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マガジン9 言葉の海へ
第94回:モラルも何もあるもんか!(鈴木耕) 2019年10月30日
https://maga9.jp/191030/
“日本スバラシイですね派”の方たちには申し訳ないのだけれど、ぼくにはこの国が、いまや「モラルハザード」に陥っているとしか思えない。とても“スバラシイ”なんて言えない。
「モラルハザード=Moral Hazard」とは、本来は経済学用語なのだが、日本では「倫理観の欠如」とか「道徳的節度の喪失」というような意味に使われることが多い。ぼくもここではそういう意味で使う。
◆たとえば政治家だ
菅原一秀経産相のデタラメな公職選挙法違反の数々には、あきれて溜息も出ない。さすがにかばいきれなくなった安倍官邸も、大臣更迭に踏み切ったけれど、どうも議員は辞めないらしい。
菅原氏は、実は菅義偉官房長官の側近。菅官房長官が仕方なく、菅原氏に詰め腹を切らせたようだが、その後任に、やはり菅氏側近の梶山弘志氏を起用した。なんのことはない、派閥人事のたらい回しだ。
モラルも何もあったもんじゃない!
しかも、例によって安倍晋三首相は「任命責任は私にあるわけであります」と、いつもと同じことを繰り返す。この言葉、いったい何度、聞かされたことか。内田樹さんがこんなことをツイッターで呟いていた。
<「任命責任は私にあります」と言いさえすれば「任命責任を果たしたことになる」とご本人は理解されているのだと思います>
痛烈な皮肉である。言葉がチリ紙よりも軽い安倍語の本質を突いている。ほかにもツイートには「責任があるというのなら、責任を取れ!」という意味の投稿が溢れているが、そんなものは“安倍の耳に念仏“だ。
その他、後で触れるが萩生田光一文科相の“身の丈“発言。続いて河野太郎防衛相の受け狙いの“雨男”発言。もうアホの揃い踏み。首相のおっしゃる通り、ホントに安倍内閣は“人材豊富”だ。
モラルも何もあるもんか!
◆たとえば裁判所だ
“ヒラメ裁判官”という言い方がある。上しか見ていない裁判官が多すぎるという意味だ。実際、住民のことなど考慮せずに、ひたすら政府の上のほうを見ているとしか思えない判決が続く。
山口県岩国市の日米共同使用の基地の周辺住民たちが求めていた騒音被害の賠償や飛行差止め訴訟で、10月25日、広島高裁の森一岳裁判長は、過去分の被害の賠償については増額を認めたものの、飛行差し止めと将来分の賠償は認めなかった。「カネを増額してやったんだから、騒音なんぞは我慢せい」というわけらしい。
同じような判決は、たとえば沖縄では日常茶飯事だ。どんなに米軍新基地建設反対の住民の意思が示されようと、そんなことは知っちゃいない。政府が決めたんだから、お前らはおとなしく従えというばかり。
沖縄県は仲井眞弘多前知事が行った「辺野古沖の埋め立て承認」を撤回したのだが、それをなぜか権限外の石井啓一前国土交通相が取り消したのは違法であるとして、県が訴えていた裁判で、福岡高裁那覇支部の大久保正道裁判長が23日、「訴訟の対象にはならない」として、訴えを却下した。
沖縄の米軍基地についての裁判は数多くあるけれど、ほとんどが政府寄りの判決ばかり。一説によると、とくに沖縄には“ヒラメ裁判長”ばかりを選んで任命しているともいう。
裁判官が自分で考えずに、“政府の言いなり判決”ばかりを出すのでは、三権分立など絵に描いた餅だ。
原発裁判はもっとすさまじい。
デモクラシータイムス「原発耕論 第8回」(※動画)で、東京電力元幹部3人(勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長)に対する無罪判決について、海渡雄一弁護士が怒りを込めて説明しているが、この裁判の永渕健一裁判長の訴訟指揮は、実にひどいものだったという。
傍聴人らに対しては非常に敵対的で、酷暑の中、ペットボトルの水さえ許さず、衛視たちを傍聴人に向けて立たせて威嚇する。逆に被告の東電幹部に対しては深々と頭を下げるなど、最初から判決の行方が分かるような訴訟指揮だったというのだ。
これなど明らかに、安倍政権の原子力政策への、思いっきりの“忖度判決”なのだろう。
ほかにも、たとえば実の娘に長年にわたって性的暴行を加えていた父親に無罪を言い渡すなど、性犯罪に関してはやたらと被害者側に不利な判決が続いている現状もある。
あの伊藤詩織さんへの山口敬之元TBS記者の準強姦容疑事件を、山口逮捕直前に、当時の中村格官房長官秘書官が止めた事件も司法絡みだ。山口元記者が安倍首相と親しいことを配慮した元警察官僚の中村秘書官の行動は、のちの伊藤さんの訴えにも大きな影響を与えた。
裁判所も警察も検察も、安倍官邸の意向を恐れての“忖度”ばかり。国が歪んでいく。
モラルも何もあるもんか!
