日常的なマスク着用による感染予防効果について https://www.yoshida-pharm.com/2018/letter128/ ◆はじめに インフルエンザ等の急性呼吸器疾患の感染予防として、医療機関や市井において 日常的にマスクを着用している姿が多く見受けられます。日常的なマスク着用が 感染予防にどれだけ効果があるのか、現在までのマスク着用の有効性に関する 報告等について述べます。 ◆マスク着用単独での感染予防効果 インフルエンザ発症者がマスクを着用することで家庭内感染を防ぐことが可能で あるか検討した調査が、2008〜2009年のフランスにおけるインフルエンザ 流行時期(フランスにおいてサーベイランスシステムに報告されるインフルエンザ様疾患の 国内発生率が算出閾値を超えた期間)に行われました1)。インフルエンザ診断テスト陽性となり、 48時間症状が続いている患者のいる家族を対象として、マスク着用群とコントロール群に分け、 マスク着用群では発症者が他の家族と同じ部屋や限られた空間(車の中など)にいる場合に マスクを着用することを5日間実施しました。その結果、調査期間中に家族がインフルエンザ様症状を 示した割合は、マスク着用群は16.2%、コントロール群は15.8%で有意差はなく、 マスク着用による感染予防効果は認められませんでした。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 日本において、医療従事者を対象にマスク着用の有無による感染予防効果を 調べた報告として、医療従事者32名をマスク着用群17名、非着用群15名に分けて 77日間、咽頭痛、鼻水、咳など風邪症状を記録する調査が行われました)。 調査期間中、マスク着用群は病院において業務中はサージカルマスクを着用し、 非着用群は手術室での業務など仕事上の義務として着用が必要な場合を除き、 マスクの着用は控えました。結果として、マスク着用群では頭痛や気分が悪いと 感じる傾向が示されましたが、風邪症状の重症度に有意な違いはなく、 風邪症状を有した平均日数はマスク着用群が16.1±13.6日、非着用群が14.2±14.1日と 統計的な有意差は見られなかったと報告されています。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 また、最近の国内での調査としては、サージカルマスクのインフルエンザ流行時の 感染予防効果について、感染制御実践看護師の所属する施設を対象として 2016〜2017年流行時(2017年3月31日まで)を調査期間としたアンケート調査が 実施されました)。111施設中71施設から回答があり、調査期間中、アウトブレイクが あった施設は55施設で、 調査では [1]サージカルマスク着用の病院規定の有無、 [2]サージカルマスクの着用対象者、 [3]サージカルマスク着用場面、 [4]サージカルマスク着用の実施期間 のそれぞれについてアウトブレイク発生状況の解析が行われました。 その結果、すべての項目においてアウトブレイク発生数との有意差は認められず、 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 サージカルマスク着用を義務付けただけでは有効な予防効果はなかったと 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 報告されており、多元的な対策効果を検討する必要があります。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 一方で、医療従事者がインフルエンザ感染予防を目的として、サージカルマスクと N95マスクの着用による効果の差を調べた報告もあります。 カナダのオンタリオ州にある8つの3次ケア病院の救急、内科、小児科の 看護師446名が参加し、調査期間中、発熱患者への対応時に予めフィットテスト済みの N95マスクまたはサージカルマスクを着用する群に分けてインフルエンザ予防効果 を確認しました。その結果、N95マスク群で48名(22.9%)、 サージカルマスク群で50名(23.6%)のインフルエンザ感染が生じ、 マスクの種類による感染予防効果の差はみられなかったと報告されています。 マスク着用のみでの感染予防効果を調査した報告は少なく、現時点ではマスク着用単独 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 およびマスクの種類による予防効果は明確ではなく、差は認められていません。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◆マスク着用と手洗い実施による感染予防効果 インフルエンザ感染の予防について、マスクの着用と手洗いによる予防効果に 関するランダム化比較対象試験を行った報告があります。米国の学生寮にいる 1437名の学生を対象に、 マスク着用群、 マスク着用+手指衛生群、 コントロール群に分け、6週間にわたり試験が行われました。参加者全員に 対し適切な手指衛生方法と咳エチケットに関する基礎的な教育が行われ、 加えてマスク着用群には適切なマスク着用に関する資料が提供されました。 また、マスク着用+手指衛生群には適切な手指衛生とマスク着用に関する資料が 提供され、さらに調査期間中はアルコール系手指消毒薬が支給され手指衛生に 使用しました。結果として、マスク着用+手指衛生群がコントロール群より 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 有意にインフルエンザ様症状の発生率を低下させ、マスク着用と手指衛生の 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 両方の実施が効果的であったと報告されています。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 また、インフルエンザの家庭内感染について、香港の家庭を対象に、 手指衛生群(マスク着用なし)、 サージカルマスク着用+手指衛生群、 コントロール群で比較を行った報告があります6)。まず参加者全員に対して 健康的な食事と生活習慣の重要性について教育が行われました。 