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2019年 7月 2日
<加藤哲郎(かとうてつろう):一橋大学名誉教授>
まわりもちで回ってきた大阪G20、もともとリーマンショック後の国際金融危機回避のためにG7がよびかけて作ったサミットで、例年G7・G8後に開かれてきましたが、今年はなぜか、G7より前にG20でした。これも、安倍晋三の参院選向けパフォーマンスと思われますが、実質的には米中をはじめとした多角的な二国間協議の場、議長国ホストの出番は「和食でのおもてなし」程度でしか、ありませんでした。その「おもてなし」の場で、ジョークのつもりで発した「大阪城天守閣復元の大きなミスはエレベーターをつけたこと」が、障碍者や高齢者のためのバリアフリーに対する配慮の欠如・逆行として、ネット上では炎上です。
「外交の安倍」で参院選に突入のはずだったのに、中国習近平を来春に国賓として招待する話ぐらいで、もともと2島返還の調印儀式まで狙っていたロシアのプーチンとの会談は成果なし。米国以外の国々の首脳が期待した「保護主義反対」も首脳宣言に書き込めず。というより、そもそも議長国日本が「自由貿易」のために努力した気配なし。世界が注目した米中会談は決裂を回避できたが、双方の国内事情があってのことで日本の出番はなし。直近でイランの首脳に会ってきたはずなのに、目玉に狙ったハメネイ氏招待などもちろんできず、中東・欧州の当事国からもお呼びはなし。隣国韓国とは首脳会談もできない醜態ぶり。
何度会っても米国兵器爆買いばかりで、日米地位協定についても自由貿易協定(FTA)についても異議を述べない安倍晋三の国で、米国トランプ大統領は、傍若無人に言い放題。出発前にホルムズ海峡の日本タンカーは自前で守れとジャブを入れ、ブルームバーグは日米安保条約破棄の持論を大きく報道、懸命に火消しに回る安倍官邸をよそに、G20会場でも日米防衛義務の不平等、米国側負担軽減に言及。米国大統領選挙向けのブラフとはいえ、「日米同盟」一本できた「トランプ命」の忠犬ポチ=アベ・シンゾーにとっては、屈辱の国際舞台での日本叩きです。
6月29日の大阪記者会見では、こんな問答がありました。
Q:ボイス・オブ・アメリカのスティーブ・ハーマンです。大阪での安倍晋三首相との会談後、日米安保条約の破棄についてまだ考えていますか。また、首相はそれについて何を語りましたか。
A:トランプ大統領
「いいえ、それについては全く考えていない。不公平な合意であると私は言っているだけだ。そして、それについては彼(安倍首相)に過去6カ月間、話してきた。私が語ったのは『仮に誰かが日本を攻撃すれば、われわれは彼らに続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む』ということだ。われわれは四つに組んで戦い、日本のための戦闘にコミットする。誰かが米国を攻撃しても、彼ら(日本)はそうする必要がない。これは不公平だ」
「私は彼(安倍首相)に対し、われわれとしてそれを変えなければならないと話した。なぜなら、誰もわれわれを攻撃することのないよう望むが、仮にそのようなことが起これば(その逆になる可能性の方がずっと大きいが)、誰かがわれわれを攻撃するなら、われわれが彼ら(日本)を助けるのであれば彼らはわれわれを助けるべきだからだ。そして彼(安倍首相)はそれを分かっている。それについて、彼には何の問題もないだろう」
と。ーーつまり、「破棄」までいかなくとも「安保改定」は当然と考えており、安倍晋三にも幾度も伝えてあるというのです。安倍首相は「日米同盟は盤石」が口癖、してみると、日本国民には隠して、トランプのご機嫌取りと爆買いを繰り返してきたもののようです。
そのうえ、トランプ大統領が大阪のホテルで演出したとされる、総仕上げの米朝会談のビッグニュースが、G20閉会直後に待っていました。トランプに袖にされたうえ、安倍首相が袖にしたつもりだった韓国文大統領が米国と組んで、なんと、ツイッターで金正恩北朝鮮委員長を板門店に呼び出し、3回目になる米朝会談、史上初めて米国大統領が北朝鮮の土を踏む一大情報戦イベントが実現しました。朝鮮戦争終戦宣言への劇的な急旋回です。
無論、トランプにも金正恩にも国内向けの思惑があり、大きくはトランプ大統領の再選戦略の一環です。とはいえ、拉致問題についての無条件日朝交渉を求める日本にとっては、寝耳に水の蚊帳の外、75回外遊し、延べ150か国以上を巡ったという安倍首相の「スタンプラリー外交」の浪費・無力を、白日に晒しました。参院選後に先送りされた日米FTA貿易交渉で、日本の農産物から自動車まで、株価や財界ばかりでなく、国民生活が大きな打撃を受けることは、目に見えています。
