新型コロナで景気後退が続く仕組みと経済対策の影響を分かりやすく説明する 2020年4月17日 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10224#more-10224新型コロナウィルスの世界的流行によって景気後退が避けられないと言われている。一部のヘッジファンドマネージャーらは1929年の世界恐慌のようになるとも主張している。 しかし一方でアメリカも日本も莫大な金額を景気対策に費やすと発表しており、こうした政策が景気をどれだけ下支えることが出来るのかが興味を集めている。 そこでこの記事では非常に単純化した例えを用いることで、景気後退がどのように進んでゆくのか、そして経済対策はどれくらい効くのかを分かりやすく考えてゆきたい。 農家と映画館の経済
ここで考えるのは農家と映画館しか存在しない世界である。食料は農家が供給し、娯楽は映画しかない。新型コロナウィルスで映画館が一時的に閉まった場合、この経済はどうなるのだろうか? まずはそれぞれ現金2万ドルを持っているところから始めよう。 0年目 農家: 現金2万ドル 映画館: 現金2万ドル 次に、通常1年あたり映画館は2万ドル食料を農家から買って消費し、農家は現金2万ドル分映画館に映画を見に行くとすると、1年目のそれぞれの資産と消費は次のようになる。農家は映画を見過ぎではないかという意見もあるだろうが、この世界には映画しか娯楽がないのである。 1年目 (GDP: 4万ドル) 農家: 現金2万ドル (消費: 映画2万ドル) 映画館: 現金2万ドル (消費: 食料2万ドル) これが全世界の消費のすべてなので、GDPはそれぞれの消費を足し合わせた4万ドルとなる。お互いがお互いに2万ドルずつ払っているので、両方の資産は2万ドルで変わっていない。 しかし2年目にコロナショックで映画館が封鎖となり、農家は一切映画館に行けなかったとしよう。映画館には収入がないが、それでも食料は同じように2万ドル消費しなければならない。すると2年目の状況はこうなる。 2年目 (GDP: 2万ドル) 農家: 現金4万ドル (消費: なし) 映画館: 現金なし (消費: 食料2万ドル) GDPは映画館の消費だけとなり2万ドルとなる。映画館は農家に2万ドル支払うが農家は映画館に何も支払わないので、資産総額に差が生じている。 3年目にはコロナショックも去り農家も映画館に行けるようになったが、困ったのは映画館である。何故ならば2年目に収入が無かったので手元には資金が残っていない。3年目の食料が買えないために、映画館は農家から何も買わずに台所に余っていた僅かな食料で3年目を食い繋いだとすると、3年目の経済は次のようになる。 3年目 (GDP: 2万ドル) 農家: 現金2万ドル (消費: 映画2万ドル) 映画館: 現金2万ドル (消費: なし) コロナショックは2年目に終わったにもかかわらず、GDPが戻っていない。映画館が生活を切り詰めなければならなかったからである。しかしお陰で映画館の資産は2万ドルまで戻ったので、4年目にはいつもと同じように食料を2万ドル分買うことができた。 4年目 (GDP: 4万ドル) 農家: 現金2万ドル (消費: 映画2万ドル) 映画館: 現金2万ドル (消費: 食料2万ドル) 重要なのはコロナショックが2年目に終わったにもかかわらず、3年目のGDPも下がったままだったということである。 資産総額と消費
ここでは3年目に農家の資産が増えても消費は変わらないと仮定した。実際には農家は資産が増えればある程度消費を増やすだろう。 しかし基本的に富裕層は貧困層よりもお金を使わない。このことは政府が国民にお金を配るヘリコプターマネー政策の是非にも影響してくる。上記の例で2年目に農家と映画館の両方に現金が配られるとどうなるかを考えてみたい。まず1年目はこうなる。 1年目 (GDP: 4万ドル) 農家: 現金2万ドル (消費: 映画2万ドル) 映画館: 現金2万ドル (消費: 食料2万ドル) そして2年目にコロナショックが起こり、農家が映画館に行けなくなったためにGDPが2万ドル落ち込んだが、その2万ドルを補うために農家と映画館にそれぞれ1万ドル、合計2万ドルが配られるとしよう。 2年目 (GDP: 2万ドル) 農家: 現金5万ドル (消費: なし) 映画館: 現金1万ドル (消費: 食料2万ドル) 上と違うのは資産がそれぞれ1万ドル増えていることである。映画館は幸いにも素寒貧にならずに済んだので、3年目に食料を少なくとも1万ドル分農家から買うことができた。 3年目 (GDP: 3万ドル) 農家: 現金4万ドル (消費: 映画2万ドル) 映画館: 現金2万ドル (消費: 食料1万ドル) これでようやく映画館の資産が2万ドルに戻ったため、4年目には消費はもとに戻ることになる。 4年目 (GDP: 4万ドル) 農家: 現金4万ドル (消費: 映画2万ドル) 映画館: 現金2万ドル (消費: 食料2万ドル) 経済対策の問題点
