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2019年2月20日 週刊ダイヤモンド編集部 ,片田江康男 :記者
韓国の元駐日大使に聞く、徴用工・慰安婦・レーダー照射問題の背景
『週刊ダイヤモンド』2月23日号の第2特集は「泥沼日韓 20の大疑問!」です。いま、日韓関係が危機に瀕しています。2018年秋から元徴用工への賠償をめぐる裁判や慰安婦問題、レーダー照射問題などが次々と浮上し、政府間の感情的な対立に発展したことにより、国民の間でも韓国に対してかつてないほどの疑問や不信感が渦巻いています。その背景を元駐日韓国大使の申カク秀氏(カクの文字は王へんに玉)に聞きました。(聞き手/『週刊ダイヤモンド』編集部 片田江康男)
関係悪化が構造的に定着
両国ともに国内政治を優先
Kak-Soo Shin
Kak-Soo Shin/1977年ソウル大学法科大学(法学士)。79年ソウル大学大学院(法学修士)。91年ソウル大学大学院法学博士(国際法)。76年外務部入部。77〜86年条約局国際法規課等を経て86〜89年在日本大使館一等書記官。その後、亜洲局北東アジア一課次席、在国連代表部参事官。02〜04年条約局局長。04〜06年在国連代表部次席大使。06〜08年在イスラエル大使。08〜11年外交通商部第二次官、外交通商部第一次官。11〜13年在日本大使。現在は国立外交院国際法センター所長、ソウル大学日本研究所特任研究員、法務法人世宗(SHIN&KIM) Photo by Yasuo Katatae
――日韓関係の現状をどう見ていますか。
韓日関係の基本である1965年日韓基本条約から、今年で54年になります。これまでも韓日間にはいろいろな問題があり、両国関係は危機になったこともありました。今回の関係悪化は、非常に長く、もっとも厳しい危機ではないかと思います。
70年代、金大中拉致事件や文世光による朴正煕大統領夫人の暗殺事件など、韓日関係を危機的な状況にする事件がありました。当時は国交断絶という話まで出ていました。しかし、1年ほど経つと冷静さを取り戻しました。
でも、今回の危機は長引いています。2012年に入ってから関係が悪くなり、改善したのは15年の韓日合意のとき。その後は小康状態でした。それが16年末からまた悪くなり、それが今まで続いています。
この悪化は文在寅政権だけが招いたことではありません。朴槿恵政権のときも、そんなに良くなかった。今は、関係が悪い状態が長引くにつれて、両国はより感情的になっていて、お互いにそれを増幅してしまっている。構造的に、関係悪化が定着することになっています。
その背景には、いろいろな要因があります。まず、両国ともに戦後生まれの世代に変わって、両国の過去史に対する認識の差が出ています。韓国側から見ると、日本は安倍政権になってから保守右傾化、歴史修正主義が顕著になっています。
また、中国の経済成長によって東アジアの地域の勢力転換が起きています。朴槿恵政権時代、韓国は中国に熱心に接近しました。その反面、韓日関係は悪くなり、日本では韓国の中国傾斜論が広がっています。それは歪んだ見解だと思いますが…。
さらに、韓日の経済格差も縮まっています。日本とは対等とはいわないまでも、購買力平価で一人あたりの所得はほぼ同じです。
両国のリーダーシップにも問題があります。双方とも、相手の国がいかに重要な存在であるかという認識が欠けています。だから、国内政治を優先してしまいます。韓国でも日本でも同じです。
こうした問題がすべて絡まって、両国関係を一種の“多重複合骨折状態”にしています。韓日関係において感情的になってしまう悪循環から、両国ともに抜け出せません。
昨年は徴用工問題、韓日合意に基づいて設立された「和解・治癒財団」の解散、旭日旗を巡って日本の海上自衛隊が韓国での国際観覧式への参加見合わせなど、さまざまな問題が重なりました。今も尾を引いています。
韓日間にある
法と正義の観念の違い
