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2019年3月21日 野口悠紀雄 :早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問
大企業の著しい利益増加は零細企業の惨状と人件費抑制が原因だ
Photo:PIXTA
アベノミクスの6年間、企業利益は著しく増加した。なぜこのように増加したのか?
それは、人件費の伸びが抑えられたからだ。仮に人件費が売り上げと同率で増加したなら、利益はほとんど増加しなかったろう。
人件費が圧迫されたのは、零細企業の売り上げが伸びなかったため人員が削減され、その労働力が大企業に移る際に非正規化したからだ。
結局のところ、零細企業の惨状が、利益を増加させたのである。
人件費が0.7%しか増加しなかったために、
利益が55%も増加した
図表1は、2012年から18年にかけての企業の利益などを示したものだ(注1)。
この間に、営業利益は55%も増加した。しかし、人件費は0.7%しか増加しなかった(年平均上昇率では1.13%)。売上高の増加率が16%だったことと比べても、人件費の伸びは低い。
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(注1)営業利益=売上高−(売上原価+販売費)
人件費は、売上原価にも販売費にも含まれる。人件費は、前回用いた従業員給与より広範囲の概念。2018年10〜12月期において、全産業(除く金融保険業)、全規模で、従業員数は3440万2797人、人員計は3667万5932人、従業員給与は、30兆2526億500万円、人件費計は47兆4678億1400万円である。
なお、ここでは、「売上原価+販売費」を「原価総額」ということにする。1人当たり人件費を「賃金」ということがある。
仮に人件費の増加率がもっと高かったら、営業利益の増加率はどうなっただろうか?
図表2は、これに関するシミュレーションを行なったものだ。
人件費以外の売上原価、販売費などは実際の値を用い、人件費についてさまざまな値を仮定した場合の営業利益を計算した。
図表2に示すように、仮に人件費増加率が売上高と同率(2.5%)だったとしたら、営業利益は6年間で17%しか増えなかったはずだ。
あるいは、人件費が年率3%で増えたとしたら、営業利益は6年間で3%しか増えなかったはずだ。
この意味で、人件費の圧迫が利益を増やしたのだ。
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零細企業の売り上げが伸びないために、
人件費が削減された
では、なぜ人件費の増加率がこのように低く抑えられたのか?
そのメカニズムを図表3で見よう。以下では、資本金10億円以上の企業を「大企業」、資本金1000万円以上2000万円未満の企業を「零細企業」と呼ぶことにする(注2)。
まず注目すべきは、零細企業の売り上げがほとんど伸びなかったことである。この間に、大企業の売上高は12.2%増加したのに対して、零細企業では1.7%しか増加しなかった。消費税増税の影響を除けば、売り上げは減少したことになる。しかも、零細企業では、人件費以外の原価総額増が3.7%と、売上高より高い伸び率となった。
零細企業は、利益確保のため、減量経営を強いられた。そのため、賃金を引き下げ(0.7%の引き下げ)、かつ人員を削減した(約7%の減)。
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削減された人員は、零細企業より規模の大きな企業に移ったはずだ。大企業等の平均賃金は零細企業より高いので、仮に転職した労働者が大企業等の高い賃金を得られれば、経済全体の平均賃金は上昇しただろう。しかし、そうしたことにはならなかった。
大企業等に移ったからといって賃金が上がったわけではない。非正規雇用になるなどの理由で、賃金は零細企業のときとあまり違わない水準か、それより低い水準になった。このため、大企業の賃金も、平均で見ると低下することになったのだ(1.2%の低下)。
こうして、大企業では、人員数を売り上げの増加率(12.2%)とほぼ同率(12.4%)増やしたにもかかわらず、人件費計は11.0%増にとどめられた。
結局のところ、経済全体では、人件費増加率が売上高増加率より低く抑えられ、その結果、前項で見たように、利益が大幅に増加したのである。
以上が基本的なメカニズムである。繰り返すと、以下のようになる。
(1)零細企業の売り上げが伸びない。
