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中国経済の専門家が分析「この争いは米中の全面戦争です」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/255043
2019/06/03 日刊ゲンダイ 東京財団政策研究所主席研究員の柯隆氏(C)日刊ゲンダイ
報復関税合戦がエスカレートし、泥沼化の様相を呈している米中貿易戦争。トランプ米大統領が中国との貿易不均衡を是正するとして仕掛けた戦いは、2大経済大国による“新冷戦”ともいわれている。覇権争いの行く末はどうなるのか――。中国経済を分析する専門家に聞いた。 ■米国への譲歩で習近平政権が倒れる可能性 ――米中が互いの輸入品に対して第4弾の追加関税を課すと発表し、世界に衝撃が走っています。 米中貿易戦争は、意味不明です。米国が制裁関税を課して中国からの輸入を絞ったところで、結局は中国以外の国に輸入を振り替えざるを得ないし、今さら、米国内に日用品を大量に作る工場を建てるわけにはいかない。したがって、貿易戦争の真の目的は、貿易不均衡の是正ではありません。 ――「本丸」はなんでしょう。 貿易収支は2国間の産業構造によって決まるので、産業構造を変えない限り、貿易のトレンドは変わりません。極めてシンプルな理屈です。となると、米国が貿易戦争を仕掛けた主たる目的は、いま問題になっている中国の通信機器大手ファーウェイなどのハイテク企業を叩き潰すことです。 ――米国のファーウェイ排除はすさまじいですね。 世界の主要先進国で、中国以外に米国に取って代われるような国はありません。中国は人口が多く、経済格差が大きい。人件費が高い製造業を外にシフトせざるを得ない他の国と違って、フルセットの産業構造を持つことができるからです。要するに、低付加価値のものから高付加価値のものまで、全てを国内で製造できる能力を持っている。そこで、習近平主席は2015年に「中国製造2025」という大きな看板を掲げ、大々的に5Gという新技術の覇権を握ろうと画策した結果、米国からにらまれてしまった。 ――米中が納得できる落としどころはあるのでしょうか。 私は、この争いを米中の「全面戦争」だと考えています。最初にシナリオを書いたといわれているのが、トランプ大統領の首席戦略官だったスティーブ・バノン氏です。彼は最近、米中貿易戦争についてメディアに「これは貿易戦争ではなく、経済戦争だ」と明かしています。米国は、中国の社会主義体制、独裁政治をひっくり返そうとしていると推察されます。だから、来月のG20で貿易戦争を巡って米中が握手したとしても、争いはすぐに終わらないでしょう。 ――米中の間に妥協点はない、と。 米中の国力を比較した場合、勝負は最初から決まっていて、中国に勝算はありません。かといって、中国は妥協できない。今までの中国は、対米貿易不均衡を是正するために、飛行機や穀物、エネルギーなどを買っていましたが、米国の狙いが貿易ではない以上、ファーウェイなどのハイテク企業への制裁を見逃してくれることはあり得ません。さらに、中国側の問題として、米国に譲歩し過ぎると、国内から「弱腰外交を展開した売国奴」と批判される可能性がある。そうなると、習近平政権がひっくり返る可能性も出てきます。安易な妥協は許されないのです。 ――中国はかなり追い詰められていますね。 そもそも、戦略的なミスが目立ちました。まず、「中国製造2025」という看板を掲げていながら、米国からにらまれると考えていなかった。加えて、米国の動向をよく理解していなかった。中国は、トランプ大統領が来年に大統領選を控えていることを理由に、選挙が近くなればトランプ大統領が対立激化による株価の暴落を恐れ、強気に出られないだろうと踏んでいました。ところが、実際は、米国経済は悪くないし、失業率が低い上に成長率が高い。インフレにもなっていない。こうした状況で、中国がなぜ米株価が暴落すると踏んだのか理解できません。 中国は手詰まり(トランプ米大統領と中国の習近平国家主席=右)/(C)共同通信社