――韓国は65年の日韓基本条約で合意し、これまで歴代韓国政権が問題視してこなかった徴用工の件と、15年の日韓合意で合意した慰安婦の件を取り上げ、日韓の関係が悪化する要因となりました。日本では「なぜ一度合意したことを韓国は持ち出すのか」という疑問が渦巻いています。
それは確かにあると思います。この問題を理解するときに、韓日で、法と正義の観念の違いがあることを理解しなければなりません。韓国では「正義があれば、法律は変えるべきだ」という観念が強いのです。これまでも、民主化されてから正義のために過去の司法判決を覆すことはありました。これは日本では滅多に考えられないのではないでしょうか。
12年の三菱徴用工大法院第1部判決の根底には、この正義と法の関連性があるのです。65年に日韓基本条約を結んだのですが、判決は日本の植民地支配がそもそも不法だったから、それが原因で行われた強制労働の被害者への慰謝料については、請求権を取り扱った65年の請求権協定では解決していないという判断です。その延長で18年10月の大法院判決が出ました。
基本条約の2条には、日本の植民地支配については「already null and void」(もはや無効)と記されています。日本は65年の条約締結時から無効であるという解釈で、要するに「取り消し」という考え方です。それに対して韓国は、植民地支配が始まった当時から無効であるという解釈をしています。要するに、妥協のため玉虫色の解決をしていたので、これをずっと維持してきました。65年当時の韓国と日本は大きな意見差がありました。
今回の問題は、こうした韓日での解釈の違いが表に出たのです。先ほど申し上げた韓日での法律と正義という問題もあって、これだけ大きな問題となってしまいました。
ですから、これは文在寅政権が引き起こした問題ということではないのです。
12年の判決ができたとき、政権は動きが取りにくくなりました。政府がそれまでの立場を守ろうとすると、司法の判断に従わないということで、韓国の憲法に反する。一方で、司法の判断に従えば、日本との外交紛争に発展する。板挟みになってしまいました。
――法と正義の観念の違いについて、そうした韓国の考え方を外交に持ち込めば、国と国との約束が守られないという事態を招くことになるのではないでしょうか。
それは韓国政府も認識していると思います。ただ、事実として、韓国政府は動きにくい状態にあります。
私はこれまでの既存の政府の立場と、司法の判断と矛盾しない解決策として、韓国政府、韓国企業、日本企業の3者による基金をつくり、徴用工問題に対処するということを提案しています。これは法律による解決ではないですが、この案が合意出来れば解決に向かうのではないかと考えています。
――日本側は65年の日韓基本条約で合意したという立場です。
日本政府は5億ドルを支払ったから、この3社からは除いています。
中国強制労働被害者への戦後補償について、日本企業は基金を設立して和解のために努力していました。日本政府は中国にODAを通して、賠償金よりも遥かに大きな資金を拠出しています。
ドイツでは強制労働の問題について戦後、100億マルクを政府と企業が拠出して解決しました。戦後賠償について企業が資金を拠出することは先例があるのです。
私は、これは姿勢の問題だと思っています。これ以上、韓日関係を悪くしてはいけない。両国政府はお互いが置かれている立場を理解して、妥協的に解決するという心構えをもっていれば、解決できると思います。それに韓日両政府は、今、東アジアの大きな激流のなかにいるということを理解するべきです。北朝鮮も核保有国に近づいているし、中国もますます大きくなっていくでしょう。東アジアの平和と安定のために、韓日両政府は大局的な視点を持つことが大事です。
韓国と日本は、OECD加盟国で同じ土台で話ができる国同士なのです。お互いが感情的になっている暇はありません。これ以上韓日関係を悪化させれば、もっと大きな国益を損なうことを肝に命じるべきです。
――大法院の金命洙長官は、徴用工問題について個人賠償権は消滅していないという考えの持ち主で、弁護士として徴用工問題に取り組んでいた文在寅大統領と考え方が近い人物だと言われており、実際に2017年、文在寅大統領が任命しました。この問題を浮上させたのは文在寅大統領だという指摘もあります。
