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日ロ交渉の真実、日本の一方的勘違いの歴史だった
日本のメディアが報じない「本当の日露交渉史」年表
2019.3.19(火) 黒井 文太郎
日ロ首脳が会談、北方領土交渉の打開に至らず
ロシアの首都モスクワで行われた日ロ首脳会談の後、共同記者会見のため会場に入るロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)と安倍晋三首相(右、2019年1月22日撮影)。(c)Alexander NEMENOV / POOL / AFP 〔AFPBB News〕
(黒井 文太郎:軍事ジャーナリスト)
3月15日付のロシア大手紙「コメルサント」が、プーチン大統領がロシア財界人との会合で語った内容を報じた。「日本との平和条約交渉の速度が失われている」「日本はまず日米同盟を破棄しなければならない」「日本との対話は続けるが、ひと息つく必要もある」などである。
ここで最重要なのは「日本はまず日米同盟を破棄しなければならない」だろう。平和条約を締結しても、日ソ共同宣言にある色丹島と歯舞群島の引き渡しには日米同盟破棄、すなわち日米安全保障条約の破棄が条件の1つだとの認識を示しているからだ。日本政府が日米同盟を破棄することはあり得ないから、2島引き渡しの可能性がゼロ%であることは明らかだ。
これに先立ち、3月12日にはロシア大統領府のべスコフ報道官も会見で、「(日本側と)議論しているのは平和条約締結交渉で、島の引き渡しではない」と発言。ロシア政府が日本側と北方領土の引き渡しについては交渉していないことを明言した。
対日交渉の責任者であるラブロフ外相も2月24日に「(領土問題を解決して平和条約を締結するとの安倍首相の発言に対して)その確信の理由が分からない。プーチン大統領も自分も、そんな発言の根拠は一切与えていない」と公式に語っている。
これらロシア側の発言で、事実上の2島返還での平和条約締結を目指していた安倍首相は、完全に梯子を外された格好になった。日本政府からの対露交渉についての情報発信も、ほとんど止まってしまった。
こうしたロシア側の冷たい態度に「ロシア国内世論の反対で、プーチン政権が態度を硬化させた」というような解説が散見される。しかし、筆者がJBpressへの寄稿記事などで再三指摘してきたように、ロシア側はこれまで一度も「2島なら返還する」などとは発言していない。プーチン大統領が「日米同盟破棄がまず必要だ」と語ったことも、けっして予想できなかったことではない。ロシア側はそうした条件を持ち出す布石を、これでまで着々と打ってきているからだ。つまり、ロシア側はもともと2島を引き渡す意思がなかったのである。
ところが、これまで日本のメディア各社の多くは、あたかも「領土返還交渉が進展している」かのような報道を繰り返してきた。なぜそうなったのかというと、日露交渉の経緯を、日本側関係者の証言だけに基づいて報じてきたからだ。日本側でだけ報じられてきた日露交渉の経緯は、日本側関係者たちの願望そのもので、事実とはほど遠い。いわばファンタジーのようなものだ。
では、実際の日露交渉はどういった経緯だったのか? 旧ソ連時代からの流れのポイントを年表形式で示してみよう。
北方領土交渉のこれまでの経緯
【1956年10月 日ソ共同宣言署名】
「平和条約締結後に2島引き渡し」項目が盛り込まれる。ただし、択捉・国後両島への言及がなかったため、日本側が4島返還への協議継続を主張。平和条約には至らず。当時、アメリカも反対。
【60年6月 改定日米安全保障条約・発効】
ソ連が態度を硬化。「在日米軍撤退」を条件に加える。
【61年9月 フルシチョフ書簡】
フルシチョフ首相が池田勇人首相に対する書簡で「領土問題はすでに解決済み」。
【90年 ソ連経済壊滅】
日本側でだけ「カネで領土が買える」論が急浮上する。しかし、ロシア側では一切動きなし。
【91年3月 小沢一郎・自民党幹事長が訪ソ】
巨額の経済支援と引き換えの領土返還をゴルバチョフ大統領に打診するも拒否される。
【91年4月 ゴルバチョフ訪日。日ソ共同声明】
海部俊樹首相とゴルバチョフ大統領が会談。領土問題が明記されるが、ソ連側は日ソ共同宣言への言及を拒否(なお、これに先立ち、ソ連政府はイーゴリ・クナーゼらの学者グループに領土問題についての国際法的・歴史的経緯についての検討を指示。ソ連側の正当性を一部疑問視する報告が上げられていた)。
【91年12月 ソ連崩壊】
ソ連・ロシア経済は困窮を極め、日本側ではますます領土返還への期待が上がる。他方、ロシア側では領土返還に関する議論・検討の動きは皆無。
【92年3月 クナーゼ提案】
渡辺美智雄外相=コズイレフ外相会談の非公式の場で、同席していたクナーゼ外務次官がいくつかのプランの1つとして「平和条約締結後の2島引き渡し」の可能性に言及。日本側はロシア政府のプランと捉えたが、あくまでクナーゼ次官個人のプランの1つであり、ロシア政府内では検討の形跡はない。
【93年10月 東京宣言】
細川護熙首相とエリツィン大統領の会談で、ロシア政府の正統性と日露協力を確認。4島の帰属問題が明記され、ソ連時代の条約等も引き継がれることを確認。しかし、ロシア側は返還について触れることは拒否。
【97年11月 クラスノヤルスク合意】
橋本龍太郎首相とエリツィン大統領が経済協力プランに合意。2000年までに平和条約締結を目指すことにも合意したが、ロシアは領土返還についての言及は拒否。
【98年4月 川奈提案】
橋本首相とエリツィン大統領が会談。「4島の北に国境線を引くが、当面の施政権をロシアに認める」との日本側の提案に対し、エリツィン大統領が「面白い」と反応。しかし、ロシア側の大統領補佐官がすかさずエリツィンに耳打ちしたことで、話が打ち切られる。