(2)このため、零細企業で賃金の引き下げ、あるいは人員削減が行なわれた。
(2)その労働力が大企業等に移ると、非正規化などの理由で賃金が低下した。
(注2)ここで注意すべきは、人員では零細企業のほうが多いにもかかわらず、営業利益は大企業のほうが多いことだ。2018年10〜12月における数字で、具体的に言えば、つぎのとおりだ。人員では、大企業が全体の19.1%、零細企業が26.9%と、零細企業のほうがウエイトが大きい。ところが、営業利益については、大企業が56.1%を占め、零細企業は8.4%でしかない。
従って、人件費などの動向には、零細企業の動向が大きな影響を与えるのに対して、利益の動向は大企業の動向が大きく影響する。
零細小売業では、
売り上げが半減した
以上で述べたことを、産業別・企業規模別に見よう。
上記の第1のポイントである、「零細企業の売り上げが伸びない」ということは、製造業でも見られるが(図表4)、非製造業ではきわめてはっきりと見られる(図表5)。
すなわち、大企業では16.2%の増加なのに、零細企業ではわずか1.3%しか伸びていない。
このため、零細非製造業では、人員を削減し(6.2%減)、賃金も引き下げた(0.1%引き下げ)。
それに対して大企業では、人員を22.8%と、売り上げ増加率(16.2%)より高い率で増加させた。
ただし、賃金は3.1%低下させているので、人件費計の増加率は19.1%に抑えることができた。
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つぎに、非製造業のいくつかの部門を見よう。
小売業では、売り上げが、大企業であっても減少している。零細企業では、ほぼ半減というきわめて大きな落ち込みだ。この結果、人員や賃金の削減も著しい。図表6に見るように、人員は、零細企業では23%もの減。賃金は、大企業でも零細企業でも5%程度下落している。
飲食サービス業では、売り上げが大企業で約18%落ち込み、零細で約6%落ち込んでいる。大企業のほうが激しく落ち込んでいるが、増えていない点は零細も同じだ。そして、人件費計は大企業でも約2割減少しており、零細企業では半分以下に落ち込んでいる。
医療、福祉業では、大企業は売り上げが若干だが伸びている。しかし、零細は売り上げが半分近くに落ち込んでいる。
このように、売り上げが伸びなかったリ減少したりした部門があったことが重要である。それらの部門が労働力を維持できずに放出し、放出された労働力が他部門で低賃金で雇用されたのである。
労働力を吸収した部門は、売上高の伸び率が高い部門である(それは、主として大企業だった)。そうした部門が低賃金の労働力を利用できたために、利益が増加したのだ。
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複雑な二重構造
経済全体の賃金を引き上げられない理由
以上で見たように、「賃金が上昇せず、利益が増大した」という現象は、経済の構造が一様でないことによって引き起こされたものだ。
最も基本的な点は、売上高の増加率に大きな差があることだ。それが、雇用面での調整を引き起こしていったのである。
差は、まず企業規模で生じる。
いくつかの例外はあるものの、大企業での売上高が順調に増加したのに対して、零細企業の売り上げが停滞、または減少した場合が多い。経済全体でも、図表3で見たように、そうなっている。
この結果、1人当たり人件費は、多くの零細企業で引き下げられている。ここで取り上げた産業では、医療、介護以外のすべての分野で、零細企業の1人当たり人件費は低下している。零細企業の人員は、ここで取り上げたすべての産業で減少している。
つぎに、産業による差がある。小売業、飲食サービス業では、大企業でも零細企業でも、売り上げが減少している。この結果、これらの産業での1人当たり人件費は、飲食サービス業の大企業を除き、低下している(図表6)。
上で見た1人当たり人件費低下部門は、もともと賃金水準が低い分野だ。そこでさらに賃金が低下するのは、深刻な問題だ。
こうした問題を金融政策で変えられるものではないことは明らかだ。また、政府がいかに春闘に介入しようと、経済全体の賃金を引き上げられないのも、明らかだ。
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)
https://diamond.jp/articles/-/197561
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