――米中貿易戦争の展望を楽観視していた専門家が悲観論者へと変わっています。 その理由の1つは、貿易戦争によってITを中心とするハイテク産業が足踏みするため、経済が減速していく可能性が高いからです。2つ目は、中国経済が相当なダメージを受けるからです。米中貿易戦争が本格化する前から中国経済はすでに停滞していました。中国の人件費がメキシコやベトナムより高くなり、日系企業が中国で建てた工場はピーク時の2万5000社から直近の数字で1万9000社まで減ったほど。もともと停滞していた経済が貿易戦争でさらに悪化すると、バブル崩壊のリスクが高まります。中国の債務がGDPの2・5倍以上であることに加え、不動産価格は高止まりし、高齢化が進んでいますからね。 ――米国が“ワンサイドゲーム”を展開している状況で、中国はどんな戦略に出るでしょうか。 考えられる最悪のシナリオの1つは、中国が保有する米国債を売却することです。中国は約1兆1000億ドルの米国債を持っていますが、イチかバチかでそれらを売却した場合、国際金融市場が大混乱します。2つ目は、制裁関税をかけられた中国が輸出業者を助けるために人民元安を誘導すること。米財務省による世界主要国の為替報告書の中で、中国が元安誘導をした「為替操縦国」と認定された場合、米国は中国に対する金融制裁を始めるでしょう。貿易や金融取引はドル決済が中心なので、金融制裁が発動されたら、金融取引が止まってしまう。そうすると、世界経済は、大恐慌に陥った1930年代よりはるかに深刻な危機に突入する可能性があります。 ――世界は大混乱ですね。 幸い習主席は、その2つの最悪の戦略については言及していません。次は恐らく、米国へのレアアース禁輸でしょう。北京の中国人民大学の保守派学者が、レアアースの輸出を止めれば、米国のインテルなど半導体メーカーはICチップを作れなくなると進言した。習主席はそれを信じたようで、20日に江西省にあるレアアースの関連企業を視察しています。指導者が意味もなく視察することはあり得ない。いずれ実行するでしょうが、2010年に尖閣問題で対立した日本へのレアアースの輸出を止めてもあまり効果はなかった。日本が、レアアースの節約や廃棄された家電からリサイクルしたレアアースを活用するなどの手を打って対抗したからです。加えて、レアアースの国際市場価格は全然上がっていません。中国のレアアース禁輸は、不発に終わるとみられます。 ――日本経済への影響も懸念されています。 一番危惧しているのは、中国が40年続けてきた改革開放路線が大きく後退する可能性があることです。グローバル経済の番人である米国にいじめられた中国が、市場を開放する勇気がなくなり、自力更生に出るかもしれません。すなわち、鎖国です。そうなると、中国経済に依存している日本にとっても非常に悪いニュースです。日本は中国でモノを作り、その大半を米国に輸出しているので、中国が自力更生に転じたら、工場を他の国に移転せざるを得なくなる。お金があれば箱ものは建てられますが、労働者の教育はそう簡単ではありません。莫大なコストと時間が無駄になります。 ――米中双方が妥協できない中で、解決のための最善策はあるのでしょうか。 対立する当事者同士で議論するのではなく、WTO(世界貿易機関)のような国際機関に仲裁を頼むのがベストでしょう。しかし、トランプ大統領は多国間協議が嫌いなので、次善策として考えられる方法は、日本が仲裁役を務めることです。日本企業は米中の戦いに板挟みになっているので、耳を傾けてもらいやすい。また、日中が関係改善の方向へ向かっていることを踏まえると、米中が何を考えているかを双方に伝えるメッセンジャーになることができる。日本が得意な“ソフトランディング”の方向に持っていければ、いい展開が期待できるでしょう。 (聞き手=高月太樹/日刊ゲンダイ) ▽か・りゅう 1963年、中国・南京市生まれ。88年来日、愛知大法経学部入学。名古屋大学大学院修士課程修了。長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主任研究員、同主席研究員を経て、現職。
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