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2020.03.04 84 by 中島聡『週刊 Life is beautiful』
もはや国内での拡大を防ぐことは不可能となったと言っても過言ではない、新型コロナウイルスによる感染症。水際対策に失敗したばかりか蔓延にも打つ手なしという、国としての危機管理能力が疑われる事態となっているわけですが、その原因に「日本の官僚システム」を挙げるのは、世界的エンジニアの中島聡さん。中島さんはメルマガ『週刊 Life is beautiful』にそう判断する理由を記すとともに、官僚システムにメスを入れない限り日本が変わることはないとの見方を示しています。
■危機に弱い日本の官僚システム
新型コロナウィルスに対する日本政府の対応は惨憺たるものです。原発事故の日本政府の対応に通じる部分もあり、「日本の官僚システムは危機に弱い」ことが証明されたと感じています。
二つの事例で共通する点をあげると、
人権よりも秩序が重視される
「国民のパニックを避ける」「国の評判を落とす」などの理由で情報が隠蔽される
「痛みを伴う決定」が出来ない
誰も責任を取らない
福島第一原子力発電所での過酷事故においては、事故後数時間の段階で炉心融解(メルトダウン)が起こっていることは、専門家の目から見れば明らかだったにも関わらず、東電も政府もその事実を隠蔽し続けました。「メルトダウンを起こす」ことは、原発を運営する国としてとても不名誉なことであり、なんとかメルトダウンという言葉を使わずに誤魔化そうとしたこと(当初は、「炉心損傷」という言葉が出てきたのがその証拠です)が明確です。さらに悪いのは、米国政府が空から測定したデータで、かなり広い地域が放射能で汚染されていることを把握しながらも、速やかな避難命令を出さずに、数多くの国民を被曝させてしまいました。
今回の新型コロナウィルスの件に関しても、既に感染の経路が特定出来ない感染者が出ているにも関わらず、日本政府は「市中感染が起こっている」ことをなかな公式には認めたがりません。それもこの状態を見れば、既に国内に数千人から数万人の感染者がいるだろうことは科学的に見て明らかなのだから、民間の力を使った大規模なPCR検査により、「現状の把握」をすることが何よりも大切なのにも関わらず、それをしないのは「見かけ上の感染者の数」を増やしたくないとしか思えない行動です。
二つのケースで共通するのは、専門家の意見(メルトダウンが起こっている、市中感染が起こっている)という意見が、専門的な知識に乏しい官僚と政治家によって握りつぶされ、「正確な情報に基づいた施策」というプロセスそのものが否定された結果、せっかく手に入れた情報を活用しない、自分たちに都合の悪い情報を隠蔽するなどの行動に出るというパターンです。
この手の話をすると、すぐに「政治家が悪い」、「官僚のモラルが低い」と批判する人がいますが、私はそんな考え方では、この問題は解決しないと思います。
根本的な問題は、日本の官僚システム(および、その結果の「票集めと利権争いだけをする政治家」)にあり、そこにメスを入れない限りは、未来永劫、何も変わらないと私は思います。
日本の官僚は、東大法学部に代表される、知能指数は高く、事務能力だけは高いが専門的な知識に乏しいエリート集団です。彼らに(システムから)与えられたミッションは、「誰が政治家になろうと、方針をコロコロと変えずに、国の秩序を安定して遂行すること」にあります。
この官僚システムにとっては、親から引き継いだ「票田」を活用して政治家になったビジョンのかけらもない二世議員だらけの政治家を、後ろから操る形で国を運営するのが一番都合が良いのです。
このシステムは、平時で、国としてやるべきことが明確な時はとても有効に作用します。戦後の高度成長期が良い例です。「欧米になんとか追いついて先進国の仲間入りをする」という一つの明確なゴールのために、政官民が一緒になって働くことが出来ました。
しかし、原発事故のような「想定外」の事態になると、途端に日本の官僚機構は機能不全を起こします。政治家はもちろんのこと、原子力安全・保安院すら経産省から出向した素人の集まりだったため、事故を起こした当事者である東電に適切な指示を出すことが出来ないのはもちろんのこと、人権よりも東電や保安院のメンツが重視されたりすることになってしまうのです。
本来ならば、菅総理が「脱原発」を宣言した時点で、日本は脱原発に舵を切るべきだったし、東電は破綻させて解体し、発送電分離を加速させる良いチャンスだったのですが、電力会社と持ちつ持たれるの関係になっていた経産省が、そんな急激な方針変更を許すわけがなかったのです。