ここまで読んで読者はこの経済対策の問題点がお分かりだろうか? 2万ドル分のヘリコプターマネーを行なったにもかかわらず、GDPは2年目と3年目で合計3万ドル減っているということである。前のケースではGDPの減少は合計で4万ドルだったので、2万ドルのヘリコプターマネーで1万ドルのGDP増加になったということになる。 勿論このモデルは非常に単純化されているが、重要なのは農家が渡された1万ドルを使わなかったように、同じ金額のお金を渡してもその内どれだけを消費に回すかはその人の資産総額によって違うということである。富裕層はお金を使わない。お金を使わずにどうするかと言えば、株式や債券に投資をするのである。 それでGDPが対して伸びないにもかかわらず株式市場は上昇しているのである。これだけ経済が傷んでいるにもかかわらず、世界市場でハイテク株や金相場がバブルになっていることは前回の記事で書いた通りである。金融緩和によってばら撒かれたお金はGDPを大して上げることなく金融市場に流れてゆき、資産を持っている人が更に得をする仕組みになっているのである。 米国株全体の下落をよそに20%以上高騰するハイテク株 そしてGDPは大して上がらない。そろそろ日本国民は自分がどういう政策を支持したのか分かってきただろうか。こうして金融市場に流れ込んだ資金は一部の層に利益をもたらし、そして経済をどんどん停滞に追い込んでゆくだろう。一部のファンドマネージャーらは大分前から警告していたのだが、誰も聞かなかったのである。 ドラッケンミラー氏: 金融緩和こそがデフレの元凶 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10224#more-10224 ▲△▽▼ 新型コロナで借金が実体経済に影響を与える仕組みを分かりやすく説明する2020年4月18日 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10248 前回の記事では農家と映画館しかいない経済を想定することで新型コロナで消費が減速してゆく様子を簡単に説明した。 •新型コロナで景気後退が続く仕組みと経済対策の影響を分かりやすく説明する しかし前回の記事では考慮しなかった1つの要素がある。それは借金である。 債務の実体経済への影響 前回の記事では考えなかったが、現実の世界には人にお金を借りることが可能であり、人によっては(あるいは国によっては)借金を使って無茶な消費を楽しんでいる。 今回の記事では経済の中に借金に頼って無謀な消費をする経済主体がいる場合、コロナショックがどういう影響を及ぼすのかということを考えたい。 前回と同じように農家と映画館しか存在しない経済を考える。最初はそれぞれが2万ドルを持っている。 0年目 (総資産4万ドル) •農家: 現金2万ドル •映画館: 現金2万ドル 前回では映画館は毎年2万ドルの食料を農家から買っていたが、今回は映画館は質素な生活をしており、1年間に食料を1万ドルしか消費しないと仮定しよう。一方で農家は娯楽の多い豪華な生活が好きで、映画鑑賞に毎年3万ドル費やしたいとしよう。消費の合計(つまりこの経済のGDP)は前回と同じで4万ドルになるだろう。 しかし農家は2万ドルしか持っていない。そこでお金を使わない映画館に頼み込んで1万ドル借金をしたとしよう。農家は1万ドルを受け取る代わりに債券を発行して映画館に渡す。将来お金を返しますという証明である。つまりこうなる。 0年目 (総資産5万ドル) •農家: 現金3万ドル、うち借金1万ドル •映画館: 現金1万ドル、債券1万ドル 今や農家は3万ドル持っている。一方で、映画館の方でも債券を資産としてカウントする。債券とは株式や不動産などと同じ金融資産であり、株式を買っても資産が減ったと考える人はいないだろう。債券も同じであり、よって映画館もまだ2万ドルの資産持っていることになる。 そうすると、いつの間にか経済全体の総資産が5万ドルに増えている。ここがポイントである。経済全体の資金量は貸付で増加する。そしてそれは経済のなかで貸付が減ると再び縮小する。そうするとどうなるかというのが今回の話なのである。 さて、1年目を考えよう。借金によって農家は希望通り3万ドル分映画を見ることができた。一方で映画館も農家から1万円分の食料を買い入れる。 1年目 (GDP: 4万ドル、総資産5万ドル) •農家: 現金1万ドル、うち借金1万ドル (消費: 映画3万ドル) •映画館: 現金3万ドル、債券1万ドル (消費: 食料1万ドル) この経済全体のGDPは農家と映画館の消費を合わせて4万ドルということになる。前回と同じである。 しかしこれで農家の持つ現金は1万ドルになってしまった。農家は2年目も3万ドル分映画を見たいので、映画館に再び2万ドルの借金を申し込んだ。映画館はお金が余っているので、これを承諾する。すると次のようになる。 1年目 (GDP: 4万ドル、総資産7万ドル) •農家: 現金3万ドル、うち借金3万ドル (消費: 映画3万ドル) •映画館: 現金1万ドル、債券3万ドル (消費: 食料1万ドル) 借金が増えたことによって経済全体の総資産は7万ドルに膨れ上がった。馬鹿みたいな話だが、これは現実である。世界経済の借金総額はもう何十年も膨らみ続けている。これは実際に起こっているのである。 そして2年目にコロナショックが発生する。農家は映画館に行けなくなる。一方で映画館はいつも通り1万ドル分食料を買い入れる。するとその結果は次のようになる。 