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「中国はアメリカに勝てない」ジョセフ・ナイ教授が警告
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93776.php
2020年6月25日(木)10時55分 ジョセフ・ナイ(ハーバード大学特別功労教授、元国防次官補) ニューズウィーク
SHUTTERSTOCK, ISTOCK
<ソフトパワー、地政学、ハードパワー、人口動態......。新型コロナ禍が世界を変えるように見えても、中国がアメリカに代わる超大国にはなれない理由。本誌「中国マスク外交」特集より>
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、世界の地政学をどう変えるのか。
この問いに対して、グローバル化の時代の終焉を予測する識者は多い。第2次大戦後、アメリカのリーダーシップ下で花開いた相互依存の時代が終わるというのだ。また、中国がアメリカを追い抜き、世界の超大国の座に就くという予測もある。
確かに、これまでどおりとはいかないだろう。だが大きな事件が大きな結果をもたらすとは限らない。1918年から流行したスペイン風邪は、直前の第1次大戦よりも多くの命を奪ったが、その後20年間の世界の流れを決めたのは、スペイン風邪ではなく第1次大戦の結果だった。
グローバル化は、物流と情報技術における進歩の産物であり、こうした進歩が新型コロナ禍によってストップするとは思えない。経済のグローバル化に関しては、貿易など縮小する領域もあれば、金融などさほど縮小しない領域もあるだろう。
それに、経済のグローバル化は政治のルールに左右されるのに対して、パンデミックや気候変動のグローバル化を支配するのは、生物学や物理学の法則だ。壁や武器や関税をもってしても、こうした事象が国境を超えて広がるのを阻止することはできない。
21世紀は、既に3つの危機に見舞われてきた。2001年の米同時多発テロは、死者の数はさほど多くなかったが、衝撃的な恐怖を生み出すことで、巨大なインパクトをもたらした。パニック状態で下された決断によってアメリカの外交政策は大きくゆがめられ、アフガニスタンとイラクでの長い戦争へと向かった。
第2の危機は、08年の世界金融危機だ。これは世界に大不況をもたらし、欧米民主主義国でポピュリズムを台頭させ、多くの国で独裁的なリーダーを誕生させた。このとき中国が迅速に打ち出した大規模な景気刺激策は、後手後手に回った欧米諸国の対策とは対照的で、中国がアメリカに代わり世界経済のリーダーになるという見方が強まった。
■効果がなかったプロパガンダ
21世紀の第3の危機、つまり新型コロナのパンデミックに対する初期対応も、間違った方向に進んだ。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席もドナルド・トランプ米大統領も、当初は事実を否定し、虚報を流した。それは対応の遅れと事実のごまかしにつながり、感染封じ込めで決定的に重要な時期を無駄にし、国際協力のチャンスを奪った。
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トランプの無能な対応は、アメリカの評判すなわちソフトパワーを傷つけた。中国も初動ミスで評判を落とし、それを回復するために外国に援助を提供し、統計を操作し、猛烈なプロパガンダを展開した。しかしその努力の多くは、ヨーロッパをはじめ多くの国で不信の目を向けられた。ソフトパワーとは、その国の魅力によって生まれるものであって、プロパガンダによって押し付けられるものではないのだ。
その点、中国の立場はもともと弱い。07年に胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席(当時)がソフトパワーの強化を目標として掲げたものの、その後の中国政府は近隣諸国との領土問題を悪化させ、国内でも抑圧を強化して、多様な才能が花開く機会を奪った。世界の国々のソフトパワーを比べたとき、中国のランキングが低いことは何ら驚きではない。
これに対して、経済力や軍事力といったハードパワーでも、アメリカは優位にある。パンデミック前、中国の経済規模はアメリカの3分の2にまで拡大していたが、成長の勢いは衰え、輸出は減少しつつあった。
軍事面でも、中国は軍備増強に莫大な投資をしてきたが、依然としてアメリカの軍事力には遠く及ばない。さらにパンデミックで経済が大打撃を受けたため、今後は軍事投資を控えなければならなくなる可能性がある。また、今回のパンデミックでは、中国が国内の貧弱な医療体制を補うために、莫大な投資を必要としていることも明らかにした。
一方、アメリカの地政学的な優位は、パンデミックによっても変わりそうにない。例えば、アメリカは太平洋と大西洋、そして友好的な隣国に囲まれているが、中国はブルネイ、インド、インドネシア、日本、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナムなどの近隣諸国との間に領有権・海洋権益争いを抱えている。
地理的な優位性に加えて、アメリカはエネルギー面でも優位にある。シェール革命のおかげで、アメリカはエネルギー輸入国から純輸出国に転じた。これに対して中国のエネルギー調達は、今も輸入に大きく依存している。そしてその輸入ルートの要であるペルシャ湾とインド洋は、アメリカが制海権を握る。
人口動態でも、アメリカは有利だ。スタンフォード大学長寿研究センターのアデル・ヘイユティン人口動態分析部長によると、今後15 年でアメリカの労働力人口は5%増加するが、中国はマイナス9%の減少となるだろう。長く続いた一人っ子政策のために、中国の生産年齢人口は15年にピークを迎え、総人口でも近くインドに追い抜かれる見込みだ。
さらに、バイオ技術やナノ技術、情報技術といった重要分野でもアメリカの優位は明白だ。
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■医療版マーシャルプランを
だが、いくら強いカードを持っていても、使い方を間違えれば、地政学のゲームに負ける可能性はある。幅広い同盟関係や国際機関への関与といった「エース」を捨てる行為は、そうした間違いの1つだ。
厳格過ぎる移民制限も間違いだ。筆者は昔、シンガポールの建国の父リー・クアンユーに、近い将来、中国がアメリカに代わって世界の大国の地位に就くと思うか質問した。リーは「ノー」と答え、その理由として、アメリカには全世界から有能な人材を引き寄せ、多様性と独創性に昇華させる力があると指摘した。一方、中国には強力な漢族ナショナリズムがあるため、このような開放性を確保するのは難しいだろう。
来年にも誕生するかもしれないアメリカの新しい政権は、第2次大戦後の外交政策をヒントに、大規模な新型コロナ援助プログラムを立ち上げるべきだ。いわばマーシャルプラン(欧州復興計画)の医療版である。
こうした2国間または多国間の協力を推進して、ソフトパワーを高める政策を取れば、アメリカは世界における優位を維持できるだろう。その一方で、アメリカが今と同じ政策を取り続ければ、ナショナリスト的なポピュリズムと権威主義への傾斜が一段と加速するだろう。
だが、新型コロナ禍がアメリカと中国の立場を逆転させるような地政学的転機を引き起こすと主張するのは、時期尚早というものだ。
From Foreign Policy Magazine
<2020年6月30日号「中国マスク外交」特集より>
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