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安倍官邸が「禁じ手」を使ってまで検事総長にしたがる男の正体
https://www.mag2.com/p/news/439975
2020.02.14 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』 まぐまぐニュース
1月31日に政府が閣議決定した、黒川弘務検事長の半年の定年延長を巡り、与野党が対立しています。なぜ官邸は、違法性まで指摘されたこのような禁じ手を使うに至ったのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で今回、黒川氏の過去の「功績」を紹介するとともに、政府の魂胆を白日の下に晒しています。
官邸はなぜ黒川弘務氏を検事総長にしたいのか
安倍首相はいつごろ、このアイデアを思いついたのだろうか。誰かに吹き込まれたとしても、悪知恵が過ぎる。
検察のナンバー2、黒川弘務・東京高検検事長を、半年だけの定年延長で、ちょうどそのころ退任時期を迎える稲田伸夫・検事総長の後釜に据えようという魂胆。
「桜を見る会」の問題点が国会で指摘され、ジャーナリストや弁護士ら約50人が昨年11月20日、東京地検に告発状を提出したこと、他の弁護士グループも告発の準備を進めていること、なにより、安倍首相自身が違法性を自覚していることが、少なくともこの人事になにがしかの影響を与えているように思える。
7年にもわたり、幹部官僚人事を思うがままに動かした安倍官邸は、あたかも霞が関全体を掌中に収めたかのごとくふるまっている。だが、安倍首相に気がかりな点がないとはいえない。“忖度”とやらの横行とともに、人事権の乱用への反発心もまた、各府省の中にはくすぶっている。“裸の王様”と揶揄される安倍首相でも、そのくらいのことを察するのは容易だろう。
とりわけ検察は、建前上、政治からの独立性が求められる。検察が本気になって腐敗を暴き出せば、いかに政権側に指揮権発動という伝家の宝刀があろうとも、メディアを味方につけて政権を転覆させることも可能である。
このところの問題は、その検察が安倍政権の中枢部から数々の腐敗ネタがこぼれ落ちているのを知りながら、厄介な内部力学が働いて拾おうとしなかったことであるが、それゆえにこそ現場の検事たちには、不満のマグマがたまりにたまっている。
官邸への忖度の中心にいたのが、まさに、今回の異常人事で検事総長の座が目の前にちらついているであろう黒川弘務・東京高検検事長なのである。
黒川氏といえば、検察というより、法務省官僚の印象が強い。若いころは地方検察庁で検事の仕事をしたが、その後の大半は、法務省の大臣官房か、刑事局に在籍し、大臣官房長を経て2016年9月、法務事務次官となり、19年1月に東京高検検事長に就任している。
実は黒川氏の法務事務次官就任は、官邸のごり押しによるもので、当時、法務・検察内部に立った波風はかなりのものだったらしい。法務事務次官には黒川氏と同期の林眞琴氏が就くというのが既定路線だったのだが、官邸はこの人事案を拒否し、官房長だった黒川氏を充てるよう要求した。
なぜ官邸は黒川氏なのかというと、さかのぼれば長い話になる。小沢一郎氏を陥れようとした陸山会事件にまで触れなければならないからだ。つまるところ、黒川氏は小沢潰しを画策した麻生政権時代から、検察と政治の間を小器用に立ち回ってきたといえるだろう。
後援会観劇ツアーで有権者を買収した小渕優子・元経産大臣、URへの口利きで現金を受け取った甘利明・元経済再生担当大臣。明白な証拠がそろっているこの二人の事件を潰したのは、当時の黒川官房長だったといわれる。
東京地検特捜部が政界の捜査に入ろうとするさい、法務省に、なぜかお伺いを立てることになっている。表向きは特捜が暴走することがないよう、ということだが、実際には政権の怒りを買うような捜査を避けたがる法務省幹部の保身に起因している。
特捜がお伺いを立てる窓口が官房長というわけで、意外に官房長は威張りやすい。一説によると、小渕、甘利の両事件ともに、黒川氏が突き返したらしい。もちろん、黒川氏はぬかりなく菅官房長官あたりに“手柄”を報告しただろう。
特捜の検事たちはたいそう悔しがったというが、官邸にしてみれば、黒川氏を法務・検察の中枢に置いておくメリットは計り知れないわけである。官房長から事務次官に黒川氏が昇格したのは、甘利氏の不起訴が決まって数か月後のことだった。
