ハイエク: インフレ主義は非科学的迷信 2021年1月24日 GLOBALMACRORESEARCH https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11992前回の記事ではジョン・メイナード・ケインズと論陣を張り合った経済学者のフリードリヒ・フォン・ハイエク氏の主張が現在のコロナ禍における経済にぴったりと当てはまることを紹介した。 ・インフレが制御不能になれば政府は価格統制を始める https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11964 莫大な量的緩和と現金給付によりアメリカでは既に物価上昇が始まっているからである。
経済学者によるインフレ至上主義 それを遠い昔に諌めていたのがハイエク氏だった。しかし現代の経済学者はインフレを善とし、インフレターゲットなる言葉まで作られた。 繰り返すがインフレとは需要に対して供給が不足していることであり、物が足りないことである。 物が足りないことの何が善なのだろうか? これについて筆者を説得できた経済学者はいまだ存在しないが、インフレは現代の経済学では善とされており、結果としてのインフレではなくインフレ自体をターゲットとした政策が平然と行われている。 何故インフレが政治家や経済学者の間で好まれたのだろうか? それは政治家が支出を好むという事実と関係している。政府が財政出動により人々を失業から救わなければならないというのは現代の経済学ではケインズからの伝統である。 ケインズはその著書のなかで、無意味に穴を掘るだけの事業であっても公共事業として効果がありうると主張している。政治家は自分の票田に金を配ることを主な仕事としているので、ケインズのこうした主張が彼らに受けたことは自然な帰結である。 公共事業は失業を救うか しかしそれが経済学的に正しいかどうかは別の問題である。ハイエク氏は次のように述べている。 現在の通貨の問題の主な原因は、当然ながらケインズとその弟子が、支出の総額増やせば繁栄と完全雇用を長期的に約束できるという古い迷信に科学的権威を与えたと思い込んでいることにある。 公共事業自体はケインズ以前から存在する古い迷信である。しかしそれが戦後の世界秩序の決定に大きな役割を果たした著名人ケインズによって流布されたことで神格化され、世界中の政府と中央銀行の不文律のようになってしまった。 しかしトランプ政権によるインフラ投資は実際に経済を押し上げたではないか? それは勿論そうである。ハイエク氏は次のように述べる。 通貨の量が増加することによって雇用が急速に増大し、最短経路で完全雇用に達することは勿論否定されていない。 しかし問題はそこではない。それが長期的に見ても本当にプラスに働いているのかということである。ハイエク氏はこう続ける。 インフレが加速を止めたとき、失業は過去の誤った政策の結果として、そして非常に残念ながら避けられない結果として出現する。 そして問題はこの部分が経済学的に理解が難しいということである。 公共事業がいかに失業を生むか 何故公共事業が長期的には失業を生むか。ハイエク氏は次のように説明している。 すべての職種に対して画一的に同じ給与を決めることができないように、総需要を操作してすべての労働に対する需要と供給を均衡させることはできない。 雇用の量は経済の各部門の需要と供給が一致することで決まる。つまりは経済のどの部門にどのような需要があり、どういう賃金が割り振られているかによって決まるということである。 これはやや難解な箇所である。そしてここが難解であるためにインフレ主義は何十年も何百年も生き延びてきたのである。 問題は紙幣印刷や公共事業などのインフレ政策が局所的には多大な不均衡を生むということである。GDPで全体の大きさだけを気にすることが常習化した現代においてはこの重要な点が容易に無視されてしまう。 紙幣印刷は経済のどの部分にどれだけの需要が本当に必要かを考えずに経済全体の貨幣量を増やす。公共事業は政府が恣意的に選んだ受益者にだけ大量の資金を投下する。 どちらの方法でも本当に必要な場所に資金が行くことはない。現代の量的緩和バブルでも株式市場がまず上がって実体経済にはなかなか反映されないのと同じである。結果としてインフレは起こるわけだが、オーストリア出身のハイエク氏は1920年代に起こったインフレにおいて街の様子がどうなったかを描写している。 ウィーンの中心街では多くの有名なカフェが街角の一等地から追い出され、銀行の新しい事務所が取って代わった。 こうした政府による資金投下バブルで一番に利益を得るのはいつも金融業である。金融など一部の分野がバブルで先に得をし、他の業種を追い出してゆく。先進国政府が何年も紙幣を刷り続けた結果、富の不均衡が起こり、アメリカでは暴動に発展している。 しかしインフレになったことで銀行業が飲食店より経済的に重要になったという事実はない。それでも紙幣印刷によって膨張した貨幣量は経済に一様には注ぎ込まれず、一部の業種にバブルを引き起こしてゆく。 