@rim00able シルビオ・ゲゼル入門―減価する貨幣とは何か – 2009/6/1 廣田 裕之 (著)減価する貨幣の理論 廣田裕之 2013/10/01 https://shukousha.com/column/hirota/2478/ 前回は現在の通貨制度が抱えているさまざまな問題についてご紹介しましたが、今回はそんな現在の通貨制度を根本から変える「減価する貨幣」という理論を編み出したシルビオ・ゲゼル(1862〜1930)についてご紹介したいと思います
シルビオ・ゲゼル(1862〜1930) シルビオ・ゲゼルは、現在ではベルギー領になっているものの当時はドイツ領だったザンクト・フィット(Sankt Vith)という街で、ドイツの徴税官だった父親とワロン人(ベルギー南部のフランス語圏出身者)の母親の間に生まれました。24歳のときに当時経済的に潤っていた南米アルゼンチンはブエノスアイレスに移住して事業を興し成功しますが、当時のアルゼンチン政府の通貨政策の失敗によってデフレ(物価下落)やインフレ(物価上昇)が起き、そのたびに同国経済が大混乱に陥りました。シルビオ・ゲゼル自身は経済の知識があったのでこの危機を切り抜けることができましたが、倒産企業や失業者が大量に出た現状を見て通貨問題に対する関心を高め、1900年には弟に事業を任せてスイスに移住しました。そこで晴耕雨読の生活を送りながら経済の研究を行い、1916年に代表作「自然的経済秩序」を刊行します(詳細については後述)。
この本が発行されてから、特にドイツ語圏各地でゲゼルは人気を博すようになります。そして、第1次世界大戦の終了後にバイエルンでアナーキストらによるバイエルン・ソビエト共和国が樹立されますが、そこでゲゼルは金融担当相に任命されます。しかしながらこの政府はわずか1週間で崩壊してしまい、その後の混乱でゲゼルは国家内乱罪に問われ死刑を求刑されるものの、卓越した弁舌で無罪を勝ち取ります。その後は支持者などに囲まれて余生を過ごし、1930年にベルリン郊外で68年の生涯を閉じることになります。 先ほどもご紹介した「自然的経済秩序」でゲゼルは、2つの大きな提案をしました。 1. 土地の国有化および国の地代収入の母親年金としての配分 2. 定期的に持ち越し費用が発生する通貨の導入 土地と貨幣という、一見直接関係しないような2つの分野にまたがっていますが、ゲゼルはこの両方の分野における不労所得の廃止を社会正義とみなしたのです。大土地所有制が珍しくなく、その下で多くの農民が小作農としてこき使われている一方で、広大な土地を代々受け継ぐ地主はたくさん地代を受け取っては、貴族として優雅な生活を送っていました。また、毎日の生活にも事欠くような人たちがお金を借りては高い利息に苦しむ一方で、何らかの理由で一財産ある人はその資金を銀行にさえ預けていれば、働かなくても金利だけで生活することができます。ゲゼルは土地と貨幣に共通するこのような不公平を問題視し、それを解決するための手段として前述の2つの提案を行ったのです。 土地についてですが、ゲゼルは国有化した上で、土地を借りて耕作する人は誰であれ政府に地代を払うようにすべきだと述べました。そして、そうやって入った地代を母親年金にすべきだと提案したのです。これはどうしてでしょうか。 たとえば、毎年12トンの収穫をもたらす田んぼについて考えてみましょう。コメ農家はこの土地でおコメを作っては消費者に売りますが、この消費者は全て、母親が腹を痛めることにより生まれた人たちです。1人あたりの年間コメ消費量が60キロの場合、このコメ農家が12トンのおコメを500人に売って生計を立てることができるのは、このおコメを消費してくれる人たちのおかげであり、ひいてはその500人を産み育てた母親のおかげなのです。そのため、子育て中の母親が経済的に困ることのないように、政府は母親年金を支払うべきだというのがゲゼルの提案だったのです。 「自然的経済秩序」が刊行された当時(1916年)は、まだまだ女性の社会進出が進んでいない時期で、女性が高収入を得るのは非常に難しい時期でした。このため、子どもを養えるだけの経済力がある男性を見つけることが、特に母親願望のある女性にとっては大切なこととなり、人間としてのさまざまな魅力よりも経済力のある男性を好むようになります。また、経済力に問題ない男性との間に子どもが生まれても、その男性の経済力が子育て中ずっと維持されるとは限りません。その男性が病気や交通事故などで死んだり、男性の事業が破綻したり勤め人の場合には解雇された場合には、残された母子は経済的に路頭に迷うことになります。これは社会正義に反すると考えたシルビオ・ゲゼルは、子育て期間中は政府が母親にきちんと年金を支払うことで、男性の経済力に左右されず安心して子育てできる社会を作るべきだと考えたのです。 ちなみに、土地の国有化というと共産主義国家のできごとのように思われるかもしれませんが、実は世界でも最も反共産主義的な地域でこの土地の国有化が実施されています。1997年まで英国植民地だった香港は自由貿易に根ざした経済で栄え、資本主義のショーウインドウとも呼べる存在ですが、返還前は香港の土地は全て英国女王の所有物であり、香港で住宅や工場、事業所などを建設する場合には香港政庁から土地を借りる必要がありましたが、この地代が香港政府の財政を助けることになりました。返還後もこのシステム自体は基本的に変わっておらず(もちろん現在の土地の所有者は中華人民共和国香港特別行政区政府になっていますが)、2013〜2014年度の同政府予算でも4351億香港ドル(約5兆5500億円)のうち690億香港ドル(15.9%、約8800億円)が地代所得になっています(出典:香港特別行政区政府)。仮にこのお金を香港在住の15歳未満の子ども(約82万0300人)を持つ母親に配ったとすると、子ども1人あたり年間で8180香港ドル(約10万5000円)が手に入る計算になります。
減価する貨幣についてはこの他にもさまざまなメリットがありますが、これらについては拙著「シルビオ・ゲゼル入門 – 減価する貨幣とは何か」(アルテ)で詳しく紹介していますので、ぜひこちらもご覧ください。 https://shukousha.com/column/hirota/2478/ ▲△▽▼
シルビオ・ゲゼル 「自然的経済秩序」日本語訳 https://www.slideshare.net/mig76/ss-39452162
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