安倍首相のお気に入りは、だいたい人物像が共通している。黒を白と言ってでも強引にコトを進めてゆくタイプだ。法務事務次官は法務・検察のなかでの序列としては、検事総長、次長検事、検事長よりも下位だが、黒川氏は官邸との距離の近さを強みに剛腕をふるってきたのではないだろうか。
それゆえにこそ、官邸サイドが黒川氏を事務次官に指名するにあたり「任期は1年」と約束していたにも関わらず、次官ポスト待ちの林眞琴氏を名古屋高検検事長に出してまで、2年4か月も黒川氏を次官に居座らせたのに違いない。
黒川氏が昨年1月、東京高検検事長になったことで東京地検特捜部は官邸のくびきから脱したのか、これまでのうっ憤を晴らすかのような動きを始めた。敏腕で鳴らす森本宏特捜部長のもと、IR事業をめぐる汚職事件で約10年ぶりに現職国会議員の逮捕に踏み切った背景には、そうした事情の変化もあった。黒川氏が法務省を取り仕切っていたら、どうなっていただろうか。
定年が迫りつつあった黒川氏。安倍官邸は検察対応のキーパーソンを失いたくなかった。検察庁法によると、検事総長以外の検察官は63歳に達したなら退官することになっている。とすれば、1957年2月8日生まれの黒川氏の退官日は、今年2月8日であった。
一方、検事総長の退官は65歳に達したときだ。2018年7月から検事総長をつとめる稲田伸夫氏は1956年8月14日生まれなので、定年は21年8月14日。まだまだ先である。
安倍首相と官邸の面々は、黒川氏を法務・検察組織に留め置くための秘策を練った。いちばん手っ取り早いのは現検事総長の稲田氏が退任し、黒川氏が定年に達する前に、検事総長の座を明け渡してくれることだ。検事総長は後任者を自ら指名するのが慣例だ。
そこで、昨年末から稲田検事総長に退任するよう説得してきたが、稲田氏が頑として応じなかったという。
そうこうしているうちに、黒川氏の63歳到達日が迫ってきた。検察庁法を守るなら、もう時間切れだ。“禁じ手”しか残されていない。今年1月31日の閣議で、黒川東京高検検事長の勤務を8月7日までとすることを決めたいきさつは、そんなところだ。
「重大かつ複雑、困難な事件の捜査、公判に対応するため黒川氏の経験が不可欠」と森雅子法務大臣は述べたが、理由の説明になっていない。
国会では渡辺周議員の「検察庁法の脱法行為ではないか」との質問に森法務大臣はこう答えた。
「検察庁法は国家公務員法の特別法にあたる。検察庁法には勤務延長の規定がない。特別法に書いていないことは国家公務員法が適用される」
詭弁としか言いようがない。検察庁法には、検事総長以外の検察官は「年齢が六十三年に達した時に退官する」となっている。そのまま受け取れば、非常にシンプルである。
ところが、森法相は検察庁法に定年延長する場合の決まりが書いてないから国家公務員法を適用するというのだ。
検察庁法をふつうに読めば、63歳に達したら、定年延長することなく退官するものとして書いてある。人の一生を左右するほどの大きな権限を持つ検察官だからこそ、厳しい年齢規定がある。
安倍官邸にかかれば、常識はいともたやすく覆されてしまう。理屈になっていない理屈を恥かしげもなく振りまわし、これまで何度、強行突破を重ねてきたことか。
検事総長の任命権者は内閣である。しかし、内閣からの独立性を保つため、これまでは検事総長が後任者を指名し禅譲してきた。歴代の内閣には、それを是とする寛容さと良識があった。
法務・検察組織内部で、順当な次期検事総長候補が今年7月30日に満63歳となる林眞琴氏ということは衆目の一致するところらしい。稲田検事総長は林氏の誕生日前に退任し、林氏にバトンタッチする腹づもりと思われるが、そうは問屋が卸さないとばかりに、安倍官邸は黒川氏の定年延長カードを切ってきた。任命権者は内閣であることを振りかざし、官邸は稲田氏に圧力をかけるだろう。
これでは、検事総長さえも、時の政権の都合のいい人物を配置するという悪しき前例を政治史に残すことになる。
内閣が任命することになっていても、内閣からの独立性が求められ、時の政治権力の思惑に左右されてはいけないポストがほかにもある。日銀総裁、内閣法制局長官、最高裁判所判事、会計検査院長、NHK経営委員会メンバーらだ。
しかし現実には、日銀も、内閣法制局も、NHK経営委員会も、安倍政権の色に完璧に染められている。最高裁すら「統治行為論」に逃げ込んで政府に対しては及び腰だ。
国民の生活を向上させる政策がいっこうに進まないなか、トップの幼児性に起因する“官邸独裁”だけは、おかしな完成形に近づいているように見える。
image by: 東京高等検察庁HP
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