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朝日新聞社 WEBRONZA 2019年03月04日
小沢一郎が明かす民主党政権失敗の本質
(1)三度目の政権交代を目指して始動した小沢に、私はインタビューを重ねた
佐藤章(ジャーナリスト、慶應義塾大学非常勤講師、五月書房新社編集委員会委員長)
■ 小沢一郎の戦いを歴史に記す
この人間の歩む道にはほとんど常に逆風が吹き付けている。
風の中には飛礫や石が混ざり時には目を開けていられないほどの強さで吹き付けるが、この人間は歩みを止めない。歩みを止めればこの国の政治の進化も止まってしまう。そのような事態は、この人間の使命感が許さない。
野党指導者であり稀代の政治家である小沢一郎は、背中から吹き付ける追い風に乗って自らの進む道を選んだことがない。道を選ぶ時、自らの心にあるのは自己の利害ではなくこの国の政治の進化を眼目に据えた使命感だ。
政治が進化しようとする時、その進化を阻もうとする既得権益層が存在する。既得権益集団は自らの権益を守るために、進化を促す中心人物の行く手を塞ぎ、中傷し、妨害し、撥ねのけようとする。
前進する小沢に吹き付ける逆風の中に飛礫や石が混ざる由縁である。いきおい、その歩みはともすると戦いの様相を呈する。飛んでくる飛礫や石を時にはよけ、時にははね飛ばしながら進んでいく小沢の歩みを書き記すことは、ひとりの人間の戦いの記録、名付ければひとつの戦記である。
この連載を『小沢一郎戦記』と名付けたのは、まさにそのような小沢の戦いの歴史を記す意味合いを込めたものだ。
■ 計12回、10時間超のロングインタビュー
この連載を書くにあたって小沢に12回、合計10数時間のロング・インタビューをした。
小沢は約束の時間に遅れたことがほとんどない。インタビューはすべて議員会館の小沢の部屋で行われた。
インタビューの前には政界の記録を収めたドキュメントや新聞記事、政治家の回顧書籍、政治学者の分析本などを綿密に読み準備を整えていたが、過去を振り返る小沢の記憶力は確かだった。時には事前調査を進めていた私の指摘の方が合っていることもあったが、決定に至る裏話、エピソードはまさに当事者以外には知ることのできない貴重な話ばかりで、時によっては度肝を抜かれるに十分な奇矯な裏話もあった。
常に政界の動きの中心にいた小沢が語る裏話、エピソードはこの連載『小沢一郎戦記』の中で紹介されていくが、恐らくは読者の高い関心を集めるにちがいない。
エピソードを語る小沢の口調は興が乗ってくると素朴な故郷の方言混じりとなった。そこにはひとりの人間としての飾らない本音がのぞいていた。その一言の本音のうちにどれほどの政治的な重層的構造が隠されているか思考を重ねて探ってみたいと思わなくもなかったが、残念ながら能力が追いつかなかった。
小沢は1942年、後に自民党の国会議員となる小沢佐重喜の長男として誕生、東京への空襲を避けるため父親の故郷・岩手県旧水沢市に疎開した。
以後、地元水沢の小学校、中学校で学び、国会議員となって後は自らの力で支持者を集め、盤石の選挙地盤としている。支持を集めるにあたっては二世の威光はほとんど関係がない。
■ 真冬にコートを着用せずビールケースの上で
2014年の総選挙の時には投票日前日の12月13日、その地元水沢での演説を聞きに行った。
この年の7月には安倍内閣は集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更に踏み切り、10%への消費税増税を先送りすることを解散の大義名分に掲げて総選挙に打って出た。日本の憲法学者のほとんどが憲法違反と指摘し、解散の大義名分も極めて怪しいものだった。
まさに小沢が生涯の使命とする日本政治の進運のための戦いの一日、それが2014年12月13日、容赦の無い寒風の吹きすさぶ東北の地方都市だった。
岩手県奥州市水沢区の商業施設「水沢メイプル」前。真冬の東北地方に吹きつける北風はまるで錐のように身体に突き刺さってくる。厚いコートを着込んだ私自身あまりの寒さに耐えられず、水沢メイプルの正面出入り口を何度も出入りして一時の暖を求めざるをえなかった。
しかし、ワンボックスカーから降り立った小沢は、コートひとつ羽織らず手袋もせずに、東京にいる時と同じいつものダークな色調のスーツ姿で、集まった数百人を相手にひとり一人と握手を始めた。農業従事者が多いのか作業服姿の高齢者が目立つ。寒空の下、小沢が立ち去るまで去っていく姿がない。
この日、小沢は花巻市と北上市で演説して、水沢が最後の3箇所目だった。「キリン」の文字が見える黄色いビールケースの上に立った小沢は素手にマイクを握り演説を始めた。ビールケースの上に立って演説を続けるスタイルは小沢の定番だ。
「お寒いところをこうして大勢お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。――皆さん、アベノミクス、安倍政権によって国民の皆さんに一体何がもたらされたでしょうか。一部の人たち、一部の大企業は株が上がり円が安くなって莫大な利益を上げております。しかし、その一方、円安によって物価は日に日に上がっていく。それに反して収入は減る一方、実質賃金がずっと下がり続けているんです」