一部の日本側関係者は「もう少しで4島の帰属を勝ち取れるところだった」と捉えているが、ロシア側では検討の形跡は一切ない。
【2001年3月 イルクーツク声明】
森喜朗首相とプーチン大統領が会談。56年の日ソ共同宣言を「平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認」する。また「相互に受け入れ可能な解決に達することを目的として、交渉を活発化」と明記。
日本側関係者の多くが「プーチン政権は2島返還で決着したがっている」と捉えたが、ロシア側は今日に至るまで、そう明言することを回避している。また、これ以降、日本側では「2島は確実。問題は2島先行か4島一括か?」という論点が中心になるが、ロシア側では2島返還すらも現実的な選択肢としては議論されていない。
【2003年1月 日露行動計画】
小泉純一郎首相とプーチン大統領が会談。政治・経済・社会の具体的な協力を明記。領土問題に関しても言及があるが、これ以降、ロシア側は4島帰属問題を明記した東京宣言に言及することを拒否するようになる。
【2006年12月 麻生太郎外相「面積2分割論」発言】
麻生外相が国会で発言。だが、ロシア側ではその発言に対する議論も検討も皆無だった。
【2009年2月 サハリン首脳会談】
麻生首相とプーチン大統領が会談。ロシア側が「独創的で型にはまらないアプローチ」を提案し、合意する。日本側の一部では領土分割を期待するが、ロシア側にはそんな検討は皆無。
ロシア、北方領土に新たな軍事施設建設
北方領土の国後島を訪問し、ソビエト時代の要塞近くを歩くドミトリー・メドベージェフ大統領(当時)(2010年11月1日撮影、資料写真)。(c)AFP/RIA-NOVOSTI/KREMLIN POOL/MIKHAIL KLIMENTYEV〔AFPBB News〕
【2012年3月 プーチン大統領「引き分け」発言】
日本側では「2島返還の意味だ」と捉えられたが、ロシア側は一切そうした説明はしていない。
【2012年7月 メドベージェフ首相「わずかでも渡さない」発言】
プーチン大統領の完全なイエスマンであるメドベージェフ首相が、国後島を訪問した際に発言。
【2013年4月 モスクワ首脳会談】
安倍晋三首相とプーチン大統領が会談。日本政府関係者から日本のメディア各社に「プーチン大統領が面積折半方式に言及した」とリークされ、「3.5島返還」論などが大きく報じられる。ただし、ロシア側メディアではそうした話は皆無。発言内容が漏れる可能性のある首脳会談でプーチン大統領がそうした発言をすることはほぼあり得ず、おそらく日本政府関係者の誤解もしくは虚偽。
【2015年9月 モルグロフ外務次官「領土問題は70年前に解決済み」発言】
【2016年5月 ソチ日露首脳会談】
日本側から「新たなアプローチ」提案。以後、日本政府は領土返還要求よりも経済協力を先行させる方針に大きく転換していく。
【2016年5月、プーチン大統領「領土をカネで売り渡すことはない」発言】
【2016年12月 プーチン大統領「領土問題は存在しない」「日ソ共同宣言には2島引き渡しの条件も、主権がどちらになるかも書かれていない」発言】
【2016年12月 山口県で日露首脳会談】
経済協力推進で合意する。だが、領土返還への言及は一切なかった。
【2018年9月 ウラジオストッで東方経済フォーラム】
プーチン大統領が「前提条件なしでの同年中の平和条約締結」を提案。
【2018年11月 シンガポール日露首脳会談】
「日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速」合意。これを受けて日本のメディア各社は「2島先行返還で領土返還交渉が進展か」と大々的に報じる。
しかし、翌日、プーチン大統領が記者会見で「共同宣言には引き渡す条件も、主権がどうなるのかも一切書かれていない」と発言。日本側の期待が一気に萎む。
【2018年12月 日本外務省、日露交渉について一切ノーコメントになる】
【2019年1月 河野太郎外相=ラブロフ外相会談】
ラブロフ外相が「日本は4島のロシア主権を認めよ」「北方領土という言葉を使うな」「日ソ共同宣言は日米安保条約改定前のもの。状況は変化している」などと発言。ロシア側が2島引き渡しすら考えていないことがほぼ明らかになる。
【2019年1月 モスクワ首脳会談】
領土問題に触れず、経済協力関係の大幅拡大に合意。
【2019年2月 外相会談】
一切進展なし。
【2019年6月 大阪G20サミット】
日露首脳会談予定。
※ ※ ※
以上が、北方領土問題に関する日露交渉の大まかな流れである。
これまでどの時点を振り返っても、ロシア側は領土を1ミリでも引き渡すことを明言しておらず、日本側が希望的観測で勝手に期待値を上げてきたことが明らかだ。
相手は海千山千のロシアである。希望的観測で期待して交渉しても、実は1つも得られまい。まずはロシアの意思を冷静に分析し、認識する必要がある。
現状がどう進んでいるかというと、2島引き渡しを棚上げされたまま、一方的に4島の領土要求の放棄を公式に迫られている。しかもそれだけでなく、さらなる経済協力だけがどんどん拡大させられようとしている。
しかし、ロシア側の意思を冷静に認識できれば、ロシアの歓心を買おうと、日本側から一方的に妥協するのは逆効果でしかないことが分かる。ロシアとの交渉はきわめてハードなもので、簡単に相手の妥協は引き出せないが、それでも少しでも日本側の利益を求めるなら、より強い態度で臨むべきだろう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55783
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