しかし例えばハイエク氏の例では不必要に増やされた銀行の職員は長期的には必要ではなくなってゆく。ハイエク氏はそのインフレの時代の顛末をこう語っている。 銀行が事業を縮小するか倒産しなければならなくなり、何千人もの銀行員が失業者の行列を作った時代を過ぎ去るとカフェは戻ってきた。 しかし本来はカフェの従業員は一等地から追い出されて失業する必要はなかったし、大量の新しい銀行員がその後失業者の列となる必要もなかった。これがインフレ政策による長期的失業の増加である。 結論 不均衡は必ず長期的にはネガティブな結果を引き起こす。しかしそれでも主流派の経済学者はいまだに完全雇用とインフレを神のように崇めている。 政府が借金を積み上げて無理に作り出した雇用はリーマンショックやコロナ禍などでインフレが止まった瞬間に、それまでは留保されていた分の失業を大量に吐き出す。それは本来存在しなかったはずの、インフレ政策が故意に生み出した失業なのである。 ・新型コロナで借金が実体経済に影響を与える仕組みを分かりやすく説明する https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10248 しかし因果関係という概念を理解しない主流派経済学者はそのようなことは気にしない。ハイエク氏は次のように続ける。
完全雇用政策の支柱となっている理論はすべてここ数年の経験によって完全に否定されるに至っている。経済学者はその理論の致命的な知的欠陥を発見したが、それはそもそも以前から分かりきっていた。 しかしこの理論は今後も多くの問題を生むだろう。何故ならば、インフレ理論の他に何も学ばなかった失われた世代の経済学者が残されたからである。 果たしてそのようになった。政治家にとっては状況はより簡単である。票田に資金を注入することをケインズという偶像が肯定してくれるのだから、それほど有難いことはない。 新型コロナによって政治家のそういう傾向は極まったように思える。GO TOトラベルを無事成功させた日本政府はいまだに東京オリンピックを強行しようとしている。 ・GO TOトラベルで安全な旅行を楽しむコロナウィルス https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11550 Bridgewaterのレイ・ダリオ氏は政府を信用してはならないと警告した。
・世界最大のヘッジファンド: 政府が金融危機から守ってくれると思うな https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10473 ハイエク氏はどう言うだろうか。彼はコロナ禍における政府の行動を予想したかのようなコメントを残している。
政府が自分の頭で考えて行動しようとすれば、その被害は増大するように思われる。 大変残念である。 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11992 ▲△▽▼
インフレが制御不能になれば政府は価格統制を始める 2021年1月22日 GLOBALMACRORESEARCH これまでの記事で論じてきたとおり、アメリカで物価の高騰が始まっている。 新型コロナ対策として日本やアメリカで政府による未曾有の資金注入が行われた。アベノミクスにおける量的緩和など、これまではどれほど紙幣を印刷してもインフレにはならないように思われていたが、コロナ禍における現金給付でアメリカではついに許容量を超えたようである。物価指数の上がり具合をもう一度引用しておこう。 ・コロナ不況でデフレになる日本、インフレになるアメリカ https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11939 https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2021/01/2020-dec-us-consumer-price-index-chart-1.png 新型コロナ不況による先進国政府の未曾有の紙幣印刷に警鐘を鳴らしてきた著名投資家は多いが、特にレイ・ダリオ氏はこの危険性を早くから的確に指摘し続けてきたと言える。
・世界最大のヘッジファンド: 政府が金融危機から守ってくれると思うな (2020/4/29) https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10473 ダリオ氏の先見の明にはいつも驚かされるが、ではインフレの後にはどうなるのだろうか。今回はダリオ氏よりも更に先を見据えている別の人物の見解を引用してみたい。
