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いつになったら経済は元に戻るのか──景気回復への長くて遠い道のり
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/post-93458.php
2020年5月21日(木)17時00分 サム・ヒル(本誌米国版コラムニスト) ニューズウィーク
ILLUSTRATION BY ARTPARTNER IMAGES/GETTY IMAGES
<新型コロナでほとんど仮死状態に陥った経済が以前の水準に戻るのは1年後か、それとも10年後か>
いつになったら経済は元に戻るのか──。新型コロナウイルス感染症の拡大が、取りあえずピークを越えたように見えるなか、アメリカでは政府も国民も「ポスト・コロナ経済」へと関心が移ってきている。
ホワイトハウスの見解は一致していない。4月のある記者会見で、ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問とスティーブン・ムニューシン財務長官は、米経済は7月には「盛り上がっている」と、極めて明るい見通しを示した。一方、ケビン・ハセット大統領上級顧問(大統領経済諮問委員会前委員長)は、米経済は「重体だ」と述べて、ピーター・ナバロ大統領補佐官に制止された。
景気回復とは、マイナス成長が底打ちして、プラスに転じることをいう。だが一般市民にとっての回復とは、経済がコロナ前の状態に戻ることだろう。これには時間がかかる可能性が高い。どのくらいの時間かは、政治ではなく科学が決める問題だと、著名投資家のウォーレン・バフェットは、5月2日のバークシャー・ハサウェイの年次株主総会で語った。
英シンクタンクのオックスフォード・エコノミクスの予測では、1〜6月期の米経済はマイナス12%成長となり、その後、少しずつプラスに転じるという。そこで、専門家が示す回復の見通しを、分かりやすい言葉で解き明かしてみよう。
まず、いい知らせから。
アメリカは第2の大恐慌には向かっていない。1929年に大恐慌が始まったとき、米経済は4年連続でマイナス成長に陥った。だが今回は「1930年代を繰り返すことはないだろう」と、ブルッキングス研究所ハッチンズ財政金融政策センターのデービッド・ウェッセルは言う。
「(トランプ政権は)迅速かつ攻撃的な金融・財政政策を打ち出してきた。議会は十分な仕事をしているとは言えないが、FRB(米連邦準備理事会)と共に、経済への影響を認識して、行動を起こしてきた」
■完全な回復は4年以上先?
それでも、米経済がコロナ前の水準に戻るのは、2021年以降になるだろう。今年の成長グラフはジグザグを描く可能性が高い。新規感染者が減り、巨額の景気刺激策が発動されれば、一時的に経済は上向く。そこで緊張が緩み、あるいは秋にも感染拡大の第2波が到来すれば、再び成長はマイナスに転じる。ジグザグの幅が小さくなるのは、ワクチンの実用化や有効な治療法が確立されてからになるだろう。
ホワイトハウスで米経済の見通しを語るムニューシン財務長官(4月21日) DREW ANGERER/GETTY IMAGES
たとえウイルスが突然消え去ったとしても、経済活動の再開は、蛇口をひねれば水が出るようにはいかない。レストランなら、店内を清掃して、材料を再び仕入れて、店員を再雇用しなくてはならない(人材の入れ替わりが激しい業界だから、これは難航する可能性がある)。何より、もう外食しても大丈夫だと、客を安心させなくてはいけない。
もっと複雑な業種なら、事業再開にはさらに時間がかかるだろう。それを軌道に乗せるには、数日どころか数週間、あるいは数カ月かかる可能性もある。
資産運用会社グッゲンハイム・インベストメンツ最高投資責任者(CIO)のスコット・ミナードは、米経済全体がコロナ前の水準に戻るまでに4年かかると予測する。それでもこれは、かなり楽観的な見方かもしれない。リーマン・ショック後の大不況のときは、完全な回復まで51カ月かかった。新型コロナによって米経済が受けたダメージは、当時よりもはるかに大きい。