手指衛生群、サージカルマスク着用+手指衛生群に対しては、患者を含むすべての 家族に対して伝播を減らすための適切な手指衛生の潜在的効果について教育し、 洗面所へ行った後やくしゃみや咳をした後、手が汚れた場合に、 通常使用している石けんの代わりに提供した液体せっけんを使用するよう 指導しました。また、家へ帰った時や汚染された場所を触った後はすぐに アルコール手指消毒薬を使用することも指導しました。 サージカルマスク着用+手指衛生群に対しては、患者とすべての家族に対し、 全員がマスクを着用すれば家族間接触での伝播が減少する潜在的効果について 教育し、7日間、食事や就寝時を除き家庭内でできるだけマスクを着用 するようにし、また、患者が家庭外で家族といるときも着用するよう依頼しました。 調査の結果、マスク着用の有無に関わらず、手指衛生はインフルエンザの 家庭内感染を減らす傾向が見られたものの、コントロール群と比べ有意差は 見られませんでした。サージカルマスク着用+手指衛生群では最初の患者の 発症後36時間以内に実施された場合には、コントロール群と比較して家庭内感染の 有意な低下がみられたと報告されています。 手指衛生やマスク着用に関する報告を総合して検討すると、感染予防には 手指衛生のみやマスク着用のみなど単独の方法ではなく、手指衛生に マスク着用などを追加することによる複合的な感染予防がより有効であると 考えられています。 ◆CDCにおけるマスク着用の推奨度 CDCの「パンデミックインフルエンザ予防のための地域社会伝播軽減ガイドライン)」 におけるマスクの位置づけは、咳やくしゃみによる大飛沫粒子をブロックすることにより、 有症状者から健常者へインフルエンザウイルスの伝播を防ぐための物理的バリアで あるとしています。そのため、有症状者のマスク着用については、極めて 深刻なインフルエンザ世界流行時において人が密集している公共施設を 避けられない場合に、感染源の抑制措置として推奨する可能性があるとしています。 健常者の日常的なマスク着用については、特別なハイリスクの状況下以外では、 インフルエンザ流行期における家または公共施設でのマスク着用を 推奨していません。しかしながら、妊婦やインフルエンザ発症がハイリスクと なる人は、深刻な世界的大流行の期間中において、混雑した場所を避けられない場合に、 特にパンデミックワクチンを受けていない場合はマスクの着用をしてもよいとしています。 加えて、家庭内でインフルエンザ症状を示す子供のケアなどをする人が患者との接触時に 感染を防ぐためにマスクの着用をしてもよいとしています。 また、マスク着用は汚染した環境に接触した手で自分の鼻を触るなど、 自分自身への接種を減らすかもしれないと述べています。 ガイドラインでは個人で行う対策として、手指衛生、咳エチケットの実施、 インフルエンザ症状のある場合などの自主的な自宅待機などが推奨されています。
本ガイドラインについてはY’s Letter Vol.4 No.1 パンデミックインフルエンザ 予防のための地域社会伝播軽減ガイドライン, 米国, 2017をご参照ください。 ◆インフルエンザの感染経路に関する最近の報告 インフルエンザの主な感染経路は、感染者の咳やくしゃみにより発生する飛沫 (5μm以上)による飛沫感染か、ウイルスに汚染された場所を触ることで感染する 接触感染によると考えられています。しかし、ウイルスを含む飛沫核(5μm以下) が空気中に拡散して感染する空気感染も、閉塞した空間において発生したとする 報告があります)。 最近の報告としては、アメリカにおいてインフルエンザ感染者が咳等を していなくても、感染者の吐く息を吸うことにより空気感染を起こす 可能性が報告されています)。インフルエンザ感染者142名について、 発症から3日以内の鼻咽頭スワブと30分間の呼気サンプルを受診時に集め、 呼気サンプルは直径5μm以下の微細粒子が含むもの、直径5μmより大きい 粗大粒子を含むものに分けて試験が行われました。 サンプル中にインフルエンザウイルスのRNAが存在するかを調べた結果、 微細粒子サンプルの76%、粗大粒子サンプルの40%、鼻咽頭スワブサンプルの 97%が陽性を示しました。また、感染性のあるインフルエンザウイルスの存在を 調べたところ、微細粒子サンプルの39%、鼻咽頭スワブサンプルの89%が陽性の 結果となりました(粗大粒子でのデータなし)。なお、呼気サンプル採取中に くしゃみはまれにしか見られておらず、微細粒子の発生にくしゃみは 必須でないと考えられるとされています。この調査の結果より、 インフルエンザ感染者が普通に呼吸をしているだけでウイルスが放出され、 それにより感染が起きる可能性が示唆されます。 また、インフルエンザウイルスを媒介する空中浮遊粒子の大きさについて、 フェレットを用いて感染のリスクを調べた報告では、インフルエンザウイルスを 含む1.5μm以上の大きさの粒子によりフェレットでのインフルエンザの空気感染が 起きたとの報告がされています)。この報告においても、飛沫感染の原因となる 5μm以上の飛沫よりも小さいサイズの浮遊粒子によっても感染が起きる可能性が あるとしています。 インフルエンザの感染経路として空気、飛沫、接触がそれぞれどの程度の割合で 起きているかについてのデータはなく、現時点では飛沫、接触が主な感染経路と 考えられていますが、閉塞した空間などにおいてはインフルエンザの空気感染が 起きる可能性を考慮して換気を心がけ、インフルエンザ患者に対しては自宅待機に より人との接触をできるだけ避けるよう指導することが望ましいと考えられます。 ◆おわりに 現在までの日常的なマスク着用による感染予防効果の報告を総合すると、 手指衛生等の対策を組み合わせた複合的対策による有効性は報告されていますが、 マスク単独での明確なエビデンスはないのが現状です。したがって、 感染予防においては日常的なマスク着用のみで過信せず、感染対策の基本と なる手指衛生等を併せて行うことが重要と思われます。 なお、医療機関における感染対策においては、標準予防策における湿性生体物質に よる曝露が予想される場合や飛沫予防策における感染者に近づく場合等には マスク着用が必須となります。感染予防としての日常的なマスク着用とは別に、 感染対策として必要な場面で確実にマスク着用を行うことが重要です。
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