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安保激変
自衛隊には何が足りない?「競争」時代の防衛戦略とは
新たな防衛大綱の評価と課題(後編)
2019/01/18
村野 将 (岡崎研究所研究員)
12月18日に閣議決定された防衛大綱。メディアの注目を集めたのはいわゆるいずも型護衛艦の「空母化」問題だったが、その議論は防衛戦略の有効性を検証する上では、本質的ではない。防衛大綱とはどのような性格の文書なのか、防衛戦略とはどのように組み立てられるものなのか、評価をしてみたい。(前編はこちら)
写真:AP/アフロ
30大綱のキャッチフレーズ
「多次元統合防衛力」とは
30大綱のキャッチフレーズである「多次元統合防衛力」とは、陸・海・空の従来領域のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域とが組み合わさった戦闘様相に対応するため、「個別の領域における能力の質及び量を強化しつつ、全ての領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により全体としての能力を増幅させる領域横断(クロス・ドメイン)作戦により、個別の領域における能力が劣勢である場合にもこれを克服し」「平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする、真に実効的な防衛力」と説明されている。
このような概念は、今後自衛隊が目指していく方向性として妥当であり評価できるものだが、皮肉な言い方をすれば、現在の防衛省・自衛隊の体制は、向き合うべき潜在的脅威に対して既に遅れをとっていることの裏返しとも言えるだろう。これまで十分な投資が行われてこなかった宇宙・サイバー・電磁波領域の重要性を認識し、資源配分をしっかりと行なっていくという以外においては、多次元統合防衛力は、基本的に25大綱で掲げられた「統合機動防衛力」の延長線上にある。統合機動防衛力は、「各種活動を下支えする防衛力の「質」及び「量」を必要かつ十分に確保し、抑止力及び対処力を高めていく」ことを目指したもので、その方向性自体は既に適切であった。
しかしそれでも、30大綱では「近年では、平素からのプレゼンス維持、情報収集・警戒監視等の活動をより広範かつ高頻度に実施しなければならず、このため、人員、装備等に慢性的な負荷がかかり、部隊の練度や活動量を維持できなくなるおそれが生じている」との危機感が述べられており、25大綱で目指した戦力構成から、(宇宙・サイバー・電磁波を含めた)更なるアップデートを行う必要性が訴えられている。
防衛力整備の基本的な考え方
では、今後達成すべき必要かつ十分な防衛力の質と量とは、どのような方法論で導かれているのだろうか。それは「V-1(3)防衛力が果たすべき役割」という小項目と、それに続く「W 防衛力強化にあたっての優先事項」「X 自衛隊の体制等」という各章の連関に注目することで徐々に読み解くことができる。
そもそも、防衛力整備を行うにあたっては、(1)どのような完成像を描くのか、(2)完成像に到達するまでにどのぐらいの時間とコストがかかるか/かけられるか(時間軸と予算の整合性)、(3)その完成像を独自の水準で決めるのか、それとも他国との相対的な所要で決めるのか(脅威分析や彼我の能力見積もり)といった要素が重要となる。
(1)の完成像は、時の内閣や政治が責任を持ち、より上位の戦略文書で示されるビジョンに沿って決められることが望ましい。この点において、今回国家安全保障戦略を同時に見直すべきであったことは先に指摘した通りである。
(2)予算上の整合性や(3)彼我の能力見積もりについては、中長期的な防衛力整備の持続可能性と関係するので、それらはまとめて考える必要がある。
元々冷戦期の日本は、防衛力整備の基本理念として、脅威対抗論に立たずに独自の水準を設定し、その目標を達成するための防衛力の積み上げていく、いわゆる「基盤的防衛力構想」を採用していた。基盤的防衛力構想は、自衛隊の運用よりも存在を重視し、自衛隊を機能的・地理的に欠落のないよう全国に渡って均等に張り付けることで、日本自らが「力の空白」にならないことを目的としていた。しかし、冷戦終結によってそれまで想定されていたような本格的侵攻の蓋然性が薄れ、テロや国際平和協力活動といった新たな脅威・事態への対処(16大綱)や、南西方面での機動的な運用の重要性(22大綱・25大綱)が高まると、徐々に基盤的防衛力構想からの脱却が図られるようになった。
