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機密情報の漏洩を止める最善策は、スパイの処罰ではなく「許し」
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/07/post-12529.php
2019年7月13日(土)10時34分 ジェフ・スタイン ニューズウィーク
ILLUSTRATION BY ALEX FINE
<国家に莫大な損失をもたらす二重スパイを止めるには、自首できる受け皿が必要だとベテラン精神科医が提言>
また裏切られた。わが国の諜報員が敵側に寝返った。アメリカにいると、そんなニュースを嫌というほど聞かされる。2月には司法省が、機密情報をイランに流したとして元米軍人のモニカ・ウィットを起訴した。彼女は空軍で防諜任務に就き、その後も国務省に出入りしていた。ほかにも過去2年間で2人のCIA要員が、中国側に情報を売ったとして逮捕されている。
スパイ映画ならいいが、これは実害を伴う深刻な事態だ。このCIA要員2人の裏切りで、中国内に潜伏していた工作員や協力者20人ほどが検挙され、CIAの情報網は「壊滅的」な打撃を受けたとされる。13年にイランに亡命したウィットも仲間の諜報員や協力者の名前などをイラン側に渡した疑いがある。
この世にスパイ活動がある限り、必ず裏切り者はいる。CIAもFBIも国防総省も寝返り防止の対策を練ってきたが、なかなか成果は上がらない。
そこで、ある精神科医が過激な提案を持ち出した。彼の名はデービッド・チャーニー。長年にわたり多くの裏切り者との面談を重ねてきた人物だ。その秘策とは「許し」。自首してくれば大目に見てやろう、である。
ロシアや中国に国家機密を売り渡したことを後悔し、自首してきた者には「人生をもう一度やり直すチャンスを与える必要がある」と、チャーニーは言う。具体的に言えば「刑務所送りにしない」ことだ。
もちろん罪は償わねばならない。不正に取得した資産は没収され、罰金も科される。銀行口座は監視下に置かれる。そして名前を変え、遠くの町へ引っ越し、厳重な監視下で生きることになるだろう。「決して楽ではないが」と、関係者向けの講演でチャーニーは言った。「刑務所暮らしよりはいい」
ブルックリン生まれのチャーニー(76)は、ウディ・アレンの映画から抜け出てきたような物腰ソフトな人物。多くの諜報員をクライアントに抱え、ロシアに寝返ったFBI捜査官のロバート・ハンセンやアール・エドウィン・ピッツ、中国やイラクに機密情報を売ろうとして逮捕された元空軍曹長のブライアン・リーガンらに獄中で面会し、話を聞いてきた。
その経験を踏まえ、政府は離反者の「駆け込み寺」をつくるべきだとチャーニーは考えた。その組織名は「諜報員調停局(NOIR)」がいいと言う。
NOIRはフランス語で「黒」の意。「もちろんしゃれだがね」。去る2月、首都ワシントンにある世界政治研究所(IWP、事実上のスパイ養成大学院)でチャーニーはそう語った。
だが背信がもたらす人的・経済的損失の話になると、その口は重い。裏切りにより大勢の諜報員が処刑され、家庭は崩壊し、友情は壊れ、時には莫大な価値のある極秘の軍事技術が中国などの手に渡る。
スパイ罪で起訴されたモニカ・ウィットの動機はアメリカの対テロ活動への幻滅とみられる FBI
スパイはなぜ寝返るのか。そして、その大半が男なのはなぜか。本誌の記者だったエバン・トーマスはかつて、CIAの離反者を「上司を裏切ることで留飲を下げる自己嫌悪にまみれた不満分子」と評した。
だが、そうした行動の裏には「男のプライドとエゴ」があるとチャーニーは指摘する。結婚生活や仕事で大きな挫折を味わうと、男たちは自分を負け犬だと思い込む。怒りや悲しみのはけ口を見つけられずに鬱々とした日々を送り、「どん底の精神状態」に陥る。
「酒に頼る男も、不倫に走る男も、心を病む男もいる」。彼は世界政治研究所の聴衆に語り掛けた。「だが中には『俺が悪いんじゃない。悪いのは職場の連中だ。人生がめちゃくちゃになったのは奴らのせいだ』と逆恨みし、復讐を誓う男もいる」
■最悪の裏切者に効果的
プロのスパイなら、ひそかに敵のスパイと接触する場所も方法も心得ている。しかし最初の高揚感(莫大な報酬、昨日までは敵だった諜報機関での厚遇、復讐を遂げた満足感)が薄れれば負け犬気分に逆戻りだ。
