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2020.03.06 65 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』
全国から「希望しても受けられない」との声が多数上がり批判が集中していた、新型肺炎感染を判定するPCR検査。ここに来て検査の民間委託を妨害しているとされる人物が浮かび上がり、話題となっています。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、その人物について独自調査。行き着いたのは、首相が「腹心の友」と呼ぶ男性が理事長を務める、あの大学でした。
■岡田晴恵特任教授の発言で浮かび上がった「感染研OB」とは
このところ、新型コロナウイルス感染症がらみでテレビに出ずっぱりの白鴎大学、岡田晴恵特任教授が、ある政治家から聞いたという驚愕すべき話をぶちまけた。
テレ朝「モーニングショー」(2月28日)のオンエア中、新型コロナウイルスの遺伝子検査(PCR)を医師が受けさせたくても断られる現状に話題がおよんだ時のことだ。
岡田教授は「私はあまり言いたくないんですが」と、切り出した。
いわく、「中枢にある政治家」。誰をさすのかはともかく、岡田教授のもとに何人かの「中枢にある政治家」から電話がかかってきたそうである。
用向きは「(担当者から)こういう説明を受けたけども、解釈はこれでいい?」というようなたぐいだが、その機をついて岡田教授のほうからも「検査費用の公的負担」や「PCR検査を拡充する体制づくり」について、要望を出していたらしい。
この件で、「中枢にある政治家」から返事があった。「公的負担に関しては、もうできたよ」。しからばと、岡田教授が検査の拡充についてたずねると、「クリニックからの直接依頼はちょっと待ってくれと言われてる」との答えだった。
そこで、岡田教授は「待ってくれっていうのはどういうことなんですか。オリンピックのために汚染国のイメージはつけたくないという大きな力が働いているんですか」と、かねてから抱いていた疑問をぶつけた。
すると、その政治家は「ハハハ」と笑って「そんな肝が据わった官僚は今どきいない」と言い、次のような話をしたと岡田教授は証言する。
「これはテリトリー争いだ。このデータはすごい貴重なんだ。衛生研から上がってきたデータは全部、感染研が掌握する。このデータを感染研が自分で持っていたいと言う感染研のOBがいる。そこらへんがネックだったんだよ」
どういうことなのか。自分の研究や論文作成のため、データを感染研が独り占めにすべきだと思っているOB研究者がいて、民間に検体をまわすのを渋っている。ほんとうなら、心得違いも甚だしい。
厚労省の一機関である感染研は、地方の衛生研究所からの検査データを集め、感染症についての研究を進める立場にある。検査機関ではなく、研究機関だ。多くのデータを確保したい気持ちはわからぬでもない。
しかし、さしあたって重要なのは、感染拡大と重症化を食い止めるための大量検査体制の構築だ。政府はヤルヤルと言いながら、検査を民間委託する数量を抑えているが、衛生研や感染研だけでは、検査できるキャパシティに、おのずから限界がある。
現場の医師が必要だと診断をつけて検査を保健所に申し入れても断られるケースが相次いでいる理由が、ジコチューな研究者心理にあるとしたら、患者はたまったものではない。
いったい誰なんだ、検査データ囲い込みのために民間委託を妨害する、そのOBとは。筆者ならずとも怒りを込めてそう思うだろう。しかしここは、落ち着いて考えてみたい。
ほんとうに「OB」のせいなのかは、わからない。しょせん政治家の言っていることだ。政権の思惑だとか、感染研の都合とは言えないから、「OB」なる便利な用語を駆使しているのかもしれない。
それを承知のうえでも、「OB」発言はやはり聞き捨てならない。実在するとしたら、国立感染症研究所にかつて在籍し今も影響力の及ぶ研究者で、とくに新型コロナウイルスの検査データを必要とする分野の専門家ということになるだろう。
そこで筆者は、「OB」を現役の研究者と仮定したうえ、それならどこかから研究費の援助を受けているはずだと想像をめぐらして感染症研究に資金援助するいくつかの機関のウェブサイトにアクセスした。資金提供先リストを探すためだ。
その作業のなかで、筆者が目をとめたのが、内閣府所管の国立研究開発法人「日本医療研究開発機構」の資料だ。
同機構は厚労省、経産省、文科省がこれまでバラバラに支援を行っていた医療研究を一本化し、産学連携で治験や創薬を行う司令塔たらんとして2015年に設立された。2019年の予算は1,267億円である。
新型コロナウイルスに関しては、感染研の迅速診断キット開発、治療法開発、ワクチン開発を支援しているほか、東大のワクチン開発、藤田医科大学の臨床開発研究への支援も決定している。