だが、株価はそんなに悪くないと言う人がいるかもしれない。実際、失業保険申請件数が急増するなかでも、4月のスタンダード&プアーズ(S&P)500種株価指数は、13%近く上昇した。だがこれは、株価に経済の実態が反映されるのに時間がかかっているからにすぎない。
ダメージが大きい分、後遺症も長引きそうだ。米調査機関の全米産業審議会のチーフエコノミスト、バート・バンアークによると、アメリカの消費者信頼感指数は、新型コロナ前は記録的な高水準にあったが、4月は大幅に低下した。
まだ不況を実感していない人も多いかもしれないが、貯蓄が底を突けばそうはいかないだろう。「2008年からの大不況のときは、消費を控えて、貯蓄に励む人が増えたことが、景気回復の足を引っ張った」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院教授のジェリー・ニッケルスバーグは言う。
回復のペースは業種によって異なるだろう。これは、人の密集が生じないようにする工夫が容易にできるかどうかによって左右されそうだ。例えば、航空会社やスポーツアリーナなど、大量の人を集めることで利益を生み出してきたビジネスモデルは苦労しそうだ。
航空会社の中には、座席を1席ずつ空ける方針を打ち出した会社もある。だが、一般に航空会社は、収支をトントンにするだけでも、80%の搭乗率を確保する必要がある。このためバフェットは、業績改善の見通しがつきにくいとして、保有する航空会社株を全て処分したという。客と対面でのやりとりが多い業種も、回復には時間がかかりそうだ。
また、回復が見込めない部門もありそうだ。「店舗販売の小売業は、経済が拡大していた時期から既に下り坂だった。事態が収束した後に、全ての人が再雇用されることはないだろう」と、ニッケルスバーグは言う。
消費者需要の減退と事業活動の中断は、多くの中小企業にとって終焉の鐘を鳴らすかもしれないと、バンアークはみる。「休業が1週間延びるたびに、倒産が現実に近づく」
全米レストラン協会によると、休業中の飲食店の3%は再開しそうにない。多くの人が給料は少なくても安定しているフルタイムの仕事を求めるようになるため、請負契約やパートタイムによって成り立っている「ギグ・エコノミー」は再編成される可能性がある。
■誰もが「普通」に戻りたい
私たちの生活への影響は長引きそうだ。金融不況の後のように、所得格差はさらに広がるだろう。調査機関ピュー・リサーチセンターによると、所得の最下層は2007年の1万8500ドルから2016年は1万800ドルに、中間所得層の世帯の純資産は16万3300ドルから11万100ドルに減っている。経済状況が回復して資産を築いたのは高所得者層だけだ。
経済全体は、さらに不安定になるだろう。10年も続くような好景気は、今後は起きそうにない。現代の高度に専門化された経済は、非常に効率的だが、驚くほどもろい。人工呼吸器で露呈したように、余剰生産力や在庫も多くない。また、今回の危機でレジリエンス(回復力)が注目されているが、四半期単位の数字に追われる企業にとっては、長期的な視点を持てと言われても簡単ではない。
ここまでの約10年の素晴らしい回復は、減税や通貨政策、財政刺激策など、あらゆる経済ツールを駆使してきた結果でもある。FRBは3月中旬に緊急利下げを行い、政策金利はほぼゼロ(0〜0.25%)になった。財政赤字は記録的な数字が続いている。いずれ方策も尽きるだろう。
確かに、誰もが今すぐ「普通」に戻りたいと願っている(もっとも、コロナ前の126カ月間の持続的な成長と低失業率は、本当の意味の「普通」ではなかったのだが)。しかし、それは難しそうだ。
「科学者が治療法やワクチンをどのくらい早く確立できるかも、消費者や企業の行動がどのように変わるのかも、まだ分からない」と、ブルッキングス研究所のウェッセルは言う。「急速なV字回復はありそうにない。回復までに四半期かかるのか、1年か、それとも10年か。コロナ以前の水準に戻れるのだろうか」。コロナ後はさまざまなことが変わるだろう。
ハセットも、ナバロに制止される前にそう言いたかったに違いない。
<本誌2020年5月26日号掲載>
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