その結果、現在の防衛力整備は、独自の水準に基づく積み上げではなく、将来対処すべきと思われる事態及び事態の様相(シナリオ)を複数見積もった上で、現在の自衛隊に不足している統合能力・機能領域を科学的に導き出し、現在と将来とのギャップを埋めていくという発想の上に成り立っている。これは「基盤的防衛力」の対抗概念である「所要防衛力」に近い性格を持つものとされる。
したがってこの作業フローでは、(1)対処すべきシナリオの設定、(2)能力ギャップの特定(能力評価)、(3)ギャップを埋めていくポートフォリオの優先順位付けが重要になる。評価に用いられているシナリオや具体的な能力パラメータは非公開であるが、この評価手法の原型とされる米国の「能力ベースプランニング」と呼ばれるアプローチを参照すると、どのような作業が行われているかの大枠はイメージすることができる。
米国では、評価に用いるシナリオを必要に応じて数十通り作成すると言われているが、グローバルな兵力展開を前提とする米軍と、ある程度対処局面が限定される自衛隊とでは、当然評価シナリオの内容やパターンに違いがあると考えるのが自然だ。想像の域を出ないものの、常識の範囲内で考えれば、朝鮮半島有事や南西正面での島嶼防衛といった大まかな地域別事態を想定した上で、各種事態の様相に応じてシナリオを細分化しているものと推測される。
現在の自衛隊が抱える能力ギャップをどう埋めるか
これらのシナリオと所定の評価基準に基づいて、統合運用の観点から、現在の自衛隊が抱える能力ギャップを特定する能力評価が行われる。ここでも米軍で用いられている評価項目を参考にすると、まず統合能力は、戦力運用、指揮統制、戦闘空間認識、ネットワーク、防御、兵站といった機能に分類され、更に各機能の構成要素が細かく階層別に整理される。例えば、戦力運用に関する機能は、対水上作戦、対潜水艦作戦、防勢対航空作戦、防空網制圧作戦、宇宙コントロール作戦といった統合作戦を行う際のドメイン別の能力に分類され、更にそれらの作戦を実施するのに必要な機能分野が細分化される。これらを具体的な評価シナリオに当てはめてシミュレーションを実施すると、現時点での能力ギャップが科学的に導き出されるという仕組みである。
ただし、能力評価の結果は防衛力整備に直結するわけではない。ここで科学的に導き出されるのは、機能・能力ギャップだけであり、それらを埋めるために必要となるポートフォリオの優先順位は、防衛技術基盤の維持といった要素や、財務省・陸海空各幕内での予算折衝といった様々な政治判断を含む形で選択的に決定されていくからだ。
例えば、10の機能・能力領域にわたって計1000ポイント分の能力ギャップが明らかになったとする。そのうち次期予算サイクルの執行予算規模で埋めることのできるギャップが500ポイント分だったとき、これらをどのように埋めていくかは防衛計画に関わる当局者とそれに指示を与える政治的意思に委ねられている。またギャップを埋める追加投資を行うにあたっては、目標水準に到達するまでにあと少しなのか、圧倒的不足があり5〜10年の投資では焼け石に水なのか、あるいは純軍事的には必要であっても、政治的・法的制約から実運用が困難な場合……というように、各機能・能力ギャップには質的・量的な違いがあるため、使える500ポイントを均等に割り振ればよいわけではない。
例えば、評価の結果、戦闘機への対処能力に不足が見つかったと仮定してみよう。これを是正する方策には、(1)空対空戦闘能力の向上(a戦闘機の能力向上[機動性、ステルス性、兵装搭載量、レーダー性能等]、b戦闘機の量的強化、c空対空ミサイルの能力向上(誘導性能、長射程[スタンドオフ]化等)、d搭乗員の訓練改善、(2)地対空・艦対空戦闘能力の向上(長射程対空ミサイルの前方・分散配備)、(3)戦力増幅機能の向上(a早期警戒管制能力、b空中給油能力、c電子戦能力、d飛行場等の兵站基盤の増強)、(4)統合作戦構想の見直し……などのように様々な選択肢がある。
