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菅と麻生、「安倍後」見据えた知られざる暗闘 「影の総理」菅義偉とは何者なのか(上)/東洋経済オンライン・msnニュース
中野 潤
2019/08/17 08:10
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e8%8f%85%e3%81%a8%e9%ba%bb%e7%94%9f%ef%bd%a4%ef%bd%a2%e5%ae%89%e5%80%8d%e5%be%8c%ef%bd%a3%e8%a6%8b%e6%8d%ae%e3%81%88%e3%81%9f%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%96%e3%82%8b%e6%9a%97%e9%97%98-%ef%bd%a2%e5%bd%b1%e3%81%ae%e7%b7%8f%e7%90%86%ef%bd%a3%e8%8f%85%e7%be%a9%e5%81%89%e3%81%a8%e3%81%af%e4%bd%95%e8%80%85%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%8b%ef%bc%88%e4%b8%8a%ef%bc%89/ar-AAFUpUt?ocid=iehp#page=2
今年最大の政治決戦である参院選が終わった。首相の安倍晋三が率いる自民党は議席を減らしたものの、改選過半数を大きく上回る議席を確保。第2次政権が発足して以降、国政選挙6連勝を果たした。
安倍が今後、自らの任期中に解散・総選挙に打って出て勝利すれば自民党総裁4選の可能性はなお残るが、安倍自身は周辺に今の任期での退任を明言している。その任期切れが2年後に迫る中で行われた今回の参院選では、表面上の与野党攻防とは別に「ポスト安倍」に向けた自民党の実力者たちによる熾烈な主導権争いが繰り広げられた。むしろ、それが参院選の真の焦点だった。
「令和おじさん」がめぐらせる権謀術数
その主役は、安倍の参謀役として7年近くも官房長官を務め、霞が関の官僚たちを掌握して「影の総理」と呼ばれる菅義偉だ。今度の参院選で菅によるライバル追い落とし工作の一端が表面化し、新聞各紙も「参院選で菅氏の存在感増す」などと書き立てた。
だが今春、「令和おじさん」として有力な首相候補に躍り出るはるか前から、菅が「ポスト安倍」時代をにらんで、ライバルたちの力を削ぐために権謀術数をめぐらせてきたことはほとんど知られていない。
菅の第1の標的は、安倍の盟友として今の内閣で存在感を示し続ける副総理兼財務相の麻生太郎、第2の標的はポスト安倍の最有力候補と言われてきた自民党政調会長の岸田文雄だ。その岸田が菅の標的になる理由にも麻生が関わっているので、まずは菅と麻生の対立構図から解き明かそう。
2人の対立は根深い。麻生は、名宰相と言われる吉田茂の孫であり、皇室とも縁戚関係にある政界のサラブレッドだ。一方、秋田県のいちご農家の長男で、高校卒業後に上京して議員秘書から横浜市議を経て国会議員になった叩き上げの菅。かつては菅が麻生を支えた時期もあったが、2人は対照的な出自のせいか、ともに今の安倍政権の大黒柱でありながら重要な局面でことごとく対立してきた。
2015年には消費税への軽減税率の導入をめぐって、公明党・創価学会の意向をくんで大規模導入を主張する菅と、それに反対する麻生が鋭く対立。最後は安倍が菅に軍配を上げて決着した。
翌2016年には、財務省を率いる麻生が予定どおり翌年の消費増税の実施を求め、「もし再延期するなら衆参ダブル選で国民の信を問うべきだ」と主張したのに対し、菅は消費増税の再延期を唱え、衆参ダブル選にも猛反対して対立。ここでも安倍は菅の判断に軍配を上げた。麻生が菅に向かって「おまえはいつも創価学会の言いなりだ」と吐き捨てる場面もあった。