新しいボスからの締め付けは厳しい。二重スパイから足を洗おうとすれば脅迫される。もはや逃げ場はない......。
そんな時こそNOIRの出番だ。裏切者が同僚に気付かれず、こっそり相談できるよう、NOIRはCIAなどの本部から離れた場所に設けるのがいいと、チャーニーは言う。
当然、チャーニーの提案には否定的な反応も多い。「コメントする価値もないほどばかげている」と、FBIで長年にわたりスパイの摘発を手掛けてきたマイク・ロシュフォードは言う。「民主的な法治国家においては、重大な法律違反を犯した者は服役させるのが大原則だ」
CIAの元作戦担当官で、その後にFBIのテロ対策上級顧問を務めたケビン・ハルバートも「最悪のアイデア」だと酷評する。「連続殺人犯を捕まえられそうにないから、殺人をやめることへの同意と引き換えに過去の殺人については免罪にするというようなものだ」
チャーニーの友人だという諜報機関の元高官(匿名を希望)も否定的だ。「NOIRのような部署が組織内にあるとなったら、二重スパイの誘惑に負ける人が増えるだろう。敵に機密情報を売って私腹を肥やし、うまくいかなくなったら、また寝返ればいいのだから」。この提案はまだ内部で十分に検討されていない、ともこの人物は言う。
チャーニーもこうした批判は承知している。「諜報コミュニティーの考え方は警察や検察と似て」おり、「一線を越えた悪い奴」を捕まえることに重点が置かれていると、彼は言う。
セキュリティー対策を請け負う民間業者の間でもNOIRの評価は低い。二重スパイがぞろぞろ自首してきたら、彼らの誇る「ハイテクを駆使したプログラム」の出番がなくなるからだ。
しかしチャーニーによれば、一部のFBI元高官は個人的な意見として彼の案を「なかなかいい」と評価している。
実際、FBI防諜部門の元責任者であるフランク・フィリウッツィは、NOIRを高く買っている。「当初は裏切り者への寛大な処置には大反対だったから、チャーニーのコンセプトの抜け穴を探した」と彼は言う。「だが彼は私の意見をほとんど論破した」
NOIRはオルドリッチ・エイムズ(ロシアのスパイとして94年に逮捕されたCIA職員)やハンセンのような「最悪の」スパイに最も効果があるとフィリウッツィは言う。
■トランプへの適用は?
一方、(心の隙を突かれたのではなく)確信犯の二重スパイにはNOIRも効果がないと指摘する関係者も多い。例えばファルシ(ペルシャ語)の専門家で、アメリカの対テロ作戦に幻滅してイスラムに改宗したウィットなどには効かない。
信念に基づく二重スパイという点で彼女は、第二次大戦中と大戦後にソ連に原子爆弾の情報を伝えた「原爆スパイ」や、ソ連の共産主義に同調した伝説的スパイのキム・フィルビーをはじめとするイギリスのスパイ外交官たちに近いと言える。
悪名高いNSA(国家安全保障局)の情報漏洩者エドワード・スノーデンや、陸軍の情報分析官でウィキリークスに大量の文書をリークしたブラッドレー(現チェルシー)・マニングもしかりだ。彼らもまたアメリカの政策への嫌悪感という一種のイデオロギーに駆り立てられていたようだ。
だがチャーニーはこう反論する。「確かに彼らはスパイ行為の理由にイデオロギー的要素を挙げるかもしれない。だが彼らも人間で、もっと深い心理に目を向けることが重要だ」
そこで気になるのが、ドナルド・トランプ米大統領の場合だ。アンドルー・マケーブ前FBI長官代行は先に、トランプがロシア側に協力している「可能性」に言及している。トランプがジェームズ・コミーFBI長官(当時)を解任した後、捜査妨害の疑いありとして大統領に対する防諜部門による捜査が立ち上げられたという。この問題にNOIRのような解決策が適用されることはあるのだろうか。
歴史が参考になるとすれば、そしてトランプがロシアと共謀した確たる証拠があるとすれば、それをもたらすのはクレムリン内部の誰か(つまりスパイ)である可能性が高い。
「こちらの捜査で捕まるスパイはまずいない」とチャーニーは言う。「たいていは裏切りによって捕まる」。ただし、計り知れない損害がもたらされた後に何十年もたってからだが。
<本誌2019年3月26日号掲載>
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