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反米同盟の再構築に向けて、中南米の左派政権に接近するイランを注視せよ
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93780.php
2020年6月25日(木)18時30分 スティーブン・ジョンソン(共和党系シンクタンクIRI顧問) ニューズウィーク
ガソリンを積んだイランのタンカーがベネズエラに到着した(5月25日) MIRAFLORES PALACE-REUTERS
<ベネズエラをはじめ、かつて蜜月だった中南米諸国の左派政権との関係を復活させようとイランが動き出した>
新型コロナウイルスのせいで世界中の空港に閑古鳥が鳴くなか、4月下旬にイランが南米ベネズエラへの旅客機運航を再開した。石油業界筋によれば、さびついた製油所の操業再開に必要な資材や人材に加え、ニコラス・マドゥロ政権の治安部隊を訓練する軍事顧問団や軍用ドローンも運んでいる。その対価として、帰国便に5億ドル相当の金塊が積み込まれたとの報道もある。
5月にはガソリン満載のタンカー5隻がイランの港を出た。こちらの行き先もベネズエラとされる。
表面上は、かつての同盟国からのSOSに応えた人道支援に見えなくもない。しかし忘れるなかれ。イランには中南米でやり残した大きな仕事がある。そしてどうやら、マドゥロ政権を通じて、この地域への影響力を再構築したいらしい。
言うまでもないが、かつてイランは中南米でそれなりの存在感を示していた。ベネズエラとの関係も、共に1960年のOPEC(石油輸出国機構)創設に加わったときにさかのぼる。その19年後の革命で親米の国王を追放したイスラム共和国イランは、キューバやニカラグアと緊密な関係を築き、アメリカの影響力拡大を阻止するために両国の共産主義政権と連携した。
1998年にベネズエラ大統領に選出されたウゴ・チャベスは、イランの手を借りて石油産業の国営化などを進める一方、ボリビアのエボ・モラレス前大統領やエクアドルのラファエル・コレア前大統領との間を取り持ち、イランが中南米で同盟国を増やすのに一役買った。
イランとベネズエラが急接近した背景には、チャベスと2005年に就任したイラン大統領マフムード・アハマディネジャドの個人的な親近感がある。両人は頻繁に訪問を重ね、多くの協定を結んだ。しかし13年にチャベスが死亡し、アハマディネジャドが退任すると関係は途絶した。
■高額な投資が次々に頓挫
巨額の投資の見返りが少ないことにイランの最高指導部(つまり宗教的指導者)がいら立ったという説もある。ベネズエラ政府と合弁で立ち上げた「反帝国主義」の自動車工場は一度も生産目標を達成できず、品質が悪くて売れなかった。両国間の航空路線は採算に乗らず、石油関連の合弁事業もイラン側のうまみは少なく、新規油田の採掘は頓挫した。
しかもチャベス後継のマドゥロ現大統領は無能で国家財政をまともに管理できず、腐り切った取り巻きを次々と要職に就けて権力を維持するのみ。おそらく、イランも愛想を尽かしていたはずだ。
<参考記事>独裁者マドゥロを擁護する「21世紀の社会主義」の無責任
蜜月関係にあったアハマディネジャドとチャベス CARLOS GARCIA RAWILINS-REUTERS
他の中南米諸国との関係も悪化していた。リチウム資源の豊富なボリビアはイランとの共同採掘プロジェクトを破棄し、ドイツや中国をパートナーに選んだ。イランの資金で創立した軍人養成学校も、モラレス辞任後には「再編」された。
エクアドルでも、銀行業務における協力関係や合弁事業、発電所の建設や軍事協力などが止まった。その背景にはアメリカの対イラン制裁強化や、エクアドルの現政権が親米路線に舵を切ったことがある。中米のニカラグアはどうか。現職のダニエル・オルテガ大統領は根っからの反米派だが、あいにく昔の莫大な借金が残っているため、イランとしてもこれ以上の支援は難しい。そして懸命の努力にもかかわらず、中南米で(イランの国教である)イスラム教シーア派の信者は増えていない。
しかし、まだイランが中南米での足場を失ったわけではない。
キューバとは長年、経済や科学技術面で親密な協力関係がある。ボリビアの左派勢力とも関係が続いている。モラレス前政権与党の大統領候補ルイス・アルセは、中南米諸国で広く視聴されているイラン系のスペイン語放送局「ヒスパンTV」と組んで、今の暫定政府を激しく誹謗中傷している。
イランの手先でレバノンを拠点とするシーア派組織ヒズボラは1990年代に、アルゼンチンとブラジル、パラグアイの国境地帯で麻薬の密輸に関与し、テロ活動の資金を稼いでいた。この間の国際的な掃討作戦で一定の打撃は被ったはずだが、ヒズボラも負けてはいない。
なぜかベネズエラ政府は大勢のレバノン人やシリア人(ヒズボラの構成員多数を含むとされる)に居住証明書を発行し、彼らが中南米諸国を自由に行き来できるようにした。この証明書発行に関与したのが、現石油相で当時ベネズエラ政府の入国管理局ナンバー2だったタレク・エルアイサミ。ニューヨーク・タイムズ紙の報道によれば、エルアイサミとその父親はヒズボラの資金・人員調達に深く関与していたとされる。
■支援するだけの価値がある
かつてのイランの軍事面から産業面に及ぶ広範な存在感に比べたら、これくらいの関係は脆弱に見えるかもしれない。それでも中南米諸国で民衆レベルの左傾化が進む今の状況では、イランの手先が人々の反米感情に火を付け、地元の親米勢力への反感をあおることは容易だ。
<参考記事>最恐テロリストのソレイマニを「イランの英雄」と報じるメディアの無知
ベネズエラは依然混乱の中にある(写真は19年7月の独立記念日の軍事パレード) MIRAFLORES PALACE-REUTERS
しかしベネズエラのマドゥロ政権が崩壊したらどうか。イランの計画は完全に狂う。だからイランとしては、なんとしてもベネズエラの石油産業を再建する必要がある。
新規投資はおろか設備の維持もままならない現状で、ベネズエラはかつての3分の1しか原油を採掘できていないし、その精製能力はゼロに等しい。だから売れず、国庫は空っぽだ。電力も食糧も足りず、国民は飢え、医療制度は崩壊している。
もともと石油産業は歳入の90%以上を占めていた。その大半が途絶える日が来れば、遠からずベネズエラは食糧や医薬品(どちらも大半を輸入に依存している)を買えなくなるだろう。そうなればイランは、苦労して築いてきた中南米での橋頭堡を失うことになる。最悪の事態だ。
もしもマドゥロ政権が倒れたら、次はキューバとニカラグアの独裁政権が危ない。そしてイランは西半球でアメリカに対抗する手だてを失うだろう。それは困るから、何としてもベネズエラの石油産業を再生し、マドゥロ政権の延命を助けたい。
だがアメリカの経済制裁下でイランの経済は縮小しており、できることは限られている。運がよければロシアや中国の助太刀を得られるかもしれないが、それにも限度がある(両国ともベネズエラへの投資では過去に痛い思いをしている)。
万策尽きれば、イランは革命防衛隊の精鋭を派遣するなどしてベネズエラ国内の治安を強引に立て直す代わりに、その代償としてマドゥロ政権の金庫に眠る金塊をごっそり持ち帰るしかない。
新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、イランが中南米での存在感を再び増そうとする動きに、果たしてアメリカ政府や現地の民主勢力は有効に対応できるだろうか。答えは分からないが、この動きに目をつぶってはいけない。
From Foreign Policy Magazine
<本誌2020年6月30日号掲載>
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