騙せる奴だけ騙せればよい、と考えている詐欺師の元北海道議員の小野寺まさる デマを流すのは低コストである一方、デマを否定するのは高コストである、という非対称性は人間社会の嫌な真理です。もちろん、知識・情報が足りず、情報判断力が低いため、真実と確信して結果的にデマを流す人もいるでしょうが、常習犯のように次から次へとデマを流す人の中には、デマと知っているか、真偽や根拠が曖昧だと理解していながら、騙せる奴(いわゆる情弱)だけ騙せればよいとか、検証しようとする人間を疲弊させてやりたいとばかりに、この非対称性を利用している輩もいるのではないか、と考えたくなります。 騙せる奴だけ騙せればよい、と考えているように思われる人物として、アイヌと「縄文人」との関係の否定に熱心な元北海道議員の小野寺まさる(秀)氏がいます 小野寺氏は議員時代に、「アイヌの方々は縄文人の末裔ではないということを確認したくて」北海道庁の幹部職員に北海道議会で質問していますが、幹部職員が「アイヌの人々は、縄文の人々の単純な子孫ではないとする学説が有力」と答弁したところ、「単純な子孫ではないということで、関係ないということだと思います」と述べており、これも、小野寺氏が騙せる奴だけ騙せればよい、と考えているからではないか、と私は推測しています。 https://sicambre.at.webry.info/202011/article_14.html 小野寺まさるは完全なバカの詐欺師だった 虎ノ門ニュースでの有本香氏と小野寺まさる氏のアイヌに関するやり取り 有本香「先住民である縄文系の日本人を北方から来た人達が侵略し、男達を中心に殺戮し女を残して混血していったのであれば、当然アイヌの人達には縄文のDNAが多く残っている」 小野寺まさる「この(縄文の)DNAは後天的に獲得したDNAであるのは間違いないと道庁も答えている」 検索してみると、これは虎ノ門ニュースの今月(2020年7月)16日放送分で、まだ公式動画を閲覧できます(今回取り上げるのは1時間9分00秒〜1時間11分40秒あたり)。じっさいに視聴したところ、このやり取りは、まず有本香氏が、北海道の礼文島の船泊遺跡で発掘された「縄文人」のDNA解析に関する研究(関連記事)を取り上げた北海道新聞の記事に、以下のように言及したことで始まります。 日本人の中に縄文人のDNAを持っている人と持っていない人がいますが、普通は10%くらいです。北海道と沖縄はやや異なり、アイヌと言われる人々は70%、沖縄の人々は30%ほど縄文人のDNAを持っているそうです。縄文人は日本において最古の民族なので、アイヌも先住民族という印象操作になっています。 これを受けて小野寺まさる(秀)氏が 鎌倉時代後期に北海道に南下してきた好戦的な民族が、縄文時代から北海道にいた人々を征服しましたが、このアイヌの人々は女性と子供は殺さず、女性たちに自分たちの子供を産ませた結果、アイヌに縄文人のDNAが継承された、という可能性がひじょうに高く、学術的にも、この(縄文人の)DNAは後天的に獲得したのは間違いない、と道庁は答えています。 という趣旨の発言をしており、有本氏が そうならば、アイヌと言われる人々に縄文人のDNAが多く残っていても不思議ではありません。 とまとめています。まず問題となるのが、船泊遺跡の「縄文人」の研究についての有本氏の理解です。このやり取りからは、(北海道と沖縄を除く)日本人のうち、「縄文人」のDNAを有しているのは10%程度、と有本氏が理解しているように思います。もちろんそうではなく、(北海道と沖縄を除く)日本人のゲノムには、平均して10%(論文では9〜15%とされています)ほど「縄文人」由来の領域があると推定される、ということです。 次に小野寺氏の発言ですが、鎌倉時代後期に北海道に南下してきた好戦的な民族が、縄文時代以来北海道に居住し続けてきた人々を征服し、女性と子供たちは殺さず、女性たちに子供を産ませたとすると、確かに「縄文人」のDNAが現代アイヌに継承されます。しかし、そもそもこのような見解を提示している専門家は、現在ではまず間違いなくいないでしょう。それに、小野寺氏の想定では、現代アイヌ集団に「縄文人」由来のY染色体ハプログループ(YHg)を継承している人はほとんどいないことになります。しかし、「縄文人」由来と考えられるYHg-D(関連記事)の割合は現代アイヌ集団では81.3%と高く(関連記事)、小野寺氏の想定とは矛盾します。これに対しては、アイヌが(琉球列島を除く本州以南の)日本人(「本土」集団)から婿養子を迎えたためだ、といった「反論」もあるかもしれませんが、そうならば、現代「本土」集団で55.1%(関連記事)と多く見られるYHg-Oの割合が、現代アイヌ集団でもっと多くなるはずです。 また、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の研究からも、小野寺氏の想定とは逆だった可能性が高い、と考えられます。「本土」では江戸時代(近世)のアイヌ集団のmtDNAが解析されており、近世アイヌ集団のmtDNAハプログループ(mtHg)では、北海道「縄文人」型が30.9%に対して、オホーツク型が35.1%、「本土」型が28.1%、シベリア型が7.3%と推定されています(関連記事)。これらの知見からは、縄文時代以来の北海道在来の集団が前近代において外部集団からかなり女性を迎え入れつつ、縄文時代以来の父系(YHg)を維持していた、と示唆されます。 人類史において、交雑しつつ父系を維持・拡大していくような場合、その集団が外部集団に対して優勢であることが多いと考えられます(関連記事)。その意味で、前近代アイヌ集団は、YHg-Dが一定以上の割合で存在する「本土」集団はさておき、オホーツク文化集団や、オホーツク文化消滅後にもアイヌ集団と関係を持っていたと考えられるシベリア集団に対して、優位に立っていた可能性が高そうです。じっさい考古学では、北海道において縄文文化と続縄文文化を継承した擦文文化集団が、10世紀になってオホーツク文化集団に対して優位に立ったのではないか、と示唆されています(関連記事)。 現代アイヌ集団のゲノムに「縄文人」以外の要素があることは、上述の船泊遺跡「縄文人」の研究でも改めて示されており(約34%)、近世アイヌ集団のmtDNA研究でも確認された、と言えるでしょう。しかし、YHgおよびmtHgの分析と考古学的記録を併せて考えると、アイヌ集団が「本土」の鎌倉時代に南下してきた集団に征服され、本質的には「外来」集団であるというような見解は的外れで、むしろ逆に、縄文時代からの北海道在来集団が、オホーツク文化集団など外部集団に対して優位に立つ傾向にあり、そうした外部集団からの遺伝的・文化的影響を受けつつ、アイヌ集団が形成されていった、と考える方が妥当だと思われます。 _________ 2020/08/25 縄文人ゲノム解析から見えてきた東ユーラシアの人類史 先行研究(Jinam et al. 2012)で発表された北海道アイヌの人々のデータなど日本列島周辺の人類集団との関係を分析したところ、本州縄文人であるIK002は、アイヌのクラスターに含まれた。 この結果は北海道縄文人の全ゲノム解析(Kanzawa-Kiriyama et al. 2019)と一致し、アイヌ民族が日本列島の住人として最も古い系統であると同時に東ユーラシア人の創始集団の直接の子孫の1つである可能性が高いことを示している。 https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/6987/
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