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新型コロナ禍で再び弱さを露呈する日本の科学報道
2020.05.02
添田孝史
保健所に何度電話してもつながらず、PCR検査が受けられない。ようやく検査を受けられても結果は一週間後と告げられる。そして死亡した後に陽性とわかる。そんな事件が今月中旬、東京・世田谷で起きた。米国大使館は、「日本政府は検査をしないので、感染状況を評価するのが難しい」と、米国市民に4月初めに帰国を呼びかけた。
検査数の少ない日本のコロナ対策はおかしいと、もっと早い段階で、的確に指摘できなかったのだろうか。日本の科学ジャーナリズムは、東京電力福島第一原発の事故で「大本営発表頼り」と揶揄され、その実力不足が露呈した。多くの人命がかかったコロナ危機で、また弱腰が目立つ。
●「日本独自の対策」に騙される
人口が日本の約4割の韓国で、PCRの検査数は、日本の5倍近い。感染の危険を減らしながら多くの検査を進めるドライブスルー方式、ウォークスルー方式なども展開し、世界から注目され、欧米諸国でもモデルとなった。120カ国以上が韓国の検査キットを求めている。
一方の日本。「独自のクラスター対策」をうたい、「PCR検査を抑えていることが日本が踏みとどまっている大きな理由なんだ」(3月22日、NHKスペシャルで押谷仁・東北大教授)、「当初は韓国のようにPCR検査をどんどんすべきだと思ったが、韓国のやり方に批判も出ている。大切なことは検査件数ではない」(安倍政権幹部、4月25日朝日新聞)などと説明していた。
しかし、何の事は無い。検査を増やしたくても、韓国のような体制が取れなかっただけだった。政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーでもある押谷・東北大教授は、4月11日のNHKスペシャルで、SARSやMERSの教訓から大規模な検査体制を整えていた韓国やシンガポールと同じような対策を進めるのは、日本では困難だったと明かしている。
PCR検査を拡大して、早い段階で感染者を明らかにし、隔離する。それが望ましいとわかっていても、すぐには真似できなかったのだ。手持ちの限られた人員・検査体制でもできたのが、日本独自と称したクラスター対策だった。
そのクラスター対策さえも、韓国に比べてぐんと手薄であることを西浦博・北大教授が明かしている。クラスター対策を担う実地疫学専門家(FETP)の数が、日本は韓国の10分の1しかいないのだという。
僕はただそのへんの8割おじさんですが、1つ重要ポイントをつぶやきます。現場で感染動態を調査してアドバイスできる接触者追跡調査のプロFETPは日本の宝です。韓国ではMERSなどの経験からFETPが100人おり、プラス軍医が動員され検査を実施。日本は10人少々。この違いで対策に違いが出ており是正したい
— Hiroshi Nishiura (@nishiurah) April 12, 2020
●政府側専門家に「おかしいだろ、それ」と言えない
在日米国大使館は4月3日、こんな注意情報を出した。
「米国に住んでいるが現在日本にいる米国市民は、無期限の海外滞在の準備がない限り、直ちに米国への帰国を手配すべきである」
「日本政府が広範な検査を行わないという決定をしたことで、感染率を正確に評価することが難しくなっている」
「現在の日本の医療システムには自信を持っているが、感染の大幅な増加は、今後数週間の医療システムの機能を予測することを困難にしている」
日経新聞は、自民党の塩崎恭久元厚労相のコメントとして「2月ごろから民間の検査機関を活用すべきだとの声は医療現場などにあった。政府がクラスター潰しを重視しすぎて検査体制の強化が後手に回った」(4月23日)と紹介している。
海外から「感染率さえわからない危うい国」と判断されている状況を、科学や医療を担当する記者たちは自分たちのデータ、自分たちの判断で、「おかしいだろ、それ」ともっと早い時期に明確に打ち出すべきだった。東電福島原発事故でも明らかになった、日本の科学医療分野におけるジャーナリズムの弱さが、再び、そっくりあらわれている。
例えば東電の事故では、「炉心溶融を起こしている」とはっきり書くことさえ、政府のお墨付きが出てくるまでためらっていた。
爆発直後に、炉心溶融の可能性を示唆した保安院の中村幸一郎審議官はすぐに交代させら、それに伴って記事のトーンは後退した。政府が発表した事故の規模は「レベル5」で、放射性物質を大量に放出しなかった米スリーマイル島原発と同程度。政府が炉心溶融を正式に認めたのは4月18日になってからだ。
当時の報道の状況について、原子力の専門家は以下のように語っている。
「事故発生当初、東電も政府も炉心溶融の可能性を語り、報道もされた。しかし、その後は炉心の状態が安定しているかのような説明が2週間ほど続いた。この時点ですでに炉心溶融していたことは明らか。気付いていた人も大勢いたはずだ。事態はどんどん悪化しているのに、テレビでは大学教授らが根拠の乏しい楽観的なコメントを出し続け、だれも「王様は裸だ」と言わなかった。これがもう一つの衝撃だ」(田辺文也・社会技術システム安全研究所長 2011年4月19日朝日新聞)
●「王様は裸だ」と言えない日本のジャーナリズム
日本の科学ジャーナリズムが自分たちの力で「王様は裸だ」と言えないのはなぜだろう。
一つは、権威にとても弱いことが挙げられる。学会幹部や、その分野で権威ある教授らの発言が理解できなくても、問い質しきれない。「PCR検査を抑えると感染拡大が防げる」という、世界標準からかけ離れた日本の権威者たちの理屈を、鵜呑みにし、垂れ流した。
東電福島原発事故の際、建屋の爆発を「爆破弁だ」とコメントした東大教授や、「ニコニコしている人には放射能は来ない」と講演で述べた日本甲状腺学会理事長らが、メディアで重用されていた姿が思い起こされる。
もう一つは、エリートパニックに、マスメディアも一員として加わっていることがあるだろう。エリートパニックとは、「一般の人が災害時にパニックを起こすのではないか」と、エリートたち自身がパニックを起こすことだ。検査を拡大すれば、それを求める人が病院に殺到してパニックを起こすという専門家ら説明に、記者たちもひっかかった。あるいは、自分たちの報道がパニックを引き起こして責任を問われてはかなわない、と抑制してしまったのかもしれない。
これも、原発事故直後に、福島市内で通常の500倍レベルなど高い放射線量が検出されていたのに、「健康影響ないレベル」と記事に書き、一方で記者たちは数十万人の住民がまだ残っている福島県の沿岸部からいち早く避難していた状況を思い出す。
●福島事故報道から進歩できるか
「実際の現場の声よりも、政治家の声を優先して伝えてしまっていることに危機感をもっている。お上のお墨付きがないと、今がどういう状態なのか、判断できない」(全国紙の新聞社員)
「記者勉強会で政府側から「医療崩壊と書かないでほしい」という要請が行われている」(新聞社・通信社社員)
日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が2月下旬から実施したアンケートで、コロナ報道を巡ってすでにこんな声が出ている。
ジャーナリストたちは、原発事故につづき、また、「大本営発表」依存に陥り、政策ミスに加担して救える命も失ってしまうのか。それとも自分たちの取材に基づき自分たちの責任で発信していけるのか。コロナ禍で、これからが正念場となるだろう。
<文/添田孝史>
添田孝史
サイエンスライター。1964年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。1990年朝日新聞社入社。97年から原発と地震についての取材を続け、2011年に退社。以降フリーランス。東電福島原発事故の国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当した。著書に『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判−福島原発事故の責任を問う』 (ともに岩波新書)
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