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首相がステルス遊説の異様「こんな人たち」切り捨て政治
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/258078
2019/07/11 日刊ゲンダイ 文字起こし 支持者以外は聞かなくていい(C)日刊ゲンダイ まったく、ふざけた話だ。参院選公示後、安倍首相が「ステルス遊説」とやらを続けている。どこで演説するのか、事前に一切、日程を公表しないのだ。自民党の萩生田幹事長代行は「日程を公表すると演説を妨害する人がやってくる」などと非公表を正当化しているが、一国のトップが遊説日程を秘密にするとは異常なことだ。 この「ステルス遊説」について、日刊スポーツの政治コラム「政界地獄耳」が、鋭い指摘をしている。 <反対勢力のヤジや批判を避けて日程を公表せずに遊説する、こそこそ遊説、これをステルス遊説と呼ぶそうだが何のことはない、支持者だけに訴えたいのだ。だが支持者は既に支持しているのだからわざわざ街頭に立たなくてもいい。陣営は警備上の理由だとか、いろいろ理屈をつけるが要は支持者の前で気持ちよく話したいだけではないか><静まり返った中で静かに聞く聴衆が次第に熱狂していくことを期待しているのだろうか> まさに、その通りだろう。選挙演説は本来、どこに一票を投じるのかまだ決めていない有権者に政策を訴え「清き一票」を求めるものだ。 なのに、安倍自民党は熱烈な支持者だけを集めて演説し、「支持者以外は聞かなくていい」という態度なのだからどうかしている。 しかも、演説の中身は野党の侮蔑だから信じられない。悪質なのは、立憲の枝野代表を「民主党の枝野さん」と呼ぶ言い間違いを、わざと繰り返していることだ。 「野党の枝野さん。民主党の、あれ民主党じゃなくて今、立憲ですね。どんどん変わるから覚えるのが大変」 発言のたびに集まった熱烈な支持者から、拍手と笑いが起きる。 気を良くした安倍は、この「言い間違い」を、1日に6カ所で繰り返しているのだから、タチが悪い。上から目線で野党をコキ下ろし、身内で固まってあざ笑う――これが正常な姿なのか。安倍自民党の「ステルス遊説」は、どう考えても狂っている。 「総理大臣は全国民の生命と財産と生活を守ることが仕事のはずです。 なのに、安倍首相は国民をシンパとアンチに選別しているのだから、どうかしています。国民主権の下では、政治家は主権者の意思に基づいて政治を行うことが大原則です。どのような場合でも、主権者の意思をくみ取る努力をしなくてはいけない。ところが安倍首相は、異論に耳を傾けようとせず、最初から排除している。これでは民主政治は成り立ちませんよ」(立正大名誉教授・金子勝氏=憲法) アンチは排除(C)日刊ゲンダイ
安倍自民党は、そこまでヤジが怖いのか。ヤジが飛んだら、それも国民の声だと受け止めるのが総理大臣なのではないか。 熱烈な支持者以外、街頭演説から排除しようとは、まともじゃない。 安倍と比べたら、よほど「れいわ新選組」の山本太郎代表のほうが、政治家としてまともというものだ。大衆に飛び込み、持論を訴え、ヤジを受け止め、時には聴衆に質問し、問いかけにも答えている。これこそ街頭演説の基本だろう。 2年前の都議選の時、安倍はヤジを飛ばした聴衆に向かって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」とブチ切れている。アンチを街頭演説から排除しているのは、もはや「こんな人たち」を相手にする気はなく、容赦なく斬り捨てるということだろう。 すでにこの6年間で、「こんな人たち」はどんどん斬り捨てられている。沖縄県民は「辺野古の新基地建設ノー」の意思表示を4回もしているのに、平然と辺野古の海に土砂を投入している。アベ政治に異を唱える者は、絶対に許さないという姿勢だ。 その一方、熱烈な支持者は露骨に優遇されている。 “腹心の友”である加計学園の理事長のために、行政をねじ曲げて、必要もない獣医学部の新設を認めているのだから、あからさまである。 田中角栄にしろ、大平正芳にしろ、歴代の自民党総理は「耳に痛い話にこそ庶民のホンネがある」と、積極的に異論に耳を傾けていた。本来、保守政治家とは、そういうものだ。なのに安倍晋三は、熱烈な支持者の前だけで演説し、拍手を浴びて悦に入っているのだから度し難い。 「もともと政治とは、反対者にも自分の主張を訴え、納得してもらう、非常に忍耐のいる作業です。ところが、安倍首相は『反対するヤツは斬り捨てればいい』という考え方です。ヤジを嫌がって“ステルス遊説”を続けているのは、反対者を説得する自信がないことと、褒め言葉だけを欲しがる歪んだ自己愛が原因でしょう。要注意なのは、自己愛が強く、自信がない政治家ほど独裁者になりやすいことです」(政治評論家・森田実氏)
大新聞テレビは、イカれた首相の「ステルス遊説」を批判しようともしないが、もし、このまま自民党を参院選で勝利させたら、「こんな人たち」を斬り捨てる政治がエスカレートするのは間違いない。 行き着く先は、アベ批判の声が社会から消え、アベ礼賛の声だけが聞こえる異様な社会だ。 すでに霞が関は、批判されるのが大嫌いな安倍の耳に“悪い話”が届かないように必死になっている。 信じられないのは、福島県の被災者にまで“ホンネ”を語ることを禁じていることだ。 今年4月、被災者と安倍が「車座集会」を開いた時、役所が用意した文面を無理やり読ませているのだ。被災者本人は、「町職員や商工会の人は一生懸命にやっています。それでも前に進みません。東京オリンピックで東京は盛り上がっています。大熊の人たちは毎日の生活が大変です」――という文面を用意していたが、役所が読み上げることを許さなかった。ほとんど北朝鮮と同じである。 もし、被災者が「復興は前に進んでいない」「毎日の生活が大変」というホンネを語ることに執着したら、「こんな人たち」と見なされ、違う被災者に差し替えられていたに違いない。恐らく、日本全国でこうしたことが頻繁に行われているはずである。 法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)がこう言う。 「7月21日の参院選の争点は“年金2000万円問題”や“消費税増税”などいくつもありますが、やはり最大の争点は、アベ政治の是非だと思う。このまま“こんな人たち”を相手にしない政治を続けさせてもいいのかどうか。6年間も安倍1強が続いたことで、恐らく安倍首相は、『熱狂的な3割の支持があれば政権は安泰だ』『どうせ反対するヤツは何をやっても反対する』と確信しているのでしょう。実際、自民党の得票は有権者全体の3割しかありませんからね。しかし、もし“こんな人たち”を無視した“ステルス遊説”を続けている安倍自民党を勝利させたら、ますます“こんな人たち”を斬り捨てる政治に拍車が掛かることは間違いない。そうなったら、“こんな人たち”として異論を唱えることさえ難しくなる社会になりかねない。本当にそうした社会でいいのか、有権者はよく考えるべきです」 安倍自民党は、「このまま無党派層が寝ていてくれれば大勝する」と、ニンマリしているという。 本当に国民の3割の熱狂的な支持者の声だけで、日本の政治が決まっていいのか。
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