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政治家に必要な、涙とともにパンをかみしめる体験
冷静な判断力、実社会に関する体験と道徳的資質とともに
杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)
論座 2019年06月28日 より無料公開部分を転載。
前稿「立候補者の略歴に学歴・学校歴はいらない」(https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019062700008.html)で私は、政治家にとって学歴・学校歴に意味はなく、重要なものは別にあると記した。それはいったい何か。
■政治家に欠きえない冷静な判断力
「職業としての政治」論で有名なマックス・ヴェーバーは、政治家に求められる資質として「情熱、責任感、判断力」をあげていた。そして判断力とは、「事柄(事態)と人に対する距離〔を見はからう能力〕」である、と(ヴェーバー『職業としての政治』角川文庫、75-6頁、ただし訳はかならずしも出典とした訳書に従っていない。以下同じ)。
政治家は、一般にはもちえない権力によって市民・社会に多大な影響を及ぼしうる。それは市民生活に安逸を与えもすれば、苦痛をもたらしもする。人を生かすこともできれば、殺すこともできる。政治という営みは、それだけ厳粛な意味をもつ行為である。
だからこそ政治家には、情熱のみならず「冷静な判断力」(同77頁)が、「事柄と人に対する距離」が不可欠だと、ヴェーバーは記すのである。それを欠けば、「情熱」は統制のとれない興奮にいたる。これをヴェーバーは政治家にとっての大罪と記すが(同前)、今日、与党にはその種の「政治家」が多すぎると私には思われる。満足な説明責任もはたさずに強行採決に訴える様子を見ていると、彼らは政治家として大罪をおかしていると感ずる。
■政治家に欠きえない観察者の立場・歩みよる資質
では、いったい何が、冷静な判断力の行使を可能にするのであろう。
政治思想家のハンナ・アーレントは、美学を論じたカントの『判断力批判』を政治哲学書として(多少むりに)読もうと試みたが、その中で唯一成功したと思われるのは、冷静な判断力行使を可能にする条件を明示したことである。
アーレントは、政治家は行為者でありながら、己の活動についての公平な観察者となる必要があると論じ、その場合に、少数派を含めた市民との共生を可能にする「共同体感覚」を、政治家固有のエートス(持続的な性格・倫理観)として重視した。
政治家は政党に属するのがふつうだが、そのために己の立ち位置をせばめてしまう結果になることが多い。しかも今日、与党の場合、党内で自由な議論ができる余地は極小化している(朝日新聞2019年6月13日付「朝日・東大共同調査/自民 15年で進んだ純化」を参照)。
だが政治家にとって最も重要なのは、この共同体感覚――分断ではなく、同じ市民としての共生可能性を重視しようとする市民感覚――であり、それを保持した公平な観察者(第三者)の立場に立てることである(アーレント『カント政治哲学の講義』法政大学出版局、77頁、109頁)。
社会契約説で名高いルソーも、政治家の資質について重要な発言を行った。近代的価値の実現をめざした政治団体(国家)は、人々があい集って総意を形成し、その指揮の下に、全員の利益を配慮しつつ運営されなければならない、と(ルソー『社会契約論』岩波文庫、30-1頁;ルソーは直接民主制論者であるため「人々」は市民全体をさすが、間接民主制論として「議員」と読んでよい)。
要するにルソーは、特定の集団(党派)の立場に偏するのではなく(同48頁)、少数派を含めた全成員の総意(一般意思)によって法を制定する必要がある、と論じたのである。
もちろん総意形成は、問題によっては困難かもしれない。だがこれは、民主制下の政治理念として不可欠である。そして総意形成のためには政治上の技術も重要だが、はるかに重要なのは、少数派の利益を考慮し我意(特殊意思)をすてて歩み寄る、人々(議員)の道徳的資質である、と論じている(ルソー『エミール』河出書房新社、555頁)。
世の英知に従えば、政治家に不可欠なのは以上のような資質である。
■勉学より重要なのは実社会での体験と共感である
では、こうした資質を備えるためには、そもそも何が必要なのだろう。
学校教育も必要な条件となりうる。ただし、高卒か大卒か、「名門」校出か非名門校出かなどは、無関係だろう。どの学歴・学校歴も、政治家に固有なエートスをつくる保障にはならない。
むしろ高い学校歴をほこる人は、偏差値教育への適応をつうじ、「短時間内に頭脳のなかに蓄えた知識を要領よく紙上に再現する能力――というより技術――を持つ」かもしれないが(尾形憲『学歴信仰社会――大学に明日はあるか』時事通信社、28頁)、それだけが価値ある人間的能力でない。ましてや、それが政治家にふさわしい能力だとは、とうてい言えない。
いや事態はむしろ逆で、 ・・・ログインして読む
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https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019062700016.html
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