料にされ、被害拡大につながったのは明白なのに、菅政権は桜を見る会の『来年以降の中止』を理由に検証や説明を拒み続けています。そんな言い分をメディアもうのみにして独自の検証も行わない。二階幹事長や麻生副総理が菅政権の誕生を望んだのは『前政権の疑惑にフタ』。その期待に菅首相が応えているのは、素人目にもミエミエです。今のメディアの基本姿勢は寄らば大樹の陰。7年8カ月に及ぶ長期政権の問題のすべてをご破算にする菅政権との共犯関係には暗澹たる思いです」
6月の世論調査で菅を「次期首相にふさわしい」とみなしたのは、たった3%。ところが、「秋田の雪深いイチゴ農家出身の叩き上げ」と、メディアが囃し立てるや一夜にして“庶民派おじさん”に早変わり。ホンの3カ月ほどで7割の支持を集める人気宰相になってしまう。
いやはや、大メディアの無定見とその影響をモロに受けてしまう世論には、改めて危うさと恐ろしさを感じる。
なし崩しでデジタル管理社会へ雪崩を打つ
なぜ、メディアは菅の冷酷な本性を本気で伝えないのか。分厚いツラの皮をはがせば、つるんとむけて出てくるのは新自由主義の信奉者。競争を好み、市場原理をよしとする。構造改革を進めれば、後から景気はついてくる。そんな安易かつ、ひと昔前の幻想にいまだにとりつかれているのが菅だ。
やたらに成果と強調する「ふるさと納税」も、市町村間に返礼品の過当競争を招いた。執念を燃やす「携帯電話料金の値下げ」も新規参入で競争を促すシロモノ。それでもダメなら「国の電波使用料の値上げも検討する」と公然と民間企業に圧力をかける。
このコワモテ発言は、同じく政権の腹ひとつで電波使用料を牛耳られた大手テレビ局と、同一グループの大新聞にも向かう。
だからこそ菅に忖度し、礼賛するのか。
菅の看板政策「デジタル庁創設」「行政のデジタル化推進」にも危うさが漂う。国連演説でも海外にさりげなくアピールしたが、メディアは負の側面をロクに議論も検証もしない。行き着く先を知るには、今やデジタル大国となった中国社会が参考になる。
スマホでタクシーの配車アプリを使えば、グレード分けされた運転手のリストが出現する。アプリの管理会社が全運転手の行動データを評価し、毎回の運転の「質」をスコアリング。一定以上のスコアを超えると、グレードとともに給料が上がり、運転手は頑張ってスコアを上げる仕組みだ。
また、キャッシュレス決済アプリを通じて、あらゆる購買行動や行政サービスの利用状況がデータ化され、IDに紐づけされている。光熱水費や税金の支払いの良し悪しまで管理され、一人一人が「信頼に足る人物か」をAIに評価されつつあるのだ。
議論を検証を経ず「いつか来た道」に一直線
マジメに生きている人が恩恵を受ける一方、恐ろしい管理社会のようにも見える。こんな世の中を多くの日本人は本当に望んでいるのか。
コロナ禍で行政のデジタル化の遅れが顕在化。その克服は当然とはいえ、菅がデジタル推進を打ち出した途端、なし崩しとなれば内向き志向の国民は何も知らずに過度なデジタル社会にのみ込まれる恐れがある。だから、メディアの議論と検証が重要なのに、もはや期待するだけムダである。政治評論家の森田実氏はこう言った。
「コロナ大不況が懸念される中、庶民の暮らしを第一に思えばデジタル庁や規制改革など不要不急な政策にかまけている場合ですか。今こそ4000年前の、書経に記された『政は民を養うに在り』の精神が必要なのに、メディアは菅政権の方針に同調。前首相より実直で嘘をつかなそうという虚像をつくり上げた結果が、世論の高支持率です。長いものには巻かれろで勝ち馬に乗りさえすればいい安直さはメディアに限らず、社会全体に蔓延しているかのようです。16世紀の仏人文学者のエティエンヌ・ド・ラ・ボエシが若き日に記した『自発的隷従論』で説いた通り。今の日本は大衆が圧政に自ら従う従属根性の度が過ぎています」
疑惑を忘れて新自由主義に拍手を送る思考停止の菅礼賛は、かつての日本と全く同じ。この国は全体主義に染まった「いつか来た道」をたどりかねない。
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