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日本で共働きが進まなかったのはなぜか:ほんとうに必要な働き方改革
https://wezz-y.com/archives/72511
2020.02.02 wezzy
「GettyImages」より
前回の連載では、日本の独特の働き方について書きました。ここでもう一度、簡単に振り返ってみましょう。
日本の組織はその内部で労働力を調整します。海外の組織では、ある仕事で人が足りなくなればその仕事をする人を雇い、ある仕事で人が余れば、基本的には解雇してしまいます。
人材の育成についても、日本の組織では内部で育成するという考え方がまだ強いのですが、海外の組織では特定の仕事をする能力のある人を外部から雇い入れる、という発想が優勢です。
日本では組織の内部で労働力を回しますから、人手が足りなくなれば時間外労働時間が増えますし、部署間の異動(配置転換や転勤)も頻繁になりやすいといえます。そしてこれらの働き方の特徴は、日本では「専業主婦あるいは主婦パートの妻がいる男性」の働き方に合わせるかたちで発達しました。
こういった働き方、すなわち残業、配置転換、そして転勤に無条件に応じる働き方は、1980年代までのサラリーマン男性に典型的にみられるものでした。「モーレツ社員」「24時間働けますか」といったフレーズが流行した時代です。
夜9時までの残業だろうが、馴染みのない地方への転勤だろうが、会社の指示には従う。そうすることで、一家の大黒柱たる男性は安定した雇用と所得を手に入れることができました。これは、現在でもいわゆる「総合職」の働き方にみることができます。
妻は専業主婦やパートタイマーがほとんどでしたから、家事や育児を一手に引き受けましたし、夫の転勤にもなんとか対応していました。転勤先に付いていくこともありますし、夫が単身赴任の場合には留守の家庭を守る役割を果たしていました。
■男性的な働き方に女性を招き入れた日本
さて、ここで想像してみてください。もしみなさんが小さな子どもだったとして、お父さんとお母さんが両方、このような働き方をしていたら、どうでしょう。お父さんもお母さんも、朝7時に家を出て、夜10時ごろに帰宅します。家のことなんて、とてもできませんね。
では、子どもがいなければ? 今度は少しだけ「ありうるかな」と感じる人もいますね。でも、夫婦とも平日はほとんど家にいないので、二人ともたいした家事はできません。もし片方が病気になったりしても、サポートをしてくれる人は誰もいません。
もうおわかりでしょう。もし共働き社会を作ろうと思えば、そもそも1980年代にみられたような、男性的働き方を変えることが絶対条件になるのです。ところが、日本の政府・行政はなぜか正反対の方向を向いていました。そう、男性的働き方をそのままにして、そこに女性を入り込ませようとしたのです。
1986年に施行された男女雇用機会均等法は、男性的な働き方の世界に参入しようとする女性にとっての制度的な壁を取っ払おう、というものでした。この法律のおかげで、たしかに総合職への女性の参入が増加していきました。しかし10年ほど経って様子を見てみると、入社した総合職女性は、ほとんど離職してしまっていたのです。
これは当たり前の成り行きで、なんら不思議なことではありません。女性がもし総合職として男性並みに働こうとするならば、彼女に必要なのは「夫」ではありません。家のことをしてくれる「主婦」です。
もちろん、結婚している女性にとって「主婦」のような存在の人に家のことをしてもらうことは難しいので、結局、両立困難になり、仕事を辞めてしまったのです。
1990年代には「働く女性」をサポートする動きもいくつかありました。育児休業と保育サービスの拡充が主なものです。しかし、いくら子どもが小学校に入ったからといって、全く手がかからないことはありません。それに加えて、相変わらず家事をしない夫の世話もしなければなりません。
育児休業をとっている間ならまだしも、復職後は本当にたいへんです。ですから、せっかく育休をとって仕事を続けようとしたのに、復職後しばらくしてから結局会社を辞めてしまう女性もたくさんいたのです。
重要なことなので繰り返し指摘しておきますが、本当に変えるべきなのは、(日本の)男性的な働き方なのです。
1980年代後半から女性の職業生活への参入が目論まれて、すでに30年ほど経ちました。しかしこの間、男性的働き方を変えようという動きが出てきたのは、「働き方改革」が叫ばれ始めたここ数年のことです。本来あるべき対応が、これほど長い間なされなかったということについて、政府と行政の責任は非常に重いと言わざるを得ません。
■「共働き世帯が多い」というデータのワナ
ここで、「いやいや、共働き世帯はいまや専業主婦世帯を数で大幅に上回っているはずだ」と指摘したくなる人もいるかも知れません。たしかに、以下のようなグラフがしばしばメディアで参照されます。
(図:データ:厚生労働省「厚生労働白書」、内閣府「男女共同参画白書」、総務省「労働力調査特別調査」(2001年以前)及び総務省「労働力調査(詳細集計)」(2002年以降)。集計の詳細については労働政策研究・研修機構のウェブサイトを参照)
このグラフを見ると、たしかに「共働き世帯」の数は1990年代後半(正確には1996年)に「専業主婦世帯」の数を上回り、そのあとは差がつく一方です。
しかしこのグラフにはいくつか留意すべきこともあります。ひとつは「共働き」の定義です。一般に「夫婦共働き」という場合、どういう状況をイメージするでしょうか。もちろん人それぞれですが、「フルタイム共働き」と考え方もそれなりに多いはずです。
しかし、上記のグラフでの「共働き」は、パートタイマーも含んでいますので、この定義とは一致しません。パートタイマーにもさまざまな働き方がありますが、「主婦パート」という不思議な(これも日本独特ですが)言葉がある通り、どちらかといえば主婦に近い存在の人が多いでしょう。
ここで、もう少し違った統計を見てみましょう。用いるのは、2018年労働力調査です。まずは、対象を「夫婦と子供から成る世帯」に絞ります。そのうえで、いわゆる「働き盛り」の年齢層に絞る意味で、妻年齢が25-34歳に対象を限定します。
このグループのなかから、さらに「夫が週35時間以上雇われて働いている世帯」を取り出し、これを100%とします。このうち、フルタイム(ここでは週35時間以上雇用されて働いていること)の共働きはどれくらいいるでしょうか?