その2人が今、安倍の任期切れをにらんで激しい暗闘を繰り広げている。安倍を挟んで均衡を保ってきた両者が、「ポスト安倍」政権での生き残りをかけてしのぎを削っているのだ。
それでは、菅はなぜ「岸田潰し」にも血道をあげるのか。それは、「ポスト安倍」で、安倍と麻生の2人がそろって岸田を推す可能性を感じ取っているからだ。
安倍は第2次政権発足間もない頃から、自分の後は岸田を首相にしたいとの意向を漏らしてきた。その理由は単純で、自分に正面から盾突く石破茂を何としても首相の座に就けたくないからだ。安倍から見て石破に代わる次期総裁の最有力候補が岸田だった。
第2の理由は、岸田とは当選同期で、同じ二世議員同士でもあり、若い頃からの遊び仲間で気心が知れているからだ。安倍は首相を退任した後、出身派閥(現在の細田派)の領袖となり、政権に影響力を持つ立場でいわば「院政」を敷きたいと考えている。そうした安倍の願望を実現するうえで岸田はうってつけなのだ。そのため、安倍は親しい政界関係者に「岸田さんの人気が上がる方法を考えてほしい」とたびたび漏らしてきた。
麻生も「岸田首相」を有力と考えてきた
一方の麻生も、やはり岸田を有力候補と考えてきた。2人は元々同じ宏池会(旧宮沢派)の出身だ。麻生が宏池会本家=岸田派との合併による「大宏池会構想」を持ち掛けたのは3年前。岸田がそれを断ったことで構想は頓挫し、麻生は当時、岸田への不快感をあらわにした。だが、その後も2人は定期的に酒食を共にする。それは、麻生が次の総裁選で岸田を担ぐことを有力な選択肢として考えているからだ。
麻生派は一昨年、三木派以来の伝統派閥である山東派を吸収するなどして自民党内第2派閥に躍り出たが、同派に有力な後継者は見当たらない。派内には麻生の兄貴分で派閥の創設者である元総裁・河野洋平の長男・太郎がおり、2年前、外相に抜擢されたことで総裁候補とみなされるようにはなった。
だが、派閥活動にまったく関心を示さず麻生とも距離を置く河野太郎について、麻生は「もっと社会常識や礼儀作法を身につける必要があるな」と側近たちに言い放つ。菅が以前から河野に目をかけ、将来の首相候補だと公言していることも不愉快だ。そうなると麻生の選択肢は限られ、元同僚の岸田が有力候補として残る。
国会議員の勢力図だけを考えれば、党内最大派閥の細田派(安倍派)と第2派閥の麻生派、それに第4派閥の岸田派が組めば、それだけで党所属の衆参両院議員の過半数を超える。
これに対して「岸田政権」が誕生すれば自らの出番が失われると感じ、それを阻止するために動いているのが菅だ。
菅は昨年の自民党総裁選を前に、岸田がなかなか安倍支持を明言しなかった7月初めごろ、「岸田さんには総裁選に出てもらったほうがいいじゃないですか」と安倍に進言したことがある。安倍―岸田関係を分断したいと考えたのだろう。
新元号「令和」の発表で一躍人気者になり、有力な総裁候補と目されるようになった菅だが、自らが首相の座を目指すか否かにかかわらず、「ポスト安倍」政権下でも当然、主導権を確保したいと考える。
一方の麻生は、今年9月で79歳になるものの次の衆院選でも引退せず、自民党第2派閥のオーナーを続ける考えで、やはり「ポスト安倍」政権下でも影響力を維持したいとの意欲は強い。仮に麻生が主導権を取って岸田政権が誕生することになれば、菅はそこからはじき出される可能性が強く、菅にとっては「ポスト安倍」時代をにらんで、今から麻生と岸田の力を削いでおくことは極めて重要なのだ。
麻生の牙城、福岡県に手を突っ込んだ菅
話を菅の「手練手管」に戻そう。まずは、今年4月に行われた麻生の地元の福岡県知事選挙だ。知事選は事実上、現職の小川洋と麻生が擁立した自民党推薦の新人による一騎打ちとなり、現職の小川が圧勝。麻生は選挙後、自民推薦候補が惨敗した責任を取るとして県連の最高顧問の職を辞した。
麻生はなぜ、大きな失点がなかった小川を引きずり降ろそうと考えたのか。そもそも8年前、小川を福岡県知事に据えたのは麻生だったのだ。
話は2016年9月の衆院福岡6区の補欠選挙にさかのぼる。保守分裂選挙となったこの補選で、麻生は自らの盟友である自民党福岡県連会長である県議の長男を全力で支援。小川にも応援に入るよう要請して了解を取り付けた。