◆たとえば行政だ
例の「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」を巡る顛末も、なんともやりきれないものだった。
最終的には再開されたとはいえ、暴力的な脅迫に一時は屈してしまった。これは、文化というものを理解しないヤカラの力に一定の“成果”をもたらしてしまうという、最悪の前例を作ったのだ。
しかもその影響は跡をひく。「あいちトリエンナーレ」への補助金が、前例のない形で文化庁から「不交付」とされてしまったのだ。「申請上の不備があった」と文化庁は言うけれど、そんなことを信じる者は誰もいない。明らかに安倍官邸→萩生田光一文部科学相→宮田亮平文化庁長官…という流れが見えてくる。
文化芸術に政治が口を出すという悪しき前例を、こともあろうに元東京芸術大学学長で、自らも金属工芸家としても著名な宮田長官が作ってしまったのだ。これは宮田氏にとって、末代までの汚名だろう。自身も芸術家なら、なぜ身を賭してでも補助金不交付に反対しなかったのか。いまからでも遅くない。辞表を出してでも抵抗すればいい。それとも、そんなに“文化庁長官”の肩書が惜しいのか。
この補助金問題は、ほかにも影響している。
映画『新聞記者』や『i-新聞記者ドキュメント-』などで知られる河村光庸氏がプロデュースした映画『宮本から君へ』に、覚醒剤使用容疑で逮捕されたピエール瀧さんも出演しているので、補助金は出せないと、一旦は交付が決まっていたものが一転、不交付になったというのだ。
こんなことが起きるのであれば、映画なんか怖くて撮れなくなる。一出演者の不行跡が、映画全体を黒く塗りつぶしてしまうとでもいうのか。それこそ芸術文化を委縮させる。
中央省庁ばかりではない。地方自治体にも“忖度”とか“怯え”とでもいうような傾向が拡がっている。川崎市で27日から始まった「KAWASAKIしんゆり映画祭」で同じような事態が起きている。
慰安婦問題を扱って異例のヒットを記録したドキュメンタリー映画『主戦場』(ミキ・デザキ監督)の上映が、一旦予定されながら中止に追い込まれたというケースだ。映画の中でインタビューを受けていた一部の出演者が、映画完成後に本意と違うとして上映禁止を求める裁判を起こした。それを懸念した川崎市が上映断念を、共催のNPO法人「KAWASAKIアーツ」に要請したという。
この催しの費用約1300万円のうち約600万円を川崎市が負担することから、NPO側はやむなく『主戦場』の上映を中止したという。やはり文化事業の費用の問題が絡んでいる。
むろんこの背景には、「表現の不自由展」でのネット右翼によるSNSやファクス、電話等での脅迫的な行為がある。上映会での混乱を恐れた行政側が、「触らぬ神に祟りなし」を決め込んだのだ。
こんなことがあちこちで起きるとすれば、もはや最初から「問題のない作品」ばかりの催しになるだろう。文化の衰退というしかない。
モラルも何もあるもんか!
◆たとえば教育だ
神戸の小学校での教師間の“いじめ”が問題になっている。ガキ化した大人どものバカ騒ぎというしかない。この教師たち、どうすれば子どもたちに素晴らしい教育ができるか、なんてことを一度でも考えたことがあるのだろうか。アホらしくて“教師”と呼ぶ気にもなれない。
だが、こんな教師を生み出しているのは、実は教育に携わる政治家たちの劣化に原因があるのではないか。
なんと、政治家の中でも教育にかかわる役職のトップの文科相がとんでもない発言をして批判を浴びている。安倍首相の側近中の側近、萩生田光一という人物である。
萩生田氏は、2020年度から始まる大学入学共通試験で英語の民間試験を導入するという案について、24日のBSフジ「プライムニュース」で、まさに差別助長となるような発言をしたのだ。
金銭的、地理的に不公平が生じることになるのではないかという司会者の質問に対し、「それを言ったら『あいつ、予備校に通っていてずるいよな』というのと同じだ。裕福な家庭の子が回数を多く受けてウォーミングアップできるようなことはあるかもしれないけど、そこは自分の“身の丈”に合わせて2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえればいいんじゃないか」と平然と答えたのだ。
“身の丈”って、いったい何なんだよ! 貧乏人は貧乏人らしくしろ、ってことか。こんなバカなことを、教育行政のトップが言う。経済格差や地域格差などは、頑張って自力で克服しなさい。政府は結果については知りませんが…というわけだ。
教育基本法や日本国憲法で規定されている「教育の機会均等」などどこ吹く風。まさに、安倍内閣の重要閣僚の面目躍如である。
これでは、教師の質が高まるわけがない。
しかも、この件にはおまけまでついている。
記者会見で萩生田発言について問われた菅義偉官房長官は、例によって木で鼻をくくった調子で「発言の要旨を承知していないのでコメントは差し控えるが、適材適所だと思っている」と質問を一蹴。「発言内容も知らないのに、どうして適材適所と言えるのか?」と、記者はなぜ質問の二の矢を放たなかったのだろうか? マスメディアもまた…。
それにしても、菅氏の会見での人を小馬鹿にしたような受け答えは、見ていてほんとうに不愉快になる。
この国、モラルも何もあるもんか!
鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
※転載者による注
・元の文章は一切改変していませんが、元記事で太字の部分は、タグを使った設定が必要なので、◆を使って目立つようにしています。また、"を使っている部分を<>にしています。
・元記事では、<原発耕論 第8回」(※動画)>の文字からYouTubeに飛べるようになっていますが、ここでは動画を下に埋め込んでおきます。
【原発耕論 第8回】東電3幹部、なぜ無罪か!(弁護士海渡雄一)20190927
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