久しく聞くことのなかった「アンポ破棄」「安保改定」が、思わぬ方向から、しかも「アメリカン・ファースト」の流れで、米国大統領の口から流れてきました。日本の野党・平和運動も、ナショナリスト右翼も、久しく「日米同盟」を所与の前提にしてきましたから、 面食らっていることでしょう。日米安保と朝鮮戦争は、もともと一対でした。1950年代はじめの占領終了からサンフランシスコ講話の時期、東西冷戦が朝鮮半島で局地的熱戦になり、西側陣営に日本を組み込み全土を米軍基地にするために、日米安保条約は結ばれました。今日の自衛隊の前身、警察予備隊は、駐留米軍が朝鮮半島に入った間隙での国内治安維持を名目に発足しました。再軍備の第一歩でした。
いわゆる1960年安保闘争は、まさに「安保改定反対」「安保破棄」が国民的社会運動になり、安倍晋三の祖父・岸信介首相を退陣に追い込んだものです。日本経済の高度成長自体、朝鮮戦争特需を重要な出発点にしていました。日本の経済大国化も、米国経済との一体化を土台にしていました。「日米安保」が「日米同盟」と言い換えられるようになったのは、安全保障ばかりでなく、外交・内政・貿易・金融・教育・文化・社会にまで「日米安保」が浸透・内在化して「失われた30年」に引き継がれたためです。
その歴史的出発点の朝鮮戦争の終結のきざしが見え、「日米安保の破棄」が米国側から語られるようになったことこそ、安倍首相がG20全体会議で世界の首脳に繰り返しスピーチした「令和=beautiful harmonyの新時代」の裏声の意味でしょう。北朝鮮・金委員長が昨日「過去を清算し未来へ」と述べたのは、アメリカおよび韓国との関係では、朝鮮戦争終結の決意と考えられます。
参院選の内政問題での争点、景気回復・社会保障・福祉・消費税・最低賃金・教育・格差貧困・外国人労働者問題等々の底に流れる深層の争点が、実は、これまでのような米国一辺倒の国づくりでいいのか、日本経済・社会をどう主体的に作れるのかという問題です。「日米安保破棄」とは、それほどの重みのある核心的論点です。もちろん、トランプの提起しているのは、よりいっそうの日本の軍事的従属と日本経済の「米国のサイフ」化をめざすもので、1960年に日本国民が願った「安保反対」「安保破棄」とは、正反対のものですが。
日本と東アジアの人々にとっての「過去の清算」は、1950年代まで戻ればいいというものではありません。北朝鮮は、トランプを歓迎して「朝鮮戦争の清算」を述べましたが、日本に対しては、「日本の過去の犯罪は決して闇に消えない」とする労働新聞論評(6月11日)で、朝鮮半島の植民地化とアジア・太平洋戦争期まで遡ってでなければ、首脳会談などありえない、と主張しています。中東イランやホルムズ海峡に向かう前に、まずは「令和」以前の大正・昭和・平成、いや天皇が代わっても不透明な「日本の新時代」の中身を、警戒しているのです。安倍首相の言う「令和の新時代」に、天皇の名のもとに進められた日本の軍事化・侵略の過去を想起し、オーバーラップしているのです。
よく、平成天皇の言動を見て、左派の中でも、「日本国憲法の象徴」 にふさわしく「戦後民主主義を体現」とまで評価する議論が聞かれます。しかし、諸外国、とりわけアジアの隣国の人々にとっては、天皇に「平成の時代、戦争はなかった」といわれても、イラクにもカンボジアにも自衛隊は出ていました。日本の一人あたりGDPはいまや世界第26位で羨望の対象ではありませんが、軍事力については世界第7位の軍事大国です。天皇個人ではなく、天皇制と戦争が結びついていたのです。
平成天皇は、即位後「皆さんとともに日本国憲法を守り」と明言しましたが、「令和」の新天皇は、単に「憲法にのっとり」だけでした。先日専修大学現代史研究会での私の講演、太田耐造文書「昭和天皇へのゾルゲ事件上奏文と新聞発表ーー思想検察のインテリジェンス」(当日配付資料は、ちきゅう座で公開)を準備するさい、1936年の天皇機関説事件、37年日中戦争開始後の「憲法」の軍部・官僚・学界による扱いを調べたのですが、「国体の本義」「日本精神」「大東亜共栄圏」「八紘一宇」を基礎づけるためには、大日本帝国憲法の天皇主権と統帥権の明文規定では足りず、「日本法理」により「憲法」を「憲法の精神」と読み替え、「みことのり」「かみながら」の建国神話と聖徳太子の「17条憲法」にまで遡って「天皇の聖戦」を根拠づけるものでした。
言論統制とメディア支配が著しい安倍ファッショ政権のもとでは、こんな「立憲主義」の読み替えが現れても、不思議ではありません。今日、7月1日に、商業捕鯨の問題とはいえ、戦後初めての国際組織(IWC)からの脱退、韓国に対する経済制裁の実行が行われました。参院選の深部の争点には、政権にとって格好の操作・利用対象となった天皇制の問題、「象徴天皇制」の是非をめぐる討論の不在があるように、思われてなりません。
近刊『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)については、カタログが公開されています。昨年末に「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4615:190702〕
http://chikyuza.net/archives/94960
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