ところが、小川は直前になって病気と称して入院。「この俺が頭を下げて頼んだのに病院に逃げ込みやがった」。自分が知事に据えた小川の裏切りに麻生は激怒し、それ以来、予算の陳情に知事が上京しても会わない状態が続いた。麻生は「小川を必ず引きずり降ろす」と周辺に宣言。その言葉どおり、対立候補擁立に動いた。
首相の安倍が「どうみても現職が強いのだから」と小川との和解を進言しても麻生は頑として受け入れず、敗北覚悟の選挙戦に突入した。これには周囲がみな首を傾げ、安倍も「麻生さんも歳のせいか、おかしくなったよね」とこぼした。
実は、麻生が勝てる見込みのない知事選に突っ込んだのには隠れた理由があった。それは菅の存在だった。
3年前の衆院補選で小川が麻生から応援を頼まれたとき、情勢はすでに対立候補である鳩山二郎の勝利が濃厚だった。麻生の要請を断り切れなかった小川だったが、悩んだ小川が鳩山を支援していた旧知の菅に相談したところ「行く必要はない」とアドバイスされ、小川は病院に逃げ込んだ。少なくとも麻生は自らが得た情報からそう信じた。麻生に近い永田町関係者は、「菅に面子を潰されたと感じた麻生は、それゆえ負け戦覚悟で知事選に突っ込んだ」と明かす。
衆院補選時の菅と小川のやり取りの真偽は不明だ。だが、小川が知事選の1年近く前から菅に立候補について相談し、菅から「仮に自民党の推薦が出なくても私が支援する。出馬を断念する必要はまったくない」と激励を受けていたのは事実だ。経産省幹部が同省出身の小川の続投を菅に陳情したこともあり、菅は一貫して裏で小川を激励。それゆえ、一時は弱気になっていた小川も麻生との全面対決に突き進んだ。
小川は昨年12月、福岡県を視察に訪れた菅と会った後、知事選について「不退転の決意で臨むことを官房長官に伝えた」と記者団を前に述べたが、以前から菅と連絡を取り合っていたのだ。
いずれにせよ、麻生は今春の福岡県知事選で、菅と結んだ小川を追い落とそうとして見通しの立たない戦いに突っ込んで惨敗。大きな痛手を負った。
古賀元幹事長はなぜ菅の名前を挙げたのか
菅は、以前は自分と対立した相手でも役立つと思えば、平然と手を結ぶ。
今年4月8日、岸田派の名誉会長で元自民党幹事長の古賀誠が日本テレビのBS番組に出演。自身の後継として派閥を率いる岸田について「ポスト安倍でなくてもよい」と述べたうえで、次期首相候補として菅の名前を挙げた。このニュースは永田町を驚かせたが、この古賀発言の背景を知る永田町関係者はほとんどいない。
古賀は2012年の衆院選に立候補せず、政界を引退した。その後は、日本共産党の機関紙『赤旗』や岩波書店の月刊誌『世界』に登場して安倍政権の改憲姿勢を批判するなど、評論家のような活動を行ってきた。その一方、今も自民党本部近くに個人事務所を構え、政治資金を集めては岸田派の若手議員に配ることで政治的な影響力を行使するという現役政治家としての顔も持つ。
だが、有力政治家といえども引退して7年も経てば資金集めは苦しくなる。「菅さんは古賀派を飛び出した経緯から、古賀さんと疎遠になっていた時期もあったが、今や菅さんは古賀さんが資金集めをしやすいよう企業関係者に声をかけるなどがっちり手を組んでいる」(地元の自民党関係者)という。
古賀は長年、同じ福岡県で主導権争いを繰り広げてきたことから麻生とは犬猿の仲。菅からすれば「敵(麻生太郎)の敵は味方」で、安倍政権批判を繰り返してきた古賀をも取り込んだということだろう。実際、菅の思惑どおり、先の福岡県知事選でも古賀は菅と水面下で連携し、農政連や医師会など各種団体を小川支持に回すなどして小川圧勝を裏で支えた。さらに「岸田はポスト安倍でなくてもよい」との発言も引き出し、岸田に打撃を与えた。
そして、菅の策略は、岸田の地元・参院広島選挙区など全国各地でも繰り広げられた(次回は8月18日に掲載)。=文中敬称略=
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