あるいは戦闘機の能力や数で劣勢にある場合でも、相手の出撃拠点となる航空基地や兵站支援拠点を攻撃したり、指揮通信機能をサイバー攻撃によって弱体化させることができれば、戦闘機と直接交戦する機会を減らして、航空優勢を維持できるかもしれない。また、これらの能力を重複させて運用に柔軟性を持たせるという考え方もあれば、ある能力の欠落を他領域の量的強化で補うという考え方もあろう。他にも、対北朝鮮有事で優先されるのは、一義的には弾道ミサイル防衛能力だが、対中国有事を想定する場合には、弾道ミサイル以外にも、巡航ミサイルや戦闘機などの経空脅威対処、対艦攻撃能力の強化といった必要が生じるように、潜在的脅威が表面化するシナリオのパターンによって重視すべき能力は変わってくる。
宇宙・サイバー・電磁波領域における能力獲得とその強化
前述のように、これらの評価結果は、現在の自衛隊の弱点を露呈することと同じであるため、当然非公開である。しかし、防衛大綱に記載されている「V-1(3)防衛力が果たすべき役割」という小項目と、それに続く「W 防衛力強化にあたっての優先事項」「X 自衛隊の体制等」にある記述を合わせて読むことで、どのような評価が導かれたのかをある程度推測することはできるだろう。
最もわかりやすい例は、30大綱全体で何度も強調されている、宇宙・サイバー・電磁波領域における能力獲得とその強化である。これらはいかなるシナリオを想定するにしても、現代の戦闘様相を支える指揮統制・情報通信ネットワークや、各種ミサイルを含む多様な経空脅威に対する早期警戒能力の要となるものであり、強化の方向性は理にかなっている。また、宇宙・サイバー・電磁波いずれの領域においても、相手から妨害・攻撃を受けた場合に被害を局限し、機能を保証する手段の一つとして、各領域での相手の活動を妨げる能力を自衛隊が獲得・強化していくことが盛り込まれている点も評価できる。
ただし、宇宙・サイバー・電磁波領域で「優位」を確保すると言う場合、どのような質的・量的評価基準を設けて、その判断を行うのかはよくわからない。また、有事の際に「攻撃に用いられる相手方のサイバー空間の利用を妨げる能力」を追求するには、「自衛隊の指揮通信システムやネットワークに係る常時継続的な監視」を行うだけでは不十分であり、平素から相手のネットワークに侵入して有事に移行する段階で即座に妨害を仕掛けるための脆弱性をあらかじめ特定しておく必要がある。果たして、自衛隊がそのような平素からの攻勢的対サイバー作戦を行うつもりなのか、あるいは法的・能力的にそのような作戦を行いうるのかについては、30大綱の記述からは読み取れない。
平時からグレーゾーン事態に対応するために
第二は、いわゆる「プレゼンス・オペレーション」のための能力である。「V-1(3)防衛力が果たすべき役割」のうち、「ア 平時からグレーゾーンの事態への対応」という項目では、「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する」という一文に加えて、「全ての領域における能力を活用して、我が国周辺において広域にわたり常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動を行うとともに、柔軟に選択される抑止措置等により事態の発生・深刻化を未然に防止する」という記述が続いている。
ここでいう「柔軟に選択される抑止措置」とは、米国防省では”flexible deterrent options:FDO”と呼ばれている概念で、「敵国の活動に適切なシグナルと影響を与えるため、事前に計画され、外交・情報・軍事・経済の各要素を慎重に組み合わせて行われる活動」とされる。FDOに相当する記述は、2015年4月に策定された「日米ガイドライン」に既に含まれていたが、それを大綱において、日本自身が重視する防衛力の役割として再度強調しているのは、プレゼンス・オペレーションを支える能力が自衛隊の体制整備にあたっての優先事項と強く結び付いていることを示唆している。
より具体的に言えば、今後建造される多機能・コンパクト化された新型護衛艦(FFM)や、いずも型護衛艦とF-35Bの組み合わせは、東シナ海から南シナ海、インド洋に繋がるシーレーンにおいて、米国や英仏などの西側諸国や東南アジア諸国と一体となったプレゼンス・オペレーションおよびFDOに活用することを念頭に置いていると考えられる。