政府は紙幣印刷を止められない この人物の名はあとで挙げるが、この人物は現在のような不況において紙幣印刷は状況を長期的に悪化させるにもかかわらず、政府が紙幣印刷という手段に頼り続けることは避けられないと主張する。彼はこのように述べている。 あらゆる世代の経済学者は政府が貨幣の量を素早く増加させることによって短期的には政府は失業のような経済的害悪から人々を救済する力を持っていると主張し続けてきた。残念ながらこれは短期的に正しいに過ぎない。 貨幣の量を増やすことは短期的には有効に見えるかもしれないが、長期的にはさらに大きな失業を引き起こす原因となる。これが事実である。しかし短期的に支持を獲得することが出来るならば、長期的な効果を気にかける政治家が果たして存在するだろうか。 今の日本政府や米国政府に対する痛烈な皮肉ではないか。紙幣印刷は不況の直接的な原因である。ここの読者であればそれがどのように不況の原因であるのかはお分かりだろうが、分かりやすく解説した以下の記事をもう一度挙げておこう。 ・新型コロナで借金が実体経済に影響を与える仕組みを分かりやすく説明する https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10248 コロナでGDPが大幅に下落した原因は過去の紙幣印刷による債務の拡大なのである。それがなければここまでの不況にはならなかった。しかし麻薬中毒者が麻薬を止められないように、すべての政府と短期的な視野しかない有権者は紙幣印刷を選好し続ける。
それはいずれ不可避的な物価高騰に繋がってゆく。インフレは緩やかにしか起こらないので人々は安心して何十年も紙幣を刷り続けるが、起こった時にはもう止めることができない。それがインフレである。 アメリカでは遂にそれが起こりつつあるということである。では止められない物価高騰が起こったとき、政府はそれをどのようにしてお茶を濁すだろうか。彼は次のように説明している。 周知の通り、インフレは経済や市場の秩序が破壊されるまで続く。しかしわたしにはより悪い可能性のほうがありうるように思われる。 政府は物価高騰を止めることができない。しかしこれまでもそうだったように、物価高騰の目に見える効果だけは抑えたいと考える。物価高騰が続き、価格のコントロールが行われるようになり、それは究極的には経済制度全体を管理するところにまでいたる。 インフレが市場と経済を破壊するところまではもうその兆候が観測されている。金融市場で取引される種類の日用品の価格高騰は去年から始まっており、あとはその価格上昇がスーパーに並ぶ品物の価格にまで及ぶのを待つだけである。 ・金融市場にインフレの兆し: 金、原油、穀物価格が高騰 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11801 経済の混乱は既に始まっている。そして彼は追い詰められた政府が行うのは価格統制だと主張している。正規の店舗に並ぶ品物の価格は見た目上抑えられ、ブラックマーケットでは品物が高値で取引させる世界が来るのである。
それでも正規の店舗では安値で日用品が買えるなら良いのではないか? しかし現実はそう甘くない。誰も安値で売りたがらないので、すべての品物はブラックマーケットに流れて高値で売られ、単に正規の店舗でものが買えなくなるだけである。それが経済である。ダリオ氏も言っていた。 われわれが消費をできるかどうかはわれわれが生産できるかどうかに掛かっているのであり、政府から送られてくる紙幣の量に掛かっているではない。 紙幣は食べられない。 しかし誰も彼の警鐘を聞かなかった。 そして価格統制が上手くいかなくなると、政府は経済全体を管理しようとするだろう。それがこの人物の主張である。 結論 このような世界が来るとコロナ前には誰が予想していただろうか? しかしインフレ率や金融市場などの現実はダリオ氏やこの人物の予想通りに推移している。そして興味深いのはダリオ氏も彼もともに政府のこうした近視的行動が共産主義的な計画経済にいたるリスクを指摘していることである。 ・世界最大のヘッジファンド: 共産主義の悪夢が資本主義にのしかかる https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10831 コロナ後の経済についてダリオ氏よりも更に先を読むこの人物は誰か? 経済学に明るいここの読者ならば分かる人もいるだろうか。今回の記事で引用した主張を述べた人物はフリードリヒ・フォン・ハイエク(1899-1992)である。19世紀に生まれ、ジョン・メイナード・ケインズと論陣を張り合い、コロナよりもはるか昔に亡くなったオーストリアの経済学者である。 引用した文章も何十年も前に書かれたものだ。しかしその主張はまるで今の経済状況と政府の対応を批評するために誂えたような文章ではないか。 今回の文章は日本語版では彼の『貨幣論集』などに収録されているが、ハイエク氏の著作にはコロナ禍に適用できる更に面白い知見が含まれているので続けて紹介したいと思っている。ダリオ氏の記事も再読しながら楽しみにしてもらいたい。 ・世界最大のヘッジファンド: 紙幣印刷で経済成長率は救える https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11736 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11964
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