答えは、たったの17.9%です。
では専業主婦世帯は?
答えは、38.3%です。実に2倍以上なのです。
「働き盛り」の核家族世帯では、まだまだ専業主婦世帯が優勢です。日本は、現状では「共働き社会」であるとはいえません。
■ヨーロッパ政府と真逆の方針をとってきた日本政府
実は、共働き社会化が進まなかった事情には、日本の総合職的な働き方以外に、他の要因もあります。いくつか指摘しておきましょう。
日本の会社の働き方は、概して非常に窮屈なものです。仕事の段取りを自分で決める最良も小さいですし、ちょっとした休憩や自由時間を取ることもままなりません。この不自由さが、仕事以外の作業、用事を抱えている人にとってはなんとも悩ましいのです。
銀行・郵便局・市役所に行く、デパートに贈り物を買い物に行く、マンションの宅配ボックスに入れられない荷物を受け取る、家電が壊れたときのサポートに電話する、子どもが急に体調を壊したので迎えに行く…こういった用事を済ませようとした時、フルタイムで働いている人でも対応できるケースが増えてはいますが、いまだに「平日の日中に時間があること」が前提になっていることも多いです。
職務単位で仕事を切り分けている諸外国の働き方ならば、日本よりも柔軟な対応が可能です。しかし、日本の組織の「働き方の不自由さ」は、世界でもトップクラスなのです。そしてこの不自由さが、共働きのライフスタイルを難しくしています。
いわゆるブラック企業も、日本では決して珍しい存在ではありません。ブラック企業に対しては、次のような声が世論では優勢なようです。「もっと厳しく取り締まれ」。これは確かにもっともな意見ではありますが、欠けている論点があります。
そもそも、きつい働き方から逃げられる先があれば、ブラック企業など存在しようがないのです。しかし日本は、転職市場もまだまだ未発達ですし、転職すると賃金が下がることもよくあります。
ヨーロッパの一部の国のように、失業時の公的サポートが充実しているわけでもありません。別の会社(雇用)に逃げることも、雇用の外(公的失業保障)で生活することも、まだまだ難しいのが日本です。
日本政府のとってきた方針は、実は公的失業保障が比較的しっかりしている一部ヨーロッパの政府の方針とは真逆でした。欧米といろいろ正反対の方針をとってきたのが日本政府(あるいは歴代の自民党政権)なのです。
スウェーデンが典型的ですが、欧州の一部の政府は、人々が雇用の外でも生活できるようにする一方で、利益率が下がり、劣悪な雇用しか提供できなくなった企業に対しては厳しく対応します。
逆に日本政府は、経営が苦しい中小企業に対して、大企業の参入を抑制したり、業績が不振の企業でも経営が存続できるような仕組みを整備してきました。そうすると、利益率の悪い企業が生き残ってしまいます。「利益率の悪い企業が生き残ること」と「働き手に逃げ場がないこと」の2つの条件がそろったとき、働き方は非常に辛いものになりがちです。
「企業を延命させて雇用を維持させるが、働き方はきついまま」なのか、「企業を見捨ててるので失業は増えるが、人々の生活の質はできるだけ維持させるのか」という方針の違いですね。
■「男性的な働き方」を変えることが共働きへの一歩
日本で共働き社会化、女性の活躍が思うように進まないとすれば、その理由は、わかりやすい両立支援制度の欠如にあるのではありません。実は日本の制度はかなり充実しているのですが、雇用制度や働き方の根幹が共働きに不利な体質であるため、なかなか制度の利用も進まないわけです。
とにかく「男性的な働き方」を変えていくことが、共働きへの第一歩であることを忘れないことが重要です。
筒井淳也
立命館大学産業社会学部教授。専門は計量社会学、家族社会学、働き方についての研究。内閣府少子化社会対策大綱検討委員会。著書に『仕事と家族』(中公新書)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書)、『社会学入門』(有斐閣)など。
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