それは言いすぎです。もちろん、金命洙院長は地方法院の院長を務め、韓国の司法部の中でも、進歩的な考え方をする研究会の座長でした。文在寅大統領は、徴用工問題に確かに最初取り組んでいましたが、個人的な縁はないと思います。今度の判決は合議体が下したものですから、大法院の人事が判決に影響を与えているとは思えません。
南北融和は分断国家として
当然の外交目標である
――今の文在寅政権は日本や米国との関係悪化を厭わず、政策を進めているように見えます。先日も北朝鮮に対する制裁について、韓国が違反しているのではないかという報道がありました。外交専門家の間では、このままでは文在寅政権は国際社会で孤立するのではないかと憂慮する声もあります。
文在寅政権は発足以来、南北間の和解をするために、ずっと北朝鮮の門を叩き続けていました。ただ、17年は北朝鮮は核実験やミサイル発射実験など挑発を続けていましたので、なかなか進まなかった。ところが、18年になって急に門が開いた。平昌オリンピックをきっかけに南北と米朝がそれぞれ接近し、3回目の南北首脳会談が開かれ、6月には米朝首脳会談が行われました。
文在寅政権の基本的な姿勢は、南北関係を改善し、それによって核問題の解決と米朝関係の改善につなげるというものです。ただ、問題は文在寅大統領は少し気が早くて、アメリカと接近法において差が出ました。文在寅大統領は制裁の一部を緩和して、南北関係を良くし、米朝が協議する環境を整えようという考え方です。
一方で、アメリカは非核化が出来るまで制裁を維持するつもりです。その意見の食い違いを調整するために韓米のワーキンググループを発足させました。
――北朝鮮の核開発は続けられていると見られています。国際社会は今、北朝鮮に対して非常に厳しい目を向けています。今の文在寅政権の対北朝鮮政策が国際社会と歩調が合っていないのは、地域の平和にとってマイナスなのではないでしょうか。
南北融和を目指すこと自体は、分断国家として当然の外交目標です。その方針自体が間違っているというわけではありません。
ただ核武装が実際に近づいているということをよく理解して、南北融和よりも核問題の解決が優先されるべきだということです。韓国は今、ちょっと急いでしまっています。このままでは、北朝鮮の思惑通りになってしまうということを心配しています。
非核化には米国と日本との協力は欠かせません。韓国は日本との関係がいかに大切であるかということを、よく考えるべきだと思います。そして日本も、韓国が大事な存在だということを考えるべきです。
両国とも元慰安婦の方々への
心配りが足りなかった
――2015年の日韓合意は、慰安婦問題を最終的に解決したとして、今後の日韓関係の基礎になるものだと評価する声もありました。しかし、韓国政府は合意には重大な問題があるとして検証を進め、「和解・癒やし財団」は解散されてしまいました。
外交交渉にはつねに妥協がつきものです。お互いに満足できないところは常にあります。
韓日合意の問題は、合意を発表してからの両国の努力不足にあります。韓国政府も日本政府も、国民に対してこの合意がどのようなものなのか、どのような意味があるのか、説得して理解してもらわなければなりません。そういう努力が、両国政府に欠けていました。それを看過してきた結果です。
慰安婦の問題は、心の問題です。どのようにして元慰安婦の方々の心を癒やすか。両国ともにそれについての心配りが足りなかった。行動も足りなかった。例えば、韓国政府については、当時の朴槿恵大統領や外交部長官が元慰安婦の方を食事にでも招いて、政府として合意の意味を伝えて、十分に元慰安婦の方の願いは反映できていないかもしれないが、足りない部分は韓国政府としてもこれからも努力していくということを伝えるべきでした。それをやれば、だいぶ違った結果になっていたでしょう。
一方で、日本政府も対応がまずかった。安倍総理は、最終的に解決したからこれからは謝罪はない、という趣旨のことを言った。これは絶対にやってはいけない対応でした。合意した途端に、すぐにその合意と違う発言をしたんです。これからも謝罪の精神にのっとって、努力していくと言えばよかった。