今回の新型コロナウィルスに関しても、結局厚労省の役人も大臣も、伝染病に関して全くの素人であり、専門家の意見を聞きつつ、リーダーシップ不在で行動するしかないので、今回のような体たらくになってしまうのです。
一方、米国の場合、NCR(アメリカ合衆国原子力規制委員会)やCDC(アメリカ疾病予防管理センター)などの組織は、専門家集団の組織で、トップにはその道の専門家(原子力工学の博士号を持った人や医者)がおり、そこが専門知識と強い権限を持って事故や大流行に対処する仕組みになっています。
ちなみに、この問題と、私が常日頃から指摘している日本のITゼネコン問題は、根っこは同じところにあると思います。簡単には人を解雇できない解雇規制と終身雇用・年功序列制度が、専門職の人を要所に置くことを嫌い、霞ヶ関の官僚に代表される「専門知識はないけれど、事務処理能力や管理能力は高い人々」を重要なポストに置き、専門家は必要に応じて外部から調達する、というシステムが日本のあらゆる所に作られてしまっているのです。
今回の事件を受け、日本にも米国のCDCに相当する組織が必要という意見が聞かれますが、組織作りを官僚たちに任せておくと、厚労省からの出向者ばかりで構成される「非専門家集団」を作りかねないので、注意が必要です。
■囚人のジレンマが起こす医療崩壊
新型コロナウィルスについては、状況が刻々と変化していますが、世界的な流行(パンデミック)が既に始まっており、誰にも止められないことは明確です。こうなると、いかに感染拡大のスピードを抑え、重症患者が必要な治療を受けられなくなる医療崩壊を避けるか、が重要になりますが、ここで生じるのが、典型的な「囚人のジレンマ」です。
囚人のジレンマとは、ゲーム理論におけるゲームの1つで、一人一人が自分のために最適と思われる行動(部分最適化)をとった結果、全体としての最適解にはたどり着けない、というジレンマのことです。
今回のケースでは、医療崩壊を避けるためには、軽症の人(風邪やインフルエンザの症状の人)は、家から一歩も出ずに安静にしていることが、全体にとっての最適解です。軽症な人が外を出歩かないことが感染拡大のスピードを落とすし、彼らが病院に行かないことが、肺炎を起こした重症者が必要な治療を受けることに繋がるからです。
政府が、“かぜの症状や37度5分以上の発熱が4日以上続いている人、強いだるさや息苦しさがある人”のみ「帰国者・接触者相談センター」に連絡するようにと指示を出しているのは、それが理由です。
しかし、実際に自分や自分の子供が風邪の症状で熱があるとなれば、「これは新型コロナウィルスに感染したのではないか?」と不安になるのは当然です。さらにメディアには、「肺炎を起こす人15%、致死率2%」などの数字(分母である感染者数が正確に把握できていない現状では、あまり信用できない数字です)を繰り返し伝えるため、「肺炎になりたくない、死にたくない・死なせたくない」という必死の思いから、(上の条件を満たしていなくても)病院に駆け込むことになってしまうのです。特に、PCR検査に保険が適用されるとなれば、本来ならばそもそも病院に来るべきでない軽症者までが「PCR検査をして欲しい」と医者に要求することは十分に予想できます(PCR検査は、感染のスピードを把握するには重要ですが、個々の患者の治療に関しては、よほどの重症患者でない限りは、役に立ちません)。
この軽症者が病院に殺到する行動そのものが、医者不足・看護師不足を招き、(重症患者が十分な治療を受けられなくなる)医療崩壊を起こすのです。さらにそれが、病院の待合室でのウィルスへの感染を増やすことになり、感染拡大のスピードを加速することになります。
つまり、上に書いた「自分だけは死にたくない、自分の子供だけは死なせたくない」という部分最適化が、社会全体としては医療崩壊という大きなマイナスの結果を招いてしまう、という典型的な「囚人のジレンマ」状況にあるのです。
国民全体にとっての最適解は、国民一人一人が「医療崩壊を避けることの重要性」をしっかりと理解した上で、風邪の症状があったり熱が出たとしても、慌てて病院には行かず、自宅で暖かくして療養することなのです。
その意味でも、政府がきちんと情報公開をし、国民の信頼を確保し、明確なメッセージを送り続けることが何よりも大切です。
残念ながら、多くの人が「PCR検査をしないのは、日本政府が感染者数を少なく見せたいために違いない」と疑いの目を政府に向けている限りは、国民を説得することは難しいのが現状です。
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