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国広富子さんは高級パンプス履き平壌の党幹部住宅で生活 安倍政権がひた隠す拉致問題の実態
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/256444
2019/06/20 日刊ゲンダイ 仲介者から持たされた国広富子さんの情報(太刀川正樹氏提供)
山口県宇部市内で暮らしていた看護師の国広富子さん(失踪当時24)は1976年8月2日、忽然と姿を消した。 「失踪当日の夜、姉は自宅から50メートルの自動販売機に義理の父親のたばこを買いに行き、行方が分からなくなりました。所持金はたばこ2箱分の300円だけ。姉は4歳で実父を亡くし、幼いころから苦労しっぱなし。働きながら看護学校に通いました」(03年当時、妹の美樹さんのコメント) 目撃者の共通点は、平壌市内の高麗ホテルに沿った蒼光通りに立つ朝鮮労働党幹部アパートに住んでいることだ。脱北者のH氏は親戚の党幹部の自宅で94年6月に国広さんを見かけたという。以下はH氏の証言だ。 ★ ★ 党幹部の叔父は金正日の代理として新義州で起きた金銭疑惑の調査に出かけ、賄賂を手にして機嫌良く戻ってきた。晩には親しい党幹部を集め宴会を開いた。ビールが切れたので、叔父が後方総局長(党幹部に食料を供給する部署の要職)に電話をかけ、中国ビールの調達を依頼した。すると、後方総局長が自らやって来た。彼が同伴した女性が国広さんだった。女性たちは別の部屋に集まっていた。酒の勢いで、叔父が総局長に「日本人女性と暮らして、どうだ?(日本人女性と結婚するとは)力があるな」と冷やかした。 叔父に「あの女性は、いつ日本から来たのですか?」と聞くと、「だいぶ長い」という返事だった。当時、平壌で流行していた襟の長い高級ワンピースを着ていた。 玄関で脱いだ靴はローヒールで、小さめのサイズでしたが、700ウオンはしそうな高級品だった。党幹部の給料が400ウオン前後。2人が帰ったあと、妻が「彼女は日本でも、とても苦労していたそうよ」と教えてくれた。 ★ ★ もうひとりの証言者は、「血の海歌劇団」で活躍した踊り子で、02年に韓国に亡命した金聖愛氏だ。国広さんは周囲から「スクヒ」と呼ばれることが多かったが、金聖愛氏は「ヘオク(娘)のお母さん」と呼んでいたという。 「93年当時、アパートの人民班会議で〈(朝鮮人民)軍や労働者に各世帯で手袋を作って供給し、できない人は代わりに10ウオンを支払おう〉と決めたことがありました。すると、ヘオクのお母さんが〈全世帯分の手袋代を私が出します〉と提案した。60世帯分で600ウオン。脱北直前の私の月給が110ウオンでした。当時、彼女には中学生の息子と娘がいると聞きました」 (つづく) (国際ジャーナリスト・太刀川正樹)
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