2年目 (GDP: 1万ドル、総資産7万ドル) •農家: 現金4万ドル、うち借金3万ドル (消費なし) •映画館: 現金なし、債券3万ドル (消費: 食料1万ドル) GDPは1万ドルに落ち込み、質素に暮らしていたはずの映画館は現金がなくなってしまった。これでは3年目の消費ができないので、映画館は農家に貸している借金を返してもらうことにした。農家はやむなく3万ドルの借金を返済する。 2年目 (GDP: 1万ドル、総資産4万ドル) •農家: 現金1万ドル (消費なし) •映画館: 現金3万ドル (消費: 食料1万ドル) 3年目にはコロナショックはなくなるのだが、映画館は資金をある程度手元に置いておく大切さを学び、これまで行なっていた貸付を行わないことにした。 すると農家はもはや3万ドルの消費をすることができず、農家は3年目に映画を1万ドル分しか見られなくなる。一方で映画館はいつも通り1万ドル分食料を消費する。3年目はこうなる。 3年目 (GDP: 2万ドル、総資産4万ドル) •農家: 現金1万ドル (消費: 映画1万ドル) •映画館: 現金3万ドル (消費: 食料1万ドル) 3年目まで経済が落ち込むのは前回と同じである。しかし今回の問題は4年目になってもそれが回復しないことである。農家の持つ現金はいまだ1万ドルのままなので、農家は1年目のように3万ドルの消費を行うことができない。よって4年目は次のようになる。 4年目 (GDP: 2万ドル、総資産4万ドル) •農家: 現金1万ドル (消費: 映画1万ドル) •映画館: 現金3万ドル (消費: 食料1万ドル) GDPは2万ドルに減ったままである。前回の話では4年目にはGDPは元に戻っていたことに着目してもらいたい。 •新型コロナで景気後退が続く仕組みと経済対策の影響を分かりやすく説明する 現金の量が前回と同じで最初のGDPも前回と同じでも、経済のなかに借金によって無理に消費を上げている経済主体がいると貸付の減退によってコロナショックの後もGDPは恒久的に下がったままになる。 現実世界に話を戻そう。新型ウィルスによる世界的な都市ロックダウンや原油暴落で売上が減少した企業や事業者が大量に出ており、一部は債務不履行に陥っている。 •原油暴落でついに米国シェール企業が経営破綻 こうした状況によって多くの人や企業が借金返済を迫られると、上で説明したように世界全体の資金総額が減り、GDPは恒久的な減速に直面することになる。 よってここから世界経済がどうなるかを考えるためには、経済全体の借金(債務)の量が減るのかどうかを考えなければならない。 リーマンショックの例 2008年のリーマンショックにおいて債務の量がどうなったかと言えば、当然ながら民間における債務の量は大幅に減少した。多くの人が借金の返済を余儀なくされたということである。 これを補うために政府は国債を発行するなどして代わりに借金を増やした。政府債務はこの期間むしろ増えている。
結果として経済全体の債務の量は増えている。
ここの読者の多くは上の農家と映画館の例を見て「自分なら農家のような無茶な暮らしぶりをするわけがない」と思ったことだろう。しかし実質的には政府を通して先進国の国民すべてがそういう生活をしているのである。個人では無茶な借金をしないにもかかわらず、選挙を通すと同じことが簡単にできてしまう。殺人は難しくとも戦争は簡単であるのと同じである。本当はやりたくともやる勇気がないことは政府にやってもらおうということである。
経済対策と景気後退 さて、そして注目しなければならないのは2008年には債務(流通するお金の量)が合計でむしろ増えたにもかかわらず、それでもGDPは下がったということである。 それは前回の記事で説明したように債務の量にかかわらず消費減速があるからであり、また政府の公共事業や今回の新型コロナの場合はヘリコプターマネーなどが経済に不均衡を生み出すからである。
•新型コロナで景気後退が続く仕組みと経済対策の影響を分かりやすく説明する 現状どういう不均衡が生まれているかは金融市場を見れば分かる。以下の記事で説明している。 •米国株全体の下落をよそに20%以上高騰するハイテク株 そして前回の記事で説明したように、不均衡はそれそのものが景気後退要因である。 さて、今回の新型コロナでは不況の規模はどれくらいになるだろうか。例えばアメリカ政府は借金を増やして2兆ドルの経済対策を行うとしている。これは現在のアメリカのGDPの10%弱にあたるが、2兆ドルを費やして経済が2兆ドル持ち上がるわけではないということは前回の記事を読んでもらえれば分かるだろう。新型コロナによる経済減速が仮にGDP10%分に相当する場合、それでも実体経済はマイナス成長になるだろう。 新型コロナによる経済減速と政府による莫大な資金投入、その結果はどうなるだろうか。今後、GDP統計を含む様々なデータが公表されることにより新型コロナの影響がより明らかになってくることになる。ここではそれらをいち早く報じ、できるだけ分かりやすく解説してゆくので楽しみにしてもらいたい。 https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10248
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