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新型コロナウイルスがアベノミクスの息の根を止める
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/post-92564.php
2020年3月2日(月)19時00分 ウィリアム・スポサト(ジャーナリスト) ニューズウィーク
ダイヤモンド・プリンセス号と失政が日本経済に止めを刺すか(2月28日の株価ボード) Athit Perawongmetha-REUTERS/
<感染拡大は止まらず、経済的な犠牲が大きいイベント自粛や一斉休校などの対策には疑問と不満が渦巻き、東京五輪開催には暗雲が。支持率も低下し、景気悪化も必至とみられるなか、安倍政権はかつてない危機にある>
日本における新型コロナウイルスの感染拡大は、これ以上ないと言っていいほど悪いタイミングで起きた。日本経済も安倍晋三首相の内外の評判も大きな打撃を被っている。夏に予定されている東京五輪の開催すら危なくなるかも知れない。
想定外の事態と言えるだろう。安部は昨年11月、首相在任日数(通算)で日本史上最長の記録を作ったばかり。対中関係も改善に向かっており、4月には中国の習近平(シー・チンピン)国家首席が就任後初めて、国賓として来日する予定になっていた。1964年の東京五輪が戦後の日本経済の発展ぶりを世界に示したように、今年の五輪も新生日本の姿をお披露目する機会となるはずだった。
だが、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が何もかもだいなしにした。2月3日に横浜に寄港した同船は2週間の旅程で香港、ベトナム、台湾を巡っていたが、香港で下船した乗客の1人が、後に新型コロナウイルスに感染していたことが判明したのだ。
日本当局は3700人の乗員・乗客の船内での隔離を命じた。だがこの対応については、感染防止の効果が疑われるばかりか、かえってウイルスの「培養器」になるのではと批判の声が上がった。
■世界の前でミス続発
不安の声は、神戸大学の岩田健太郎教授が船内の感染対策の不備を告発する動画をユーチューブで公開したのを機にさらに高まった。厚労省はこれに反論、感染の大半は隔離前に起きており、隔離には感染率を引き下げる効果があったことを示すデータを提示した。岩田はまもなくビデオを削除した。船内の感染管理が改善されたと聞き、動画の役割は達成されたと考えたからだという。
だが、陰性判定の日本人乗客が下船と同時に解放されたことでさらに疑念は高まった。アメリカなど他の国々から来た乗客は陰性判定でも帰国後2週間、それぞれの国での隔離されている。さらに、下船した日本人23人に検査漏れがあったことまで明らかになった。ダイヤモンド・プリンセス号の乗員・乗客ではこれまでに700人以上が感染し、6人が死亡している。
ダイヤモンド・プリンセス号関係を除けば、日本全体の数字はそれほど深刻ではない。3月1日現在の感染者の数は254人で、2000人を超えた韓国よりもずっと少ない。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は政府の危機警報を最高ランクの「深刻」に引き上げた。
政府のコロナウイルス対策専門家会議の副座長で、独立行政法人地域医療機能推進機構の理事長である尾身茂は、完全なシステムなどは存在しないし、日本も例外ではないと語る。当局者らは24時間態勢で対応に当たっており、さらなる集団感染を防ぐとともに死亡率を下げることに全力を挙げているとも語った。
日本の対応が成功するかどうかは分からない。だが、人はもちろん経済が、新型コロナウイルスの大きな痛手を被ったのは間違いない。
コロナ問題が起きる前から日本は景気後退の入り口にいた。10〜12月期のGDPは、消費増税の影響により年率換算でマイナス6.3%だった。
新型コロナウイルスの感染拡大が、こうした状況をさらに悪化させることはほぼ間違いない。ゴールドマン・サックスは1〜3月期のGDPは前期比マイナス0.3%で、今年1年を通しての成長率はマイナス0.4%になると予測している。
2月25日に政府が発表した対策基本方針は、景気をさらに悪化させることになりそうだ。新たな集団感染を防ぐため、政府は多くの人が集まったり、互いに濃厚接触するようなイベントを当面、見合わせるよう呼びかけている。企業がパーティーの開催を中止するなか、ろうそくに照らされたおしゃれなディナーも職場の仲間との飲み会もお預けだ。
■レストランは閑古鳥、テーマパークは閉園
多くの大企業も政府の指示にならっている。大手広告代理店の電通は、社員1名が新型コロナウイルスに感染していたことを受けて本社の5000人の従業員を在宅勤務にした。化粧品大手の資生堂も8000人の従業員に在宅勤務を命じた。大手企業の中には、6人以上での集まりをやめるよう命じたところもあれば、すべての出張を取りやめたところもある。
