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金与正に与えられた兄をしのぐ強硬派の役割
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93705.php
2020年6月17日(水)18時25分 ジェイソン・レモン ニューズウィーク
北朝鮮の実力者として急に存在感を増す、金正恩の妹金与正 Leah Millis‐REUTERS
<金正恩の妹、金与正が脱北者を「人間のくず」よばわりし、南北連絡事務所を爆破する「悪役」として名を上げたのは、金王朝の継承に向けた土台作りなのか>
ここ数週間、北朝鮮の政治の舞台では、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長よりも妹の金与正(キム・ヨジョン)党第一副部長の公的な動きが目立っている。まるで金正恩は裏方にまわったかのようだ。そして韓国や西側に対する北朝鮮の姿勢はますます攻撃的になっている。
北朝鮮は6月16日、北朝鮮にある南北共同連絡事務所を爆破した。金正恩委員長と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領との南北会談で2018年に開設された、南北の緊張緩和を象徴する事務所だ。金与正は6月13日の談話でこの施設を取り壊すと予告、次は韓国を標的とした軍事行動も行うと警告した。
「私は最高指導者と党、国家によって与えられた私の権限を行使して、対敵関連部署の実行部隊に次の行動の決行を指示した」と、金与正は13日に述べた。「韓国当局と完全に決別する時がきたのだ。われわれはすぐに次の行動に移る」
金与正はまた、韓国から北朝鮮に向けて反体制ビラの散布活動をしている脱北者らを「みすぼらしい雑種犬」、「人間のくず」などと罵った。
「3月初旬から金与正は北朝鮮で事実上No.2としての自信を示している」と、朝鮮半島を専門とするタフツ大学の李晟允(イ・スンヨン)教授は本誌に電子メールで述べた。
「過去2週間で、金与正はさらに高い役目を担うようになった。それは最高指導者である兄の役割に等しい」と、李教授は言う。
■プロパガンダの第一人者
金与正は30代前半で、少なくとも2014年から金正恩政権の一員として目立つ存在だった。兄は父親の金正日総書記の死後、2011年12月に北朝鮮の最高指導者の座に就いた。
金与正は2014年11月からプロパガンダ・扇動部の第一副部長を務め、2019年12月には統一戦線部の第一副部長に就任。一部のアナリストは、彼女が今もプロパガンダを担当していると考えている。
北朝鮮で金与正が存在感を増し始めたのは、今年4月に金正恩がしばらく姿を見せず、死んだか重病になったかもしれないという噂が流れたときの以来のことだ。米当局者は4月21日の本誌に対するコメントで、こうした噂は信用できないとした。また、韓国当局者も金正恩にとくに異常なことが起きたとは思わないと語っていた。金正恩は後に、南東部中部の町孫川にある肥料工場の完成式に出席し、5月1日に公の場に姿を現したことになっている。
米国務省の報道官は金与正に関する本誌の質問に直接は答えなかったが、韓国への支持を表明し、韓国との緊張を高める北朝鮮のやり方を批判した。
<参考記事>韓国を「敵」呼ばわりし、報復を示唆した北朝鮮の真意
<参考記事>【映像】北朝鮮、開城の南北共同連絡事務所を爆破 韓国統一部が確認
「アメリカは、南北関係の改善をめざす韓国の努力を全面的に支持し、朝鮮民主主義人民共和国に対し、さらに逆効果となる行動を控えるよう強く求める」と、報道官は語った。
北朝鮮分析の専門サイト「38ノース」のアナリスト、クリス・シュタイナイツ、ケン・ガウス、エリザベス・ヤンは5月1日に、以下のような分析を同サイトに掲載した。
「金総書記の妹、金与正の政治力は大きくなった。彼女は国外で最高指導者の代理を務め、北朝鮮の最高権力機関である政治局で、政治力のある地位についている。ここ数カ月、彼女は軍を指導し、経済と安全保障政策に関して公的な発言をすることを通じて、影響力が増したことを示した」
「金与正は段階を踏んで頭角を現し、より高い地位を獲得している。詳細は不明だが、これは統治の継承をめざす計画が進んでいることを示している。それは最高指導者になるために金与正を育てるか、あるいはおそらく摂政として、優れたリーダー役になることを確実にするだめだろう」
この計画は「完了までに数年かかる」可能性が高いともみている。
李教授は本誌に、金与正への注目の高まりは、北朝鮮の現実を考えると理にかなっていると語った。
「北朝鮮が今、妹を担ぎ出すのは筋が通っている。金正恩の子供たちは幼すぎて、少なくともあと20年は後継者の役目を担うことはできない。おそらく、金正恩は健康上の問題を抱えており、不測の事態に備えて対応策をたてる必要があると考えている」と、李教授は言う。
■挑発はさらに続く
「金与正が勢いに乗っているのは、自分の名前で特定の『成果』を示す必要があるからだ。臆病な韓国と、北朝鮮にビラを散布する『人間のくず』の脱北者を罰することも、成果の一部だ」
これから北朝鮮の体制に何が起きるかは分からない。だが、朝鮮半島の緊張緩和と非核化を政権の優先事項とした韓国やトランプと交渉を行っていた時とは一転して、姿勢を硬化させたことは明らかだ。
トランプは金正恩と3回の注目度の高い首脳会談を行い、北朝鮮に足を踏み入れて最高指導者と会談した最初のアメリカの大統領となったが、どれも有意義な変化をもたらしていない。金政権は緊張の緩和についての交渉に応じる一方で、核開発とミサイルプログラムの拡大に取り組んできた、とほとんどのアナリストは考えている。
ストックホルム国際平和研究所が15日に発表した報告書によると、北朝鮮が保有する核爆弾は昨年の時点で20発から30発と推定されていたが、今では30〜40発に増えている。
李教授は北朝鮮の攻撃的な姿勢はさらにエスカレートするとみており、アメリカに圧力をかけることを目指しているのではないかと指摘した。
「北朝鮮は昨年末、新たな戦略兵器をまもなく披露すると発表した。おそらく新型コロナウイルスのパンデミックのせいで、金正恩は再考したのだろう」と、李は言う。「だが、今はトランプに最大限の圧力をかけることができる時期だ」
「今のところ、金与正は兄が裏で控えている間は、悪役としての役目を果たすだろう。挑発をした後で、平和をめざしているように見せかける策略に戻る時が来たら、金正恩は笑顔で出てくるだろう」と李教授は予測した。
(翻訳:栗原紀子)
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