耳を傾けていた聴衆の中から「そうだ」の声が上がった。
円安による輸出企業の収益増加と物価高による実質賃金低下は現在に続く安倍政権の経済政策の宿命的失政と言える。小沢は一言で政策失敗の本質を突いた。
「アベノミクスの結果は、本当に国民の皆さんの生活を苦しくさせる一方であります。こういうような国民の生活を無視した政治は本当の政治ではない。本当の政治というのは、日本人である以上、どこに住んでいても、どんな仕事に就いていても、安心して安定した生活を送ることができる、それを考えていく。これが本当の政治じゃないでしょうか」
人々が集まる商業施設前と小沢とはバス通り一本で隔てられている。バスの走り抜ける姿で時々小沢の姿が見えなくなるが、二つ重ねたマイクを両手で持つ小沢は、演説の要点にさしかかると右手を挙げて言葉に力を込めた。
■ 小沢に向けられる警戒と期待
国政選挙はこの後2016年7月の参院選、2017年10月の解散総選挙を経るが、いずれも安倍自民党が圧勝した。野党側はいずれの選挙でもまとまらず2014年衆院選では自民党、公明党という与党側議席数だけで改憲発議に必要な3分の2を超えた。2016年参院選でも3分の2を超え、衆参両院で改憲発議に必要な与党議席数が揃った。
前回の2017年10月の総選挙では、その前の東京都議選で自民党に圧勝した小池百合子都知事が希望の党を結成、最大の選挙波乱要因となったが、結局野党側の結束をかき乱す役割しか果たし得なかった。
今年の夏には参院選を迎えるが、12年前の2007年の参院選では自民党は大敗を喫し参議院での第一党を当時の民主党に譲った。この大敗を大きな契機に第一次政権を握っていた当時の首相、安倍晋三は自民党総裁の座を辞すまでに追い込まれ、2009年の民主党政権への道につながった。
干支がちょうど一回りした因縁の今年、同じ参院選がやって来る。
野党第一党の立憲民主党代表、枝野幸男は同党の独自性を強調しながらも参院選一人区での野党一本化を打ち出している。自民党候補と野党候補との一騎打ちの構図を作らなければ勝負にならないからだ。この構えに対して安倍は衆参ダブル選挙を打って来るだろうとの予測が絶えない。と言うのも、安倍は憲法改正に執念を見せ、野党各党が生き残りに必死になる総選挙を参院選にぶつけることで野党側の協力態勢を粉砕しようと考えるはずだからだ。
これに対して、安倍政権が続くことに日本政治の危機を見る小沢は逆に政権奪回の意欲をみなぎらせ、今年に入って国民民主党との合併を目指し精力的に動いている。衆参ダブル選挙になり野党側が粉々に砕け散った場合、小沢が目指してきた日本政治の進化は本当の危機を迎えてしまうからだ。小沢は安倍自民党に対抗できるような大きな受け皿を作ろうと構想を練り、動き続けている。
そして、この動きに与野党の内外で警戒の念が強まり、また反面で期待の声が高まっている。小沢の動くところ常に本物の戦いがあり、過去に二度も自民党政権を転覆させているからだ。
■ 三度目の政権交代を目指しますか?
「前に二回、政権交代を実現させていますが、今度も三度目を目指しますか」
いつだったか私のインタビューの中でこう問いかけた私に、小沢は大きく肯いた。そして、「やる」と力強く言い切った。インタビューではほとんど常に冷静に話し続ける小沢だったが、この問いかけに答える時だけは異様なほどの力強さがこもっていた。
この連載『小沢一郎戦記』は私にとっても実に感懐の深いものだ。小沢へのロング・インタビューに備えるために小沢の関連本、民主党の関連本、政治改革の関連本など合わせて50冊以上は読み切っただろう。
特に民主党政権が成立する前史には私自身、個人的に関わったところもあり、政権の失敗の原因については思い当たることがあった。小沢をはじめとする民主党関係者へのインタビューを執拗に重ねたのはそのためだ。
小沢の他には元首相の鳩山由紀夫、菅直人、元内閣官房副長官の松井孝治、元参院議員で小沢の盟友である平野貞夫、元衆院議員で小沢の秘書だった石川知裕、そのほか旧民主党の政策スタッフたちへの補足インタビューを重ねた。
なぜこれだけのインタビューを重ねたかと言うと、民主党関連本のどこにも書かれていない民主党政権の真の失敗の原因、構造が私には見えており、それを追跡してみたいと考えたからだ。
『小沢一郎戦記』は、本格連載となる次回から二部構成にしたいと思っている。
第一部『民主党政権の失敗』は、小沢をはじめ民主党政権を作った人々の証言による政権失敗の原因、構造を叙述する。
そして第二部はまさに『小沢一郎戦記』の名にふさわしく、日本の現代政治の様相を中枢から目撃し続けてきた小沢自身に直接語ってもらい、その証言を忠実に記録したいと考えている。(つづく)
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019022500008.html?page=1
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