注目した同機構の資料とは、「平成31年(令和元年)度・実施課題一覧 感染症実用化研究事業」とタイトルがつけられた表である。
つまり、感染症研究に関する支援先のリストだ。82件の研究開発課題と実施機関名、代表者名が縦一列にずらりと並んでいる。
「国立感染症研究所に今も影響力が及び、新型コロナのデータを必要とする研究者」という条件に合う機関なり、人物はこのなかに入っているはずだとめぼしをつけた。
まず行ったのが消去作業である。感染研現職や、感染研とは無関係の研究者を除いていけば、感染研OBが残るはずだ。
やってみて残ったもの、すなわち感染研OBが代表になっている研究は
木村博一代表の群馬バース大学「下痢症ウイルス感染症の分子疫学および流行予測」
野崎智義代表の東京大学「原虫・寄生虫症の診断、疫学、ワクチン・薬剤開発」
鈴木哲朗代表の浜松医科大学「ジカウイルス感染動態」
モイ メンリン代表の長崎大学「デングウイルス感染防御のメカニズム解明とワクチン開発」
森川茂代表の岡山理科大学「動物由来感染症の制御に資する検査・診断・予防法」
―以上5件である。
このうち、代表者の経歴や研究内容から、当てはまると思われるのは一つしかない。岡山理科大の「動物由来感染症」だ。
代表者、森川茂氏は国立感染症研究所の獣医科学部長だったが、2019年3月31日に退職し、岡山理科大学獣医学部微生物講座の教授となった。2018年4月に開学した同学部には、同じ感染研でウイルス第一部主任研究官だった渡辺俊平氏が准教授として、非常勤のウイルス第一部研究員だった藤井ひかる氏が助教として赴任していた。
森川氏の教授就任とともに、まさに感染研の別動隊が岡山理科大に誕生したわけである。同学部のサイトを見ると、微生物講座の説明に以下のような記述がある。
新興感染症ウイルスに対する対策・研究を国立感染症研究所において、いわば最前線で体験してきたスタッフメンバーによって微生物学講座は、起ち上げられます。我々は、バイオセーフティーレベル(BSL)3の実験室を活用して、また日本の、または海外のBSL4施設とも共同研究を実施しながら、最前線での戦いを継続していきます。
森川氏は感染研時代の2017年2月、内閣官房「感染症研究拠点の形成に関する検討委員会」に、現在の感染研所長で「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議座長」をつとめる脇田隆字氏の代理として出席したほどの実力者であり、感染研に対する発言力はいまも維持しているとみられる。
だからといって森川氏がくだんの「OB」であると決めつけるつもりは毛頭ない。感染研に影響力を及ぼしうる「OB」は、ほかに何人もいるだろう。
たとえば、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」のメンバー構成に注目すると、12人のメンバーのうち、座長の脇田氏を含め3人が感染研関係者であり、うち岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長がOBである。岡部氏はテレビ出演も多く能弁で著名であるため、座長の脇田氏が立場上言えないことでも発言できるかもしれない。
だが、森川氏ら岡山理科大の感染研OBらには、他の研究者にないミッションがある。
安倍首相が「腹心の友」と呼ぶ加計学園理事長、加計孝太郎氏。その長年の宿願であった獣医学部の創設を、国家戦略特区制度を使った特例によって実現させた安倍官邸の思いが、岡山理科大への感染研メンバー投入にはこめられている。
「動物由来感染症の防疫、創薬など、ライフサイエンス分野における連携研究に対応する」。これが開学前のうたい文句だが、実現性を疑問視する声が絶えなかった。鳥インフルエンザ研究で定評のある京都産業大を押しのけてまで、岡山理大の獣医学部を開設する必然性がどこにあるのかという意見もあった。
森川氏ら感染研から岡山理大獣医学部へ送り込まれたメンバーには、そういう世評を見返すだけの業績を示す役割が求められているであろう。彼らには、加計学園問題で野党やメディアに激しく追及された安倍首相と加計孝太郎氏、さらには実現を後押しした竹中平蔵氏や加戸守行元愛媛県知事らの期待が重くのしかかっているはずだ。
PCR検査をあえて制限しているように見える現況は、東京オリンピックをひかえ、検査の拡充による感染者の急増を避けたい安倍政権の願いと迷いがもたらしたものだという疑いが依然としてぬぐえないのだが、ここへきて浮上した「OB」疑惑、あるいは感染研のかかえる問題も、無視はできない。
「防疫」より「研究」。それが国立感染症研究所の基本的なスタンスとすれば、そこに各地の衛生研も含めPCR検査をほとんど丸投げした政府の判断に、そもそも大きな問題があったのかもしれない。検査体制の拡充にはまだ越えなければならないヤマがありそうである。
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