両政府は過去史に立場が大きく違います。その違いをどういうふうに歩み寄り、国民にどのように納得させるか。お互いに両政府は、国民を納得させるために助け合わないといけません。その姿勢がありませんでした。
私が強調したいのは、お互いが謙虚に、協力して、未来のためにやっていくということです。日本は過去に対して謙虚に、韓国は未来に対して謙虚に、そういう気持ちが必要です。それで和解にもっていく。韓国もすべてが正しいわけではありません。良いことばかりやっているわけではありません。大事なのは解決のためにお互いが協力することです。
――今後はこの問題について、解決に向けてどのように進めばよいのでしょうか。
私は財団の解散には反対でした。しかし、解散してしまった。韓国政府は残された57億ウォンを、合意の精神に合う形で、どのように使っていくのか。日本政府と協力して具体的な案を韓国側がつくっていくことが重要です。それがなければ、進展しません。
――韓国では、物事を論理ではなくハートで考えるという指摘があります。
確かに、韓国人は日本人よりも、相対的にそういう傾向があるかもしれません。ですが、過去史以外に韓日関係にあるさまざまな問題について、そういう傾向はあまりありません。
過去史の問題は、心の問題です。アイデンティティの問題ですので、ハートで考えることになりがちなのです。でも一般的なこととは違います。
今年も750万人以上の韓国人が日本を訪れています。これは日本の良いところを認めているからです。ハートで判断するということは確かにあると思いますが、全てではないです。
表に出ている声だけが韓国全体の
日本に対する考え方ではない
――レーダー照射問題についてはどうお考えでしょうか。
この問題は非常に軍事的な問題で、専門家でなければわからない問題です。きちんと両国の防衛当局同士で話し合うことが基本です。徴用工問題や慰安婦問題で、日本政府が苛立っていますが、問題が大きくなってしまい、韓日の安保協力に大きなダメージを与えてしまいました。お互いに良くないです。両国政府は感情的にならず、冷静に問題解決にあたるべきです。こんなに問題を大きくして、誰が喜ぶのでしょうか。
――文在寅大統領は、日本に対して強硬な姿勢です。軟化することはあるのでしょうか。
韓国には「親日フレーム」があります。韓日関係を重要に思って、関係改善へ向けて発言することを難しくする雰囲気を作っています。その雰囲気をSNSで増幅するのです。そのため、なかなか声が出せません。今のような韓日関係が好ましくないと思っている人はたくさんいます。表に出ている声が韓国全体の考え方だと思ってはだめです。
いずれ国民感情は変わると思います。両国民の無知、誤解、偏見を無くすための緻密な努力が必要で、もっと国民交流と文化交流を強化すべきです。
いまの苦しい状況から早く抜け出すには、シャトル外交を復活して文在寅大統領と安倍総理が直接話し合うべきだと思います。何かあったら話し合う、その機会をつくることです。
お互いに気が進まないでしょう。それはお互いにそうです。しかし、地域の平和と安定、国のため、対話をして解決の糸口を探る努力をするべきです。
私は実は、未来志向という言葉は適切ではないと考えています。21世紀にふさわしい韓日関係を構築するといことが現実に適います。私は1977年に外交部に入りました。その時から韓日関係のコードワードだったのが「未来志向」です。40年経っても変わらないでいますね。それに未来志向というのは、過去をすべて忘れるというような印象をも与えています。そうではなくて、私は過去も現在も未来も、ともに考えることが大事で、それが韓日関係を進展させるために必要だと思います。
今、両国のリーダーたちはお互いを軽んじています。相互パッシングの状態です。韓国政府も日本政府も、自分にとってお互いが大切な存在であることを真剣に考えることが必要です。
https://diamond.jp/articles/-/194564
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