経済への影響は日増しに大きくなっている。日経平均株価は2月の最後の週、9.6%も下げた。ある大手の国際ホテルチェーンでは客室稼働率が通常の半分にあたる40%まで落ち込んでおり、さらに下がる見込みだという。東京都心にあるレストランの中には、予約が通常の半分にまで減ったところもあるという。サッカーのJリーグは15日まですべての試合を中止、東京マラソンは一般参加者抜きで行われるなど、スポーツ界にも自粛の動きがでている。世界有数の人気テーマパークである東京ディズニーランドも少なくとも2週間の閉園を決めた。
■消えたインバウンド
こうした状況から、アベノミクスにとって大きな成功要因の1つであったインバウンド観光が最大の被害を受ける可能性がある。昨年、訪日外国人旅行者全消費額の40%を占めた中国人観光客は、団体旅行が禁止されたため、日本から姿を消した。
昨年、貿易優遇措置の除外をめぐってすでに日本に腹を立てていた韓国からの観光客も大幅に減少した。この二国からの旅行客は、約3200万人に達した昨年の訪日外国人旅行者総数のほぼ半分を占めていた。
また、伝染病の世界的大流行となればオリンピックの開催そのものが危ういが、開催されるにしても東京はその舞台に適しているのかという疑問もささやかれている。
国際オリンピック委員会(IOC)のディック・パウンド委員(カナダ)はAP通信に、状況を評価判断するために2〜3か月様子を見る可能性が高いと語った。
このコメントに対して東京都の報道担当者は、少なくとも今のところ、「IOCによれば、この委員の発言は公式な見解ではなく、予定通りオリンピック開催に向けて準備を進めている、ということだ」と、語った
こうした状況から、安倍首相の支持率は大幅に下落している。2月15〜16日に行われた共同通信の調査によると、すでに多くのスキャンダルに見舞われている安倍首相の支持率は、この2年で最大の下げ幅を記録していた。安倍内閣の支持率は現在41%で、1月に行われた前回調査から8.3ポイント減少した。調査対象者のうち、82.5%がコロナウイルス感染拡大による経済への悪影響を懸念していると答えた。
これは日本の政治によくみられるパターンだ。日本人はチームワークが得意で厳しい局面を乗り切る力があるというイメージがあるが、日本の有権者はたいてい、問題が起きるとリーダーを非難する。
安倍首相がそれを体験したのは、記録的な豪雨で広範な洪水と地滑りが発生し、200人以上が死亡した2018年の夏だった。対応が手ぬるいという印象から、安倍政権の不支持率は46%まで上がり、政府の全体的な支持率は7ポイント下がって45%になった。
もっと劇的だったのは、長年野党だった民主党のケースだ。東日本大震災が発生した2011年3月に政権与党だった民主党は、地震および津波被害、原子力発電所の危機への対応が不十分だったとみなされたことで、手痛い打撃をこうむった。
その後新首相を擁立したものの、民主党は2012年12月の総選挙で大敗し、安倍政権に権力を譲り渡した。それ以来、失地挽回はかなわず、後継政党への支持率は現在10%を下回る。
■習近平の訪日も中止か
08年以来の中国国家主席訪問のチャンスとして、安倍首相が慎重に準備をすすめている4月の習近平(シー・チンピン)の訪日も中止になる可能性がある。公式には両国ともに訪日の計画に変更はない、としている。
安倍政権はつい先日も、新たな批判にさらされた。2月27日に突然、全国の小中高校に春休みが始まるまで臨時休校を要請する考えを発表したからだ。
日本のメディアは、教育関係者にとってこの要請が予想外であったことを報じ、教育現場からの「信じられない。教育現場への配慮がまったくない」などというコメントを引用した。
子供はウイルスによる被害が最も少ないグループの1つであり、この措置に反対する人は、医療従事者や、家で子供の面倒をみなければならない人の生活を複雑にするだけだと主張する。
安倍政権はこれまで、首相や首相夫人との関係が疑われた森友学園問題をはじめ、数々のスキャンダルを乗り越えてきた。ただし、今回は異なる展開になりそうだ。
安倍の首相のとしての任期は2021年9月に終了する予定で、すでに求心力は落ちている。安倍政権維持のために、党則で定められた総裁任期を現在の「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長する話もあったが、問題が山積するにつれて立ち消えた。
しかし、最後にひとつだけ安倍政権にとって救いとなる可能性のある要素がある。
アメリカのトランプ政権がもし二期目に入った場合どう対処したらいいか、日本にとっては頭の痛い問題だ。安倍は巧みにトランプを喜ばせ、貿易と防衛分野へのトランプからの要求を、可能な限り先延ばしにしようとしてきた。
共同通信の最近の調査では、トランプの再選は日本にマイナスの影響を与えると予想する人が71%にのぼっていた。そうなった場合、トランプの交渉相手としては安倍がいまだに最もすぐれていると主張する政治家もいる。
乗り越えるにせよ、打ちのめされるにせよ、コロナウイルス危機への対応は、安倍政権の評価を決定づけるものになりそうだ。
(翻訳:村井裕美、栗原紀子)
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