自衛隊のリージョナル・プレゼンスを増加させたいという狙いからは、「自由で開かれたアジア太平洋」という戦略ビジョンと運用構想との繋がりを見出すことができる。また弾道ミサイル脅威のようなハイエンド環境に備えるイージス艦に代わって、より小型のFFMや新型哨戒艦を建造し、プレゼンス・パトロールに従事させることも平時からグレーゾーン事態への対処には有効だろう。
費用対効果はよく吟味すべき
他方で、いずも型護衛艦とF-35Bがこのような任務を持続的に行うことの費用対効果はよく吟味されるべきであろう。たしかに、中国が空母「遼寧」の運用を常態化させ、国産空母の運用を開始しようとしている中で、日本の護衛艦が「艦載機」を伴って南シナ海や西太平洋に遊弋することは、東南アジア諸国に一定の安心を与えるはずだ。しかしそれは裏を返せば、このようなパッケージが有効に機能するのは、平時のローエンド環境下で「存在感を示す」任務に限定されるということでもある。
十分な自己防衛能力を持たないいずもは、現時点でも他の汎用護衛艦やイージス艦に守られながら活動することを前提としているが、中国の対艦弾道ミサイル(ASBM)や爆撃機からの対艦巡航ミサイル(ASCM)に晒されながら、ハイエンド環境下で活動を継続することは実際には困難であろう。特にF-35Bが搭載されることによって、いずもの軍事的価値がより高くなるとすれば、相手にとって攻撃目標としての優先度合いが高まり、それを警戒して我が方はより防御を厚くする必要が生じ、かえって艦隊全体の運用コストが高まる懸念もある。とりわけ、発進後の探知が難しいステルス機の場合、相手にとっては発進前に出撃拠点を先制攻撃で撃破しようとする誘因が高まることも考慮されるべきであろう。
いずも型護衛艦による「訓練」という名目でのプレゼンス・オペレーションは、既に2017年から南シナ海やインド洋などで行われており、それ自体は有益と言える。しかし、現状に加えてF-35B運用のための多額の改修費用と長期の改修期間を費やすことが、優先すべき事項であるかは疑問である。
第四のポイントは、長射程ミサイル=スタンドオフ防衛能力の獲得・強化である。「V-1(3)防衛力が果たすべき役割」のうち、「イ 島嶼部を含む我が国に対する攻撃への対応」という項目では、「海上優勢・航空優勢の確保が困難な状況になった場合でも、侵攻部隊の脅威圏の外から、その接近・上陸を阻止する」との記述がある。25大綱までの記述では、海上優勢・航空優勢の確保は所与のものとされていた。その点30大綱では、海上優勢・航空優勢が確保できない可能性も踏まえて、島嶼防衛用高速滑空弾による島嶼間射撃や、JASSM・JSM・LRASMといった巡航ミサイルによるスタンドオフ能力を保持する必要性を正面から議論しているのは適切である。
なお、同じ項目には「ミサイル、航空機等の経空攻撃に対しては、最適の手段により、機動的かつ持続的に対応するとともに、被害を局限し、自衛隊の各種能力及び能力発揮の基盤を維持する」との記述も見られる。こちらの記述はややわかりにくいものの、「最適の手段により」との表現からは、発射されるミサイルへの迎撃に専念するのではなく、ミサイルの発射母体となる爆撃機等に対する阻止攻撃を視野に入れているようにも読める。
「統合ミサイル防空」能力、
対処すべき脅威対象に事実上中国を含める
第五のポイントは、「総合ミサイル防空」能力である。これは、従来の弾道ミサイル防衛(Ballistic Missile Defense:BMD)を発展させた、いわゆる「IAMD(Integrated Air and Missile Defense)」という概念に相当するもので、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機等の多様化・複雑化する経空脅威に対し、効果的・効率的な対処を行い、被害を局限する必要から極めて重要である。IAMD能力を使って対処すべき脅威対象は明記されていないものの、従来のBMDが北朝鮮の弾道ミサイル脅威だけを想定していたのに対し、巡航ミサイルや航空機等の多様な経空脅威を視野に入れていることは、事実上中国をその対象に含むということを意味する。
加えて、陸自のイージス・アショア部隊新編に象徴されるように、各自衛隊で個別に運用してきた防空装備を一体的に運用する体制を確立し、平素から常時継続的な防護能力を確保して、多数の複合的な経空脅威対処を強化するといった視点も評価できるだろう。イージス・アショア1基あたりの単価は1202億円と決して安い装備品ではない。それでも従来日本周辺でのミサイル防衛任務にかかりきりとなっていたイージス艦を解放し、より安価な運用コストで24時間の警戒監視体制を敷くことができるとすれば、その役割は他の装備には代え難い。また新型の迎撃ミサイル=SM-3BlockUAの能力とも相まって、日本からグアムを含む西太平洋の広域防空が可能となれば、当該地域に米軍が安定的に前方展開を継続し、米国の政治指導者が意思決定するリスクを緩和することにも繋がる。これは日本の「主体的・自主的」な努力により、日米同盟を強化する好例と言えるだろう。
もっとも、平成31年度防衛予算には、イージス・アショアに巡航ミサイル防衛能力を付与する費用は含まれていない。しかし、上記のように防衛大綱に実質的なIAMD能力の重視が書き込まれたこと、特に中国の巡航ミサイル脅威から岩国や三沢などの地域重要拠点を守る必要性を考慮すれば、山口と秋田に配備を想定しているイージス・アショアにも巡航ミサイル防衛能力機能が付与されることが望まれる。
他方で、「日米間の基本的な役割分担を踏まえ、日米同盟全体の抑止力の強化のため、ミサイル発射手段等に対する我が国の対応能力の在り方についても引き続き検討の上、必要な措置を講ずる」との記述が、25大綱から全く変更のないまま維持されたことは残念である。ここで言う「ミサイル発射手段等に対する我が国の対応能力」とは、いわゆる「策源地攻撃能力」ないし「敵基地攻撃能力」を言い換えた表現であるが、中国・北朝鮮のミサイル脅威が急速に高まっていることを踏まえるならば、スタンドオフ「防衛」能力といった政治的な言い回しに囚われることなく、日本が保有すべき攻撃能力やその運用構想、必要となる法整備等について、より踏み込んだ記述をすべきであった。
ところで、策源地攻撃能力に関する記述が、なぜミサイル防衛の項目に書かれているかについては、前述の能力評価の説明と合わせて考えればより理解が深まるのでないだろうか。つまりここで想定されている攻撃能力とは、相手の攻撃能力をこちらの攻撃によって低減させることで飛来するミサイルの数を減らし、その相乗効果によって我が方ミサイル防衛による迎撃効率を向上させるというシナリオの下で迎撃能力のギャップを埋めるために検討されているものであり、相手国に壊滅的な打撃を与えるような能力でもなければ、侵略を意図したものでもないということだ。
機動・展開能力、持続性・強靭性の強化
第六のポイントは、機動・展開能力の強化である。有事に必要となる部隊を平素から当該地域に展開しておくことは、プレゼンス・オペレーションと同じく一定の抑止効果を持つ反面、いざ有事となった場合に相手の先制攻撃に対する脆弱性を併せ持つことになる。このバランスを考慮したとき、島嶼部を含めて迅速かつ一定規模の機動・展開を行いうる能力の強化は不可欠である。とりわけ30大綱では、陸海空自衛隊が共同の海上輸送部隊を保持することが明記された。これは統合運用を促進する観点からも評価できるだろう。
第七のポイントは、持続性・強靱性の強化である。前述のとおり、冷戦期の防衛力整備は自衛隊の運用よりも存在を優先し、機能的・地理的に欠落のない防衛力を配備することに重点が置かれていた。この背景には、戦闘機などの正面装備の取得・配備・運用に至るまでには数年単位の時間がかかる一方、弾薬や燃料を緊急調達する際にかかる時間は相対的に短期間で可能との判断があったと思われるが、実際に有事となれば、弾薬や燃料の不足は防衛力の崩壊に直結する。したがって、BMD用の迎撃ミサイルやスタンドオフミサイルなどを十分に確保することに重点が置かれていることは適切である。強靭性については、戦闘機の分散パッドやミサイル攻撃を受けた滑走路の復旧支援機材の拡充、緊急時に民間空港・港湾を利用できるようにするための調整なども重要であろう。
いずも型護衛艦の改修とF-35Bの運用構想、
想定される「4つのシナリオ」
最後のポイントとして挙げる、海上優勢・航空優勢確保のための取り組みには、おそらく30大綱の中で最も多くの論点が含まれている。まず、日本の周辺海空域の広域常続監視を行うための航空警戒管制部隊の再編およびグローバルホーク部隊を新編するといった努力に疑問はないだろう。同じく、無人水中航走体(UUV)の活用を明記していることは、人的資源が限られる将来でも、日本がカバーすべき広大な海域でのISRを効率的かつ持続的に実施し、水中ドメインでの優位を維持するためにも率先して取り組むことが望まれていた。
論点となるのは、いずも型護衛艦の「空母化/多用途化」を進める理由づけとしての以下の説明である。
柔軟な運用が可能な短距離離陸・垂直着陸(STOVL)機を含む戦闘機体系の構築等により、特に、広大な空域を有する一方で飛行場が少ない我が国太平洋側を始め、空における対処能力を強化する。その際、戦闘機の離発着が可能な飛行場が限られる中、自衛隊員の安全を確保しつつ、戦闘機の運用の柔軟性を更に向上させるため、必要な場合には現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずる。
この記述も踏まえて、いずも型護衛艦の改修とF-35Bの運用構想を改めて整理してみると、(1)平時からグレーゾーンでのプレゼンス・オペレーション、(2)南西正面での島嶼防衛、(3)太平洋正面での防空(空母艦載機・爆撃機部隊に対する洋上阻止攻撃)、(4)(2)+(3)の複合事態対処という、概ね4つのシナリオが想定されていると考えられる。
(1)の有効性については前述の通りだ。これらの組み合わせが平時に日本の存在感をアピールする効果は大きい。将来的に、米海兵隊や英海軍のF-35Bが海自の護衛艦に離発着する共同訓練が行われるであろうことは想像に難くない。ただしそうした活動のために、多額の費用をかける合理性はあるのか。既に通常のいずもや護衛艦が行っているパトロールと比べて、抑止効果に大きな差があると言えるかという疑問は残る。
(2)の点については、南西正面での軍事衝突を想定したシナリオ分析において、戦闘機の離発着拠点の不足から、航空優勢の確保が難しくなるという評価結果が出ていたとしても不思議ではない。事実、空自の戦闘機部隊は、那覇基地が緒戦のミサイル攻撃などによって使用不能になれば、復旧までの間は(米軍基地を除けば)沖縄以西まで800km以上離れた築城(福岡)や新田原(宮崎)からの作戦を余儀なくされ、独力での航空優勢確保は絶望的となるだろう。そのため、短い滑走路からでも離発着が可能なF-35Bを一定数導入して、航空戦力に冗長性を確保しようという発想は理にかなっている。
他方、南西正面で想定される航空優勢をめぐる戦いは、数百機の戦闘機や各種ミサイルが入り乱れるハイエンドな戦闘になると考えられるため、十数機のF-35Bでは、那覇のF−15ないしF-35Aの喪失を埋めるだけの戦力はどのみち確保できない懸念も残る。また、そこに緊急離発着用のいずも型護衛艦がいたとしても、それ自体が相手の優先攻撃目標となる可能性が高い。加えて、地上航空基地と異なり、空母は一度大きな損害を受けると復旧が困難であるため、ハイエンド環境が予想される場合には、中国のミサイル射程圏外に後退せざるをえない。そうなれば、F-35Aよりも戦闘行動半径の短いF-35Bは、余計に運用機会がなくなるということもありうるだろう。
(3)にある太平洋側の防空体制強化の必要性は、25大綱でも僅かに言及されていたが、今回いずも型の改修を行う理由づけとして全面に出された論理である。確かに小笠原周辺の対領空侵犯措置には、硫黄島を使わない限り、百里(茨城)などから対応する必要があり対処に時間がかかってしまう。また近年では、中国艦艇とH-6K爆撃機が連携して第一列島線を越え、西太平洋地域での活動を活発化させていることが米国防省の報告書でも言及されている。このような傾向を踏まえ、有事の際には米軍が来援する前に、太平洋側にいずも型護衛艦とF-35Bを展開して、中国の爆撃機部隊を阻止したいとの問題意識を持つことは適切であろう。
議論すべきはその対抗策の実効性である。改修後のいずも型に搭載できるF-35Bは8機前後と言われているが、たった8機の艦載機で、南西の防衛線を突破した中国の爆撃機部隊に対して有効な阻止攻撃を行うことは可能なのであろうか。実際これらの爆撃機部隊は、J-16のような航続距離の長い戦闘爆撃機や、J-20やJ-31といった第5世代機に援護されていると考えるのが自然であり、F-35Aと比べて兵器搭載量や運動性能に劣るF-35Bでは一筋縄ではいかないかもしれない。また米軍の正規空母と異なりカタパルトのないいずも型護衛艦では、防勢的対航空作戦の要となる艦載型の早期警戒管制機や電子戦機を離発着させることができない。
更に(2)と(3)の事態が同時に生起する台湾防衛のようなシナリオでは、まず南西正面で戦闘機の離発着拠点が必要となる可能性が大であり、太平洋側に貴重ないずもとF-35B(+随伴のイージス艦)を配備しておく余裕はないのではないだろうか。
以上のように、いくつか想定したシナリオの中でも、いずも型護衛艦とF-35Bが有効に運用できる状況は、平時からグレーゾーンでのプレゼンス・オペレーションに限定されるだろう。だがそれは、現在中国が行っている空母運用の狙いと同床のように映る。中国の空母プレゼンスに同じ空母で対抗するという発想は、自陣営で有利なドメインを選択して競争を優位に進めようという「競争戦略」ないし「コスト賦課」とは真逆の発想で相入れない。こうした正面競争をしてよいのは、同じドメインで力比べをして勝つ見込みがある場合だけだ。将来の安全保障環境を鑑みたとき、予算や人的資源の面を考えても、日本が中国に対して劣勢に立たされることは明らかである。
それならば、正面から競争するのではなく、日米共同を明確化させた上での対潜水艦戦や、南西の列島線上に分散配置した長射程の地対艦・地対空ミサイルによる拒否戦略のように、日本が優位に戦えるドメインで相手にコストを強いること重視すべきであろう。元々いずも型護衛艦には、対潜哨戒ヘリの指揮プラットフォームとしての重要な役割があったはずだ。F-35Bの離発着能力を追加して多用途運用するというのは一見便利そうではあるが、戦闘機や対潜哨戒ヘリといった搭載モジュール交換式の多用途装備は、一定期間の猶予があれば対応する任務を選択できるものの、対艦モードと対空モードを発射直前に瞬時に切り替えられるSM-6のように、個別の戦闘局面でマルチに使えるものではない。アセットの多用途化は、そのぶん運用構想の複雑化や要員の訓練時間が分散され、非効率化にも繋がる。
「競争」時代の日本の防衛戦略とは
30大綱には、宇宙・サイバー・電磁波領域の重視や、IAMD概念の導入、弾薬・燃料取得の強調など評価すべき事項が多く含まれている。他方で、中国に対する「競争戦略」や「コスト賦課」の観点が突き詰められているとは言い切れず、課題も残されている。向こう5年間の31中期防に見込まれる防衛費の平均伸び率は、毎年1.1%に過ぎない。これは26中期防の伸び率0.8%と比較すれば前進ではあるものの、8月末の概算要求時に防衛省が年率7.2%と野心的な要求していたのと比べると、実際に獲得できた予算には雲泥の差がある。(中国の軍事費は公表値だけでも毎年8%以上の伸び率を示している)
こうした観点からも、スタンドオフ能力が海上優勢・航空優勢が確保できない状況を視野に入れて要求されているように、今日の日本に求められているのは、中国に対して劣勢に立つことを踏まえた「競争」時代の防衛戦略に他ならない。その際、既存の護衛艦の「空母化」や類似の大型艦艇の要求は、持続的な防衛戦略と他分野へのポートフォリオを困難にする恐れがある。本来、日本が中国に対する「コスト賦課戦略(cost-imposing strategy)」を仕掛けるべきところ、「自らにコストを課す戦略(cost-imposed strategy)」にはまり込んでしまえば、そのツケを2030年以降に修正するのは難しくなるだろう。そのときに防衛上のリスクを負うのは、将来の自衛隊と国民である。
海上優勢・航空優勢の確保のためには、より広範なソリューションが議論されるべきだろう。達成すべき目標には、優勢の確保が難しくても、相手にも優勢をとらせないという接近阻止・領域拒否(A2/AD)の発想も必要となる。その具体的方策として、硫黄島への航空機のローテーションを頻繁に行ったり、長射程の地対艦・地対空ミサイル部隊を配備することなどを検討すべきである。米国がINF条約から離脱した場合には、地上発射型のLRASMやトマホークを日米で共同運用するといったことも視野に入ってくる。
航空アセットの整備については、旧式の戦闘機とF-35をほぼ1対1の割合で更新する方針を見直し、一部に(グローバルホークとは異なる)中型高高度無人機の導入を開始することで、有人機と無人機を連携させて作戦を行うための足がかりとすべきである。このような無人機には、作戦機の数的不足を補うだけでなく、策源地攻撃能力が必要となる際の動的なターゲティング・センサとしての役割を与え、ネットワーク能力やISR能力を底上げすることも期待できる。
海洋アセットの整備については、大型艦艇をイージス艦や汎用護衛艦で護衛するというコストの高い艦隊運用を見直し、米海軍で進められている「分散型戦闘構想(Distributed Lethality)」の導入を推進すべきであろう。この構想では、小規模・高火力の艦艇を洋上に分散させた態勢を基本とし、攻撃に際しては各艦や無人機に搭載されたセンサから得られる情報を基に、長射程のスタンドオフミサイルや対潜兵器等を用いて多方面から同時攻撃を行うことが検討されている。この背景には、敵の飽和攻撃に対する脆弱性を下げるとともに、数で優る敵艦隊にも分散を強いることで、米国が優位性を持つセンサとネットワーク能力を最大限に活かせる状況を作り出し、彼我の優劣を逆転させる「競争戦略」の発想がある。今後海自が導入することとなる新型FFMを通じて、こうした運用構想を共有・深化させていくことが期待される。また大型艦艇を導入するのであれば、多機能空母の建造よりも、トマホークのような長距離対地・対艦攻撃用巡航ミサイルを装備し、VLS(垂直発射管)からの発射が可能な潜水艦を導入するほうが日本の安全保障環境に資するだろう。
陸上アセットについては、「機動運用を基本とする部隊以外の作戦基本部隊(師団・旅団)について、戦車及び火砲を中心として部隊の編成・装備を見直すほか、各方面隊直轄部隊についても航空火力に係る部隊の編成・装備を見直し、効率化・合理化を徹底」とあるものの、別表で示されている戦車・火砲の数量は、25大綱時と変わらず300両・門ずつ維持されている。こうした体制がいかなる有事シナリオに基づいた評価から合理化されているのかは想像がつかない。戦車や火砲の価格は、航空機や艦艇に比べて安価ではあるが、取得費用とは別に運用や整備にかかる人員を拘束することに繋がる。統合運用やクロスドメインの観点からすれば、中期防にある「宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を中心に人員を充当するなどの組織や業務を最適化する取組」が一層推進されることが望まれる。
最後に、30大綱では、知的基盤強化の取り組みとして、防衛研究所を中心とする研究体制の強化や国内外の大学、シンクタンク等との組織的な連携を推進することが挙げられている。防衛大綱の策定にあたっては有識者懇談会が開催されたが、事前の意見交換・聞き取りだけでは不十分である。防衛大綱で決定されたポートフォリオの合理性・透明性を確保するためには、米国の国防戦略委員会のように、政府外の専門家や自衛官OBに秘密取り扱い資格(セキュリティ・クリアランス)を与えた上で、政府が策定した政策を事後客観的にレビューし、課題を指摘する機会を公的に設けることも検討されるべきであろう。
<参考資料>
・日本の防衛力整備の変遷過程については、高橋杉雄「基盤的防衛力構想からの脱却 −ミッション志向型防衛力の追求−」『国際安全保障』第44巻第3号(2016年12月)が詳しい。
・外部専門家による国家安全保障戦略・防衛大綱に向けての政策提言としては、以下のようなものが公表されている。「揺れる国際秩序に立ち向かう新たな安全保障戦略−日本を守るための11の提言」日本国際問題研究所(2018年10月)。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15093
元米軍の技術将校が警告する“未来の戦争”での重大な懸念『フューチャー・ウォー 米軍は戦争に勝てるのか?』
http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/515.html
投稿者 うまき 日時 2019 年 1 月 20 日 18:22:45: ufjzQf